少女とおじさんと夏祭り
ありま氷炎
第1話
昼間はジトジトと暑かったけど、日が落ちてからは風が少し出てきて気持ちよかった。
空を見上げると、雲の切れ間に星が瞬いている。
今日は夏祭りだった。
友達と一緒に屋台を回って、花火を見る。
それまでずっと親と一緒に来ていたけど、小学六年生の今年は友達と一緒に回っていいと言われて、すっかり大人の気分で家を出た。
お駄賃の千円を財布に忍ばせて、巾着袋に入れてから、カランコロンと下駄を鳴らして会場へ向かう。着なれない浴衣は歩きづらかったけど、白地に華やかな赤色の花模様はとても綺麗で、お姫様になった気分だった。
船着き場がメイン会場で、その周辺の道路は歩行者天国になっている。
至る所に屋台があって、目移りしながら、友達が待っているはずの彼女の店へ急いだ。着付けに手間取って、少し遅刻だった。腕時計を見るとすでに約束の7時半はとっくに過ぎている。
だから近道と思って、少し暗がりの道を選んだ。屋台の威勢のいい声、賑やかなおしゃべりも聞こえていたし、ちょっとだけだからと安心していた。
けれどもそれは甘い考えだった。
後ろから羽交い絞めにされて、口を布で塞がれた。必死に抵抗したけど私を掴んだ腕は少しも緩まなかった。ずるずると引きずられ、祭りの喧騒がどんどん小さくなって、とうとう音が聞こえなくなった。
「可愛いなあ」
耳元に息を吹きかけられ、気持ち悪さに全身に寒気が走る。
「その子を離せ、変態野郎!」
声がしたと思ったら、体は自由を取り戻していた。
男は小心者だったみたいで、一目散に逃げだしたみたいだった。
「逃げたか!後で警察に届け出したほうがいいな」
私を助けてくれた声の人は、駆け寄ってきて一瞬追うような仕草を見せたけど、足を止めた。
背はお父さんより高い。声は低くて艶があった。
「大丈夫か?」
暗がりでよく顔はわからなかったけど、声色が優しくて、気が付いたら私は泣いていた。
「えっと、ハンカチ。ハンカチあったかな?」
その人は必死にポケットを探っていて、やっと見つけたハンカチはくしゃくしゃになったものだった。
「せ、洗濯はしているからな。ほら」
ハンカチを渡されて、私は素直に受け取って涙を拭く。
「……しっかし、わかんねぇなあ。いきなりこんなとこに」
その人と一緒に大通りに向かって歩く。また変な奴に襲われるかもしれないとその人が提案したことだった。
一緒に歩いているとさっきまでの恐怖が嘘のように消えて行った。街灯があるところまで近づき、その人の顔の輪郭がはっきりし始める。
最初にわかったのは無精ひげ。それから大きな口に、二重瞼の目。眉毛はお父さんみたいにゲジゲジじゃなくて、整えられていて、カッコよかった。
「どうした?どこか痛いのか?」
「どこもいたくないです」
その人は、多分お父さんと同じ年ぐらいに見えた。
でも俳優さんみたいにカッコよくて見惚れてしまった。
大通りまで来たら、その人は煙のように消えていて、そばを歩いていた人に聞いてみたけど、そんな人見たことがないと答えられた。
結局私が体験したのは幻か、夢なのかと思ったけど、お母さんに相談すると警察に行くことになった。数日後、私を襲った人が捕まってと連絡が来て、やっぱりあれは現実のことだったと思う。
街に出ると、私はあの人を探す。
それまでテレビとか好きじゃなかったけど、もしかして俳優さんだったかもと見る様になった。
あれから14年、あの人はまだ見つからない。
『……もう、マコ。あきらめなって!14年、14年は長すぎるから。見つかっても相手は覚えてないかもしれないじゃない?』
あの時、待っていた友達ヨシコとは高校まで一緒で、それから道が分かれた。彼女は地元に残って実家の商店を継いで、私は大学に進学。だけど、うまく就職できなくて、派遣会社に登録して、いろいろな会社で働いている。
来週から、また新しい会社で、今晩は家でごろごろしながら彼女と電話で話す。
『っていうか、14年前だし。あんたももう顔も覚えてないんじゃないの?』
「残念でした。まだはっきり覚えてるから。絶対忘れないもん。あの顔と声。はあ、カッコイイ」
『マコ。14年前はかっこよかったかもしれないけど、その時にすでにおじさんだったんんでしょう?今だったらおじいちゃんじゃないの?』
「お、おじいちゃん?!失礼な。きっとあの時はお父さんと同じ36歳だとしたら、いまは50歳!まだまだおじさまなんだから」
『はあ。あんたの話聞いていたら、本当、呆れを通り越して笑いたくなるわ』
ヨシコはそう言って、私の真剣な思いを笑い飛ばす。
いいんだ。
私の崇高な初恋。
あの変態から救ってくれた私の恩人さん。
私、仲嶋マコ。
26歳。
14年前の初恋が忘れられず、ずっとあの人を探している。
馬鹿だってことはわかってる。
大体、あの時点で結婚していたはずだし、見つかったとしても家庭持ちだ。
ヨシコのいうように孫がいてもおかしくない。
だけど、私は、探し続けている。
あの人を。
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