あぁ、これは救いのないお話。

三栖三角

202号室


『あぁ、そう。これは救いのないお話』


ある所に、わたしが居た。

私ではない。これは『わたし』のお話だ。

わたしは、一人称のすべてを持ち、またそのすべてを持たない。

ただ一つ断言できることといえばこれは私のとても個人的なリハビリテーション的行為に限りなく近いと言うことだ。

そしてそれはこの202号室から始めることとする。

私は202号室の住人である。

その名は、



「集合体恐怖症って知ってる?」

窓際に座る遠藤は言う。わたしは「もちろん知ってるよ。」と言う。


反対側の壁にもたれかかっているわたしからは、遠藤の座る背中が見えた。わたしは、帰ってからずっとわたしの机と椅子を占領している遠藤に、早く退いてくれないかなあ。と思っている。なんせこの部屋に椅子は一つしかないし、もちろん机だって一つしかない。この部屋のものはなんだって1人用だ。ゲームもマルチプレイできないし、ベッドはシングルだし、お風呂はユニットバスだ。わたしなんてまるでどこにも居ないみたい。全部、遠藤のものみたい。全部、全部わたしの物だったのに。

「集合体恐怖症なんだよね。俺って」

「ほら、蓮とか無理だし、この間のなんかの卵の集まってたやつも、ほんと最悪だった。今だってそうだよ。ほら」

遠藤は、麦茶の入ったボトルを取り上げて、わたしに見せる。

「ほらこんなについてる」

残りわずかになった麦茶の外側に、水滴がポツポツと張り付いていた。

「気持ち悪いったらないよ。だけどさ、恐怖症っていうのが気に入らないな。俺は嫌悪こそすれど恐怖なんか微塵も感じちゃいないんだ。」

そう言って、残りの麦茶をコップに全て移して一息で飲んだ。

ボトルは空になってしまった。

また足しておかないとなあと思っていると、

「あ、さっきこのコップの縁に小蝿がついてた気がする。」と、遠藤は言った。

わたしからはもちろん見えなかった。


わたしは窓から入ってくる白くて淡い光に、色素が抜けて白くなった髪の輪郭がぼけている遠藤の姿だけが、透けて見えていただけだった。

遠藤の顔は、よく見えない。その顔はもうずっと空洞みたいだった。

遠藤が振り返って、わたしの方を向いた。

口では笑っているようだけど、目は笑っていなかった。


わたしは笑った。たくさん笑った。それはもう転がるように笑った。そうして見せた。

笑いすぎて涙が出ていた。


遠藤は再び窓際を向いて、何かを書き始めたみたいだった。


………。


『あぁ、そう。これは救いのないお話』

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あぁ、これは救いのないお話。 三栖三角 @saicacasai

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