卒業パーティまであと2日

 お客さまがいらしていますと言われて行ってみると、客間で待っていたのはあの破廉恥な平民女ことアリシア・スミスその人だった。

 アリシアはミシェルの姿を目にするや、顔を真っ赤にしながら話し始めた。

 

「ローレン先輩、あの、私、聞きました。先輩がアルバートくんたちのやったことを学院に訴えて下さったって!」

「アルバートくん? って、ああ、あの男ね」


 アリシアを無理やり押し倒したことを悪びれもせずに語っていた頭の悪い男子生徒だ。


「アルバートくんにも、他の人達にも、近々正式な処分が下されるそうです。それで私、先輩に一言お礼が言いたくて!」

「気にすることないわ。なりゆきよ」

「謙遜なさらないでください。私本当に感謝してるんです。うちは成り上がりの平民で、無理して名門校に入ったけど、上流階級の方々とどう接していいか分からなくて、とにかくできるだけ笑顔で精いっぱい愛想良く振舞おうって、必要以上に頑張っちゃったんです。そしたら女子からは馴れ馴れしいって嫌われて、男子からは変な風に誤解されちゃって散々です」

「そうなのね」

「そうなんです! しかもその男子たちも、別に本気で私のことが好きって言うんじゃなくて、どうせ平民だし手軽にやれる女みたいに思ってたみたいで、みんな告白もなしにいきなり押し倒してきたりとか、ゲスな男ばっかりで……でもでも、アスランさまは違ったんです。ちゃんと段階をふんで、交際を申し込んで、手を握って、キスをして、そしてこの前ついに、ミシェルとの婚約を破棄して私と結婚したいとまでおっしゃってくださって……」

「それを私に聞かせる意図がよく分からないのだけど、わざわざ喧嘩を売りにきたという認識でよろしいのかしら」

「ちっ違います! そうじゃなくて!」


 アリシアは焦ったようにぶんぶんと両手を振った。


「そうじゃなくて、私、婚約破棄を思いとどまってくれるよう、アスランさまにお願いするつもりなんです!」

「貴方が?」

「はい! 私ローレン先輩は意地悪な方だと思ってたので、アスランさまが婚約を破棄して私と結婚してくださるって聞いたときは単純に嬉しかったんですけど、でもローレン先輩意外と良い方ですし、なんか申し訳ない気持ちになったというか……だから婚約破棄を思いとどまって下さるようアスランさまにお願いしようかと思ってるんです。あ、でも、私とアスランさまは愛しあっているので、別れるとか絶対無理なんですけど、でも立場にはそこまでこだわらないっていうか、正式な奥さまはローレン先輩で、私は別に愛妾でもいいかなって。ほら、王家に嫁ぐのって色々大変そうですし。……ですからあの、ローレン先輩の方はどうですか? 私が愛妾になることを了承して下さいますか?」


 そう語るアリシアの表情は、実に真剣そのものだった。

 実際のところ、ここでミシェルが同意すれば、明後日の婚約破棄はなくなるのだろう。

 まだアリシアひとりの考えのようだが、彼女がアスランに「お願い」すれば、彼が聞き届けないわけがない。


 あれだけ切望していたアスランとの婚約継続が、こんな形で転がり込んできた現実に気持ちの方が追い付かず、ミシェル・ローレンはただ「少し考えさせて」と答えることしかできなかった。

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