星降る朝
岡谷実里
プロローグ
東の空が白み始めた頃、巨大な城の麓に一人の若者が佇んでいた。生まれて初めて吸う外の空気の匂い、風の感触、地面の柔らかさ、そして空の大きさにしばらく言葉を失い動けずにいた。
若者は、生まれてから今この瞬間まで、一度も城から外に出たことがなかった。外の世界について、たくさんの本を読み想像はしていたが、想像と実感は全く別物であるということに今気付いたのである。
若者の乳母であり、城で唯一若者に愛情を注ぎ、その存在を否定しなかった女性が、長い城仕えのなかで発見した外への抜け道を密かに書き残してくれた。その女性の若者への愛情は、若者が青年に育っていくにつれ、母性から生じるものではなくなってきていることに若者の父親が気付いた。父親は、その女性に激しい嫌悪感を抱いた。そして、父親は若者の目の前で、まるで邪魔な虫を潰すかのように、その女性を無残に殺した。今となっては、今若者が握っているこの紙がなければ、若者は死ぬまで外の空気を吸うことはなかったかもしれない。
東の空が次第に明るくなっていった。若者は空を見上げ、目を細めた。その目は切れ長で、深く美しい青色であった。
そして若者は、朝日に向かって歩き始めた。
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