空に走る
あきかん
第1話
高校のサッカー全国大会決勝戦。
「行くぞ!湘南ファイ!!!」
円陣を解散しそれぞれのポジションへと散らばる。葵はボランチ、詞はセンターフォワード。この二枚看板で湘南高校は勝ち抜いてきた。
対する青森第二は高校離れした鉄壁のゾーンディフェンスで全ての相手を弾き返してきた。
今、決勝戦のキックオフの笛がなる。雲1つない晴天がピッチ上の選手達を照らす。夏の風がフィールドを吹き抜けた。
湘南の先攻で始まった。葵と詞がセンターサークルへと入る。葵は詞にボールを渡し、詞はそれを後ろへと繋げる。
青森第二はディフェンスラインを2メートルほど上げて湘南の出方を伺う。青森第二のフォワードのプレスに湘南はパスコースを徐々に限定されサイドへと追い込まれていった。
ここまで完成度の高いゾーンディフェンスは初めての経験であった。ポジションを乱すことになろうとも今はボールを手放してはならない、と葵の本能が告げる。葵はサイドへとフォローしに走り出した。
葵以外の選手が下手な訳ではない。むしろこの年の湘南は全ての選手の技術は高く、相手を翻弄するパス回しこそが最大の武器であった。しかし、青森第二のディフェンスはそれ以上の強度を誇っていた。
湘南のサイドバックは何とか葵へとパスを繋ぐ事ができた。そこへ青森第二の選手が2人がつく。ここで回収する腹積もりなのだろう。
しかし、葵はこれを掻い潜る。ボールをもらう最中、相手の背中に左腕を回し動きを封じる。相手に体重をかけてプレスに来た二人の間に隙間を開ける。そこにボールを通す。そして、つかさず反転。青森第二の選手を置き去りにしてボールを前に運んだ。
ここで動き出していたのが詞だ。ピッチ上の他の選手達は葵の攻防に注視していて動きが止まっていた。しかしただ一人、詞だけは葵の勝利を確信しディフェンスラインの裏をとっていた。
それを葵もわかっていた。詞に向けてパスを出す。既にディフェンダーを振り切っていた詞はゴールキーパーとの1対1。青森第二のゴールキーパーは前へと駆け出す。しかし、それを嘲笑うかのようにかわし、詞はボールをゴールへと流し込んだ。
「よっしゃあああーー!!」
詞は叫ぶ。
「ナイスゴール!」
葵が1番に駆けつけてきた。
バチン!と互いの手を叩く。その後、湘南の他の選手が集まり二人はもみくちゃにされた。
前半はこのまま推移した。ボールを回す湘南に対して守る青森第二。陽射しが強まる中、後半戦が始まった。
湘南は選手交代をしなかったが、青森第二はフォワードを代えてきた。長身のフォワードの意図は明らかだった。青森第二は後半開始からパワープレーに切り替えてきた。途中投入された長身フォワードへのロングボール。単純だが効果的な攻撃である。
パワープレーで押し込まれた湘南はポジションが乱れて効果的な反撃ができない。押し込まれた湘南はコーナーを取られる。青森第二のボールは長身フォワードに向かって弧を描き、競りかった青森第二のヘディングによって湘南のゴールへと叩き込まれた。
「くそ!このままだとじり貧だぞ。」
葵は吼える。それは誰が見ても明らかな現実ではあった。
「いいから走れ。馬鹿は考えずに駆け回れよ。」
「後、俺の動きは見逃すな。」
詞は葵に向かってそう言った。
後半45分まで湘南は持ちこたえていた。しかし、延長戦まで戦える体力はない。
葵はトラップで敵をかわし前を向く。眼前には、緻密に敷かれたディフェンスラインとそれを崩そうと駆け回る味方との駆け引きが広がっていた。最後のチャンス。これを逃せば負ける事だろう。
詞と目が合う。葵はドリブルをしながら中央へと向かって行く。詞が裏抜けをしかけ、その動きに相手は釣られる。
そして、ゴールへの道筋が空いた。
「行ける!」
葵はシュートを放つ。鋭い軌道を描いたボールはゴールへと吸い込まれた。
湘南はこの試合を制し、そしてこれが詞とのラストゲームとなった。
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