卒業パーティまであと8日
翌日。ことの次第を聞いたエドガーはしみじみとした口調で感想を述べた。
「しかしあれだな。アスラン殿下のオツムは母親似なんだな」
「アスランさまに失礼なこと言わないでちょうだい!」
「君もたいがい失礼だけどな」
「とにかくそういうことだから、王妃さまをあてにするのはもう無理よ」
「そうだな。事情を知ったらむしろ殿下を後押ししそうだ。しかしそうなると、あとはもう国王陛下に直訴するしかないわけか」
「私あの方ちょっと苦手なのよね」
「大丈夫だ。得意な人なんかいないから」
国王陛下ローランドは性格の苛烈さと厳格さで知られた人物で、その叱責を受けて胃を壊し、宮廷を去った人間は数知れず。長時間ともに過ごしても平気なのは、なにを言われても「あらまあ、ちょっとご機嫌ななめみたいねぇ」で済ませてしまうシャーロット妃くらいだろうと言われている。
まさに割れ鍋に綴じ蓋夫婦というやつだが、まあそんなことはどうでもいい。
「陛下は不公正なことを人一倍嫌うお方だ。己の息子といえど、いや己の息子だからこそ、なんの非もない婚約者を捨てて他の女に乗り換えるなんて、絶対許さないだろう。――ああもちろん、婚約者サイドに非があったら話は別だけどな」
エドガーがなにげなく付け加えた言葉に、ミシェルは気まずそうに視線をそらした。
「……おい、ミシェル・ローレン」
「え、なあに?」
「こっちを向け。一応確認しておくが、君はなにか王子殿下の婚約者として不適切なことはやってないよな?」
「不適切なこと……は別にやってないわよ。うん、適切なことしかやってないわ」
「訊き方を変える。アリシア嬢に対して、嫌がらせのたぐいをしたことはあるか?」
「嫌がらせっていうほどのことはしていないけど、わざと聞こえるように『婚約者のいる男性にまとわりつくなんて、一体どういう教育を受けているのかしらね』程度のことは言ったかしら。あとはあの女が『アスランさまぁ』と駆け寄っていくときに足を引っかけて転ばせたり、あの女がアスランさまとカフェテラスで食事をしているときに、通りすがりに飲み物をかけるくらいはしたかもね」
「物理攻撃にまで及んでるのか……」
エドガーはがっくりと肩を落とした。
「でも他人の婚約者にべたべたすることに比べたら、すごく可愛らしい仕打ちだし、十分に適切の範囲内だと思うのよ!」
「俺に逆切れしても仕方ないだろ。……この件は俺からお父上に報告させてもらうからな。くさっても教師としては看過できない」
「どうぞご自由に。お父さまだって私が婚約破棄されたらそれどころじゃなくなるわよ」
「まあそれはそうかもしれないけどな」
「それより陛下のことだけど、やっぱり道義心に訴えるのは無理ってことよね?」
「まず無理だな。捨てられる側に非の打ちどころがあり過ぎる」
「分かったわよ。でもアスランさまが婚約を破棄してまで結ばれようとしている相手の女が、王子妃として相応しくない娘だとしたらどうかしら」
「それはまた別の問題だな。君もあれだが、アリシア嬢の方がもっとアレだということになれば、陛下を動かすことは可能だろう。つまりは底辺の争いだ」
「最後の一言は必要かしら?」
「しかし彼女が王家の一員になるにあたって、なにか問題になりそうなところはあるのか? 平民出身以外のことで」
「平民出身は問題にならないの?」
一般的に考えれば、まず問題視されるのはそこだろう。
第三王子と言えど王位を継承する可能性は皆無ではない。ゆえにその結婚相手も、王妃になり得るような令嬢が選ばれるのが慣例であり、平民出身の女性など、通常ならば問題外のはずである。
もっともシャーロット王妃なら「まあ平民出身の子が王妃になったら、あのお芝居みたいで素敵じゃないの」とかえって喜ぶに違いないが、国王陛下は細君のようなゆるふわ頭ではけしてない。
「それなんだが、今陛下が進めている宮廷改革は知ってるか?」
「宮廷改革?」
「身分にかかわらず優秀な人材を積極的に登用しようって言う制度改革だ」
「それって文官や武官の話でしょう? アスランさまの結婚相手に関係あるの?」
「もちろん直接には何の関係もない。しかし『身分が低かろうと優れた人材はいる!』というスローガンのもとに、古参の上流貴族たちの反対を押し切って改革を突き進めてる状況で、息子の嫁を『平民だから』という理由で反対するのは、さすがの陛下と言えども中々難しいものがあるんだよ」
「そうなのね……」
「ああ。だから平民出身というのはアリシア嬢の傷にはならない」
「分かったわ。それなら異性関係にだらしなくて、アスランさま以外の複数の殿方と関係を持っているというのはどうかしら」
「おい、いくらなんでも捏造で誹謗中傷するのは最低だぞ」
「違うわよ。実際にそういう噂があるの。あの女はアスラン殿下だけじゃなくて、色んな殿方に思わせぶりな態度を見せては、手玉に取っているんですって。私はアスランさま以外の殿方はどうでもいいから適当に聞き流してたんだけど、これって事実ならば問題よね?」
「そりゃ事実ならな。王族に嫁ぐ女性としては問題だし、王立学院の風紀上の観点からも大問題だ」
「それじゃ、私に教えてくれた子に詳しい話を聞いてくるわね」
「噂を流してる生徒だけじゃなくて、きちんとネタ元に確認を取れよ。それで結果をこちらに報告してくれ。場合によっては学院としても対処が必要になるかもしれん」
ミシェルやアスランより一学年下のアリシアは、あと一年間は学院生徒であり続ける。
校則は男女交際を禁じていないが、アリシアが複数の男性と関係を持つことでトラブルの種になっているのなら、学院としても介入せざるを得ないのだろう
「分かったわ。ちゃんと調べてくるから任せておいて」
「それからちゃんと課題もやって来いよ!」
ふたつ目の注文に対しては、ミシェルは返事をしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます