君といる時間以外全部死ね
青い絆創膏
第1話
「いい人だよね」「真面目だね」というのが一般的な同級生諸君から見た私への見解なようだ。それに伴って上がってくるのは「もう少し適当でもいいんじゃない?」「ちょっと真面目すぎるよね」という、ほんのチョッピリ親しくなった同級生諸君からの不満の声である。別に私は根っから真面目でいい人な訳じゃなくて、心の中では悪態も尽くし、面倒なことはやりたくない。嫌悪や怠惰を感じない人間なんているわけがないのに、みんな私という人間のことを根っからの真面目な良い人だと思っているようだった。こっちは努力して真面目で良い人になっているのに、それをとやかく言われるのは心外の極みだ。目に見えるものしか理解できない人たち、あぁなんて愚か。両親も私には特に干渉してこなかった。必要なことは全部もれなく伝えて、きちんと夜遅くなる前には帰宅し、学業も生活も何も問題なかった私に何も文句のつけようがなかったのだと思う。弟は私よりはるかに出来が悪く、先生からしょっちゅう呼び出しをくらい、生活もだらしなかった。そんな弟に両親はすっかり手を焼いていたが、私なんかよりずっと愛されていた。眼差しは弟に向いていたし、私といるときでさえ口を開けば弟の話をした。「ごめんなさぁい」とヘラヘラ笑って謝れば許される弟のことを羨ましく思う時がないわけではなかった。
私には残念ながら特別に仲の良い友人というのはいなかった。いわゆる仲良しグループには所属していたけれど、私以外の二人が頻繁に二人だけで遊びに行っていることも私は知っていた。かといって仲間外れにされているという訳でもないので、特段それを気にしたことは無い。たぶん。
例の仲良しグループの二人がいつもの席に集まって座っているのが見える。私たち三人は休み時間を過ごすとき、大体その窓際の一番後ろの席に集まる。日差しがよくあたる、あたたかい場所だ。
「なにしてるの」
何やらノートを睨みつけていたチヨと、その隣で熱心にSNSを眺めているミサキに声をかけた。チヨがこちらを見上げて返答する。
「数学の大問のやつ。次の授業で当たるからさ。ねえ、ナナコこの問題やった?」
「大問2?やったよ」
「見せてくださいませんか……」
「しょうがないなあ」
拝んでいた手をパッと挙げて喜ぶチヨ。ミサキはスマホから顔をあげ、よかったねえと笑った。
「もう本当に!!今日は二人に話したい事があったのに数学の問題やらなくちゃいけなかったから、どうしようかと思って!」
チヨはニッコニコで回答を写し始めた。
「あのね、面白いことあって」
「それめちゃくちゃハードル上がってるけど大丈夫?」
チヨは私の言葉に大丈夫大丈夫!と返答し、話し続けた。
「昨日駅前を歩いてて、ちょっと寄り道しようかなと思ってスタバに入ったのね」
うんうん、と私とミサキは頷く。チヨの視線がミサキと私に同じくらいの頻度で向いていることを確認して、そっと胸を撫でおろした。ちゃんと、私のことも見てくれてる。我ながら愚かしい癖だとは思うのだけれど、喋っている人の視線が自分に向いていることを確認することを私はいつもやめられずにいた。
「そしたら桑本が息子っぽい人連れてたんだけど、その息子がこの間私のことナンパしてきた人で……」
桑本敏明は私たちの学年の国語教師だ。分厚い唇や猫背が特徴的な教師で、彼の国語の時間は生徒たちの安眠の場になっていた。授業をまともに聞いている生徒はほとんどいなかったが、なんだかんだで好かれている教師でもあった。いつしかチヨとミサキは桑本の猫背でスキーが出来るという議題で盛り上がりはじめ、私はヘラヘラと中途半端に笑いながら2人の話を聞いていた。チヨはまだ数学の解答を写し終わっていなくて、私がチヨに貸した数学のノートは広げられたまま居場所を失っていた。
チヨとミサキと知り合ったのは高2のクラス替えのときだ。2年生から文系と理系でクラスが分かれ、クラスに知り合いがほとんどいなかった私は、ほんの少し焦っていた。そんな時に声をかけてくれたのがチヨとミサキだ。
「ねぇねぇ、お昼一緒に食べよ」
きゃぴきゃぴしているという形容がよく似合うチヨに見つめられ、私は一も二もなく承諾していた。ミサキはチヨの後ろでひっそりとほほ笑んでいた。明るく天真爛漫なチヨと、落ち着いた雰囲気のあるミサキはなんだかとても「しっくり」くる、という感じだった。今思えば、凹凸が噛み合ったような二人の間に私が入る事自体に無理があったのだと思う。なんとなくいつも引け目を感じていて、二人がやり取りをしているのを私は観客のように眺めているだけだった。初めのころは自分の居場所が無いような気がしてやきもきしていたが、それもいずれ無くなった。今はもう、やり過ごせればそれで充分だ。
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