第18話 戻りました 7

「どうしたんだ? シェリー。君から俺を誘うとは珍しいな? それともやっと僕の気持ちが伝わったのかな? それなら嬉しいよ。こうして僕がここに居る事ができるのも、ルダの犠牲があってのことだ。本当に申し訳ないと思っている。だからこそ残ったルダのお母さんの事や、ルダの事を一番に考えていたシェリーの事は僕が責任をもって面倒をみるよ」


村の外れ、街道沿いの森の中で、ルダの言葉を静かに聞いているのはシェリーだ。


「ブルド、凄く愁傷なもの言いだね? 前の君からは想像もつかないよ?」


ジッとブルドの事を見ながら、シェリーが淡々と喋る。


「それは俺だってあんな死の体験をし、ルダという幼馴染を亡くせば、思うところも変わるというものさ。二度とこんな事が起こらないように、村の警備の強化を図り、この村の発展に尽力を尽くす覚悟が出来た。俺は父様の教えにしたがい、この村をもっと素晴らしい村にいや、この国でも有数の街に発展させるつもりだ。これを亡きルダに誓おう。だからシェリーには僕の傍にいてサポートして欲しいんだ」


シェリーの前でブルドが語る。

けど、それに特に反応することは無かった。


「シェリー、どうしたんだい? やはりまだルダの事を想っているのかい? でもあれから3週間以上経っているんだ。あの後の自警団や村、総出の捜索でも遺品と体の一部以外は見つからなかったんだ。もう生存している確率なんか0に等しい。辛いだろうけど事実を受け入れるんだ。それでも辛ければ、俺が君を支えてあげるから」


ブルドがシェリーに近づきながら、諭すように語る。

しかし、その言葉を聞きながら、シェリーの手は強く握られ、微かに震えているのが分かる。


「白々しいわね・・・」

「何のことかな?」

「先ず、ルダは絶対に生きているわ! 私に無理はしないって約束したもの! それなのに、あんたなんかの為に命を投げ出すなんて考えられないわ!」


目に涙が浮きだしながら、ブルドに言葉を投げつけるシェリー。


「そこが、ルダの良いところなんだろう? 人の為につい加減を考えずに突っ走るところが?」


何処か皮肉っぽい感じにも聞こえるブルドの言葉に、シェリーの気持ちが爆発する。


「そうよ!! ルダのお人好しは死ななきゃ治らないほどよ! でもね私との約束を破った事も一度もないのよ! もしそれでもルダが死んだのなら、それは何かルダに良からぬことが起こったって事! そしてその良からぬことを考えたのは、あなた! ブルドでしょ?!」

「は? 何を言っているんだ? 僕はそんな事はしていない。ルダが自分で囮になって俺を助けてくれたんだ」

「・・・そんな事あるもんか」

「だいたい、俺が何かしたなんて証拠も何もないだろう? それなのに俺を疑うなんてシェリーにも困ったもんだな」


まったく動揺する素振りもなく、淡々と喋るブルドに余計に心を乱されるシェリー。


「分かったわ。どうしても白を切るつもりね・・」

「は、白も何も俺は・・・・お、おい! シェリー!! それは何の真似だ?!」


ブルドは、シェリーが腰に差していた短剣を抜き、両手で構えたのに驚き、一歩後ずさった。


「何の真似? 分かっているでしょ?」


シェリーは、どこか微笑んでいる様にも見える表情でブルドに詰め寄る。

その表情が返って、これが冗談でないと言っているようだ。


「ちょ、ちょっと待て! 俺は本当に何もしていない! 誓って何もしてない!」

「何に誓ってなの? まさかラフタラーテ様にでも誓えるの? まさかね。でも、もうどちらでも良いの、ルダのいない世界なんて考えられない! だから証拠とかそんなの関係ないの、ブルドが犯人だと私が思っているだけで十分。だから殺してあげる」


シェリーの表情が険しく変わる。

ブルドは、シェリーのただならない殺気に気圧され、その場に尻餅をついて倒れてしまった。


「ま、待て! 待ってくれ! 本当に、本当に俺は何もしていない! 信じてくれ!」


ブルドはシェリーから目を離さず、必死に違うと訴える。もし少しでも目を離したら、その途端自分の命が終わる事を感じ取っていたからだ。


「それじゃあね・・・」


シェリーの小さな声で別れの言葉が紡がれる。


「シェリー! 待ちな!!」


もうほんの一瞬の差で、シェリーの短剣がブルドに向かおうとしていたのを、女性の声がそれを制した。


「母さん?」

「まったく、雰囲気がおかしいと思ったら、まさかブルド君を殺そうとするなんて、早まるのもいい加減におし!」


シェリーの母親でありこの村の自警団の団長を務めるレジ―が、いつの間にか二人のすぐ傍までやって来ていた。


「でも!?」

「でもじゃないの! そう簡単に自分の娘を犯罪者にしてたまるもんですか」


レジ―はスタスタとシェリーに近づくと、ヒョイっと両手の短剣を取り上げてしまう。


「あ!」


あまりにも簡単に取り上げられてしまったのでシェリーは何も言い返せなくなってしまった。


「レ、レジ―! この俺にこんな事をしてシェリーがこのままだと思うなよ!」

「何をしようってんだい? べつに犯罪を犯した訳じゃないだろ?」

「お、俺を、脅した罪がある!」

「脅した? こんな可愛い女の子に脅されて、いい男が恐怖したとでもいうの?」

「な!」


考えてみたらこの数日前、13の誕生日を迎え、成人したブルドが11歳の女の子に脅されて、死の恐怖を覚えた、などと言われれば、他の大人達に馬鹿にされるのは目に見えている。


「くそ! こ、今回は見逃してやる! だけどシェリーは必ず俺の物にしてやるからな!」

「ああ、出来るもんならしてみな。絶対に私が許さないからね」


尻餅状態のまま、息巻くブルドだが、レジ―の迫力にまったく相手にされていなかった。


「母さん・・・」

「まったく、もっと自分を大切にしな。ルダ君もそう言うと思うわよ」

「・・・う、うん・・・でも、ルダは・・・・」


シェリーの目に涙がいっぱいに溜められ、一気にあふれ出してきた。


まったく、この三週間、この子、泣いているか怒っているかどっちかだよ。これほどルダ君の事を想っていたなんてね・・・


泣きじゃくるシェリーに、レジ―はただ頭を撫でてあげる事しかできなかった。


「ルダ、会いたいよ・・・・」


「お~い! そこに居るのはシェリーだよね!!」

「「え?」」


遠くから、少年の声が聞こえてきた。


「母さん今の声?」

「ああ、今、シェリーの名を呼ぶ声が・・・?」


「あ! やっぱりシェリーだ! あ、レジ―おばさんもいる! おーい!」


シェリーは涙を拭き、レジ―と直ぐに声のした方に目を凝らした。

その方向、街道の向こうから、一台の馬車と数基の騎士が操る馬の集団がこっちに向かって来るのが見えた。


「ルダ・・・ルダ君の声」

「まさか・・・でも確かにこの声は」

「僕だよ! ルダだよ! シェリー! 今戻ったよ!」


次第に近づくその馬車の窓から体を乗り出し大きく手を振る姿に、シェリーは腰が砕けその場にしゃがみ込みながら、また大粒の涙をながし始めた。


「そ、そんな、馬鹿な・・・・」


けど、その光景を見ながら、ひとり青ざめているブルドがいる事は今は誰も気づいていなかった。

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