第39話 第一次スキル戦争4 希望と絶望

「おはようございます。すいませんいつのまにか寝てしまって。記憶が全然なくて。昨日何があったか教えて頂けませんか?」


この言葉にイラッとした一同。

ジャック、お酒は程々にな。


「とりあえず、正式に北太平洋浮島を出ていきましょう。ニュースで言っていた通り3日間は安全よ。今のうちに出国手続きをした方がいいわ。」



俺たちは正式に北太平洋浮島を出国するために再びログハウスへともどり、暑い中空港を目指していた。


「アンジェリーナ、本当に今更出国する意味があるのか?」

森は乗り気では無い。面倒臭そうだと思いっているようだ。


「個人カードを何のために入国の時かざしていると思うのよ。誰が国内にいるか把握するためよ。個人の名前は必要ないけど、どんな人が何人この国にいるのかくらいは把握しているはずよ。


これから戦争が起きるってわかっている以上、減らせるリスクは減らしておくべきよ。」

アンジェリーナはこういったリスク管理はしっかりとしている。


「こう言うことはアンジェリーナに従ったほうがいいですよ。」

大きな荷物を持つ森、それを押す志帆。なんだか中のいい兄妹みたいだ。


「志帆ちゃん、私も後ろから押してよー。歩くのもう疲れたよー。」

神山はダイエット中らしく、変身して飛んだら楽なのに、必要以上に飛ばなくなった。


「私が手伝ったらダイエットの意味なくなりますよ。ほら、頑張って。」

志帆が後ろを向きながら言う。


志帆はあまり大きな荷物は持っていない。小さなリュック一つだ。

志帆の荷物を持っているのは、同じ家に住む真斗である。


「志帆、手伝うなら俺を手伝えよ。」

「真斗、それくらい頑張って持ってください。森さんはもっと重たい荷物を持っているのですよ。」

「おい、俺はお前の分まで持っているのだぞ。」

真斗はちょっとすねた声を出し、志帆を少し睨んだ。


「冗談ですよ。真斗は予想通りの反応をするのでつい弄りたくなる。」

そう言って志帆は真斗を荷物と一緒に押す。


「なんやかんやで真斗と志帆は仲がいいですね。」

ゆりちゃんはおしゃれなレトロ風のキャリーケースを引っ張っている。


「それは従兄妹ですから、これくらいはいつもの事です。真斗と仲良くしたいなら、私がゆりさんの荷物を持つので変わりましょうか?」

「えーっと、どうしようかな。」

悩むゆりちゃんのレトロなキャリーケースを志帆は素早く奪う。


「ほら、真斗さんが重そうにしていますよ。」

少し照れながら真斗の荷物を運ぶのを手伝うゆりちゃん。

前を向いているから顔が見えないが、体の動きから真斗は緊張しているみたいだ。


にやりと笑う志帆。

これは絶対ワザとだ。


「お兄ちゃん、そういえばアンジェリーナさんとどうする気なの?もうすぐ旅行が終わるのに。」

普通このタイミングでそんな話は振らない。妹め、俺がアンジェリーナに告白したことを知っているな。


「内緒だ。絶対に言わん。」

俺は少し意地を張った。


「ふーん、アンジェリーナさんと恋人繋ぎで手を繋いでいる時点で結果はわかっているけどね。」

うるさい。

それはアンジェリーナが手を出してきたから繋いだだけで。いや、俺から手をだしたかも、うーん。気が付いたら握っていたから覚えてない。


「さくら、チャンは恥ずかしがって言わないけれど、見た通り私はいま幸せだわ。」

普段は言わないセリフに全員がやっとかという顔をする。


いや、まぁ、お世話になりました。


「それにしても空港までまだまだ距離がありますね。一体何キロくらいあるのでしょうか?」

一ノ瀬は普段は何も言わず歩く静かなスナイパータイプだが、さすがに暑い中で体力が奪われているらしく、歩く姿勢が崩れている。


「そうね、あと3キロくらいね。」

アンジェリーナが英語の道路標識をみて答える。


「3キロももう歩けないわ。健太、ちょっとおんぶしてよ。」

口調まで崩れた鈴。完全に一ノ瀬に甘えモードだ。

「鈴、ほらみんなが見ているからしっかりして。」

すーっと表情がもとに戻る鈴。

鈴は普段は意外と分厚い猫を被っているようだ。


俺たちの横を満員のシャトルバスが通りすぎていく。

いまこの浮島の公共交通機関は全部長蛇の列で乗るまでに物凄い時間がかかる。タクシーも予約だらけで出払っており、空いているタクシーを見つけることが至難の業になっている。


「誰だよ、戦争を吹っ掛けたやつ。なんでこの時期に戦争なんだよ。俺の楽しい夏休みを返せ!!」

海で楽しい日々を送っていた真斗が叫ぶ。

後ろで真斗の荷物を押しているゆりちゃんのことは忘れているなきっと。


「戦争を起こしたのは南太平洋浮島の国王だそうですよ。」

「知ってるよ!!そういう事を言いたいわけじゃない。」

珍しく志帆がボケて真斗が突っ込んだ。


「もういいから、真斗さん。静かに歩いて。暑苦しい。」

妹よ。今のはさすがに可哀そうだよ。


この浮島の三日間限定の平和の日々。

そしてこの三日間の間に逃げれば助かる。


全員がそう思っていた。


だが、そうはうまく事は進まない。


それは突然だった。


昨日見たオレンジ色の光が島を襲った。

昨日と違うのは明らかにこの島のシールドに当たっていない事。つまり威嚇射撃だ。


南太平洋浮島は浮遊都市の警告を無視したのだ。


何台ものヘリコプタービラをまき散らしながら空を舞う。

「警告する。我々南太平洋浮島は約1時間後攻撃を開始する。我々は我慢してきた、北太平洋浮島の違法な取引に。我々は正義のため、北太平洋浮島の違法な薬物の取引をやめさせるために戦う。これは世界が望んでいる戦争だ。どこの国も違法薬物に悩まされている。我々はその根源を今日これから叩こうとしている。


浮遊都市の警告はしってる。しかし、それは我々の正義の力をそぐ行為そのものだ。理不尽な警告には我々は従わない。


戦いを望まないものは降伏しろ、たとえ観光であっても違法薬物をばらまく国に来てしまったのが不運だったと思ってあきらめろ。我々は降伏したものを丁重に扱い、我が国の一番安全な場所で戦争が終わるまで匿う。抵抗するものには容赦しない!!」


何度も同じことを繰り返しながら飛び去るヘリコプター。

ビラには攻撃開始時間が書かれていた。世界標準時で22時、今はハワイ時間に北太平洋浮浮島は合わせているので、正午に攻撃開始。今は午前11時だ。


きっと今頃北太平洋浮島に残っている全員がパニックになっているだろう。

空港から飛び立つ飛行機の数が目に見えて増えていく。


三日間あったタイムリミットが一瞬であと1時間になったのだ。

きっと北太平洋浮島全島で大パニックが起きているだろう。


この先どうなるのだろう。

俺は頭を悩ませる。


ーーーーー

この手で来ることを予想していなかった。


民間人を逃がすための三日間のはずなのに。


今日急いで飛行場に向かう人たちは全員民間人。人質として扱いやすい北太平洋浮島と南太平洋浮島の因縁に関係のない人ばかりが、荷物をもって逃げている状況。


私の筋書きとは全く違う方向に進み始めた。

チャンに大口を叩いて、一緒に重荷を背負うと言ったのに。


浮島は人口が多くなれば、多くなるほどもらえるポイントが大きくなり、浮島同士の戦いで有利になる。

つまり捕まえたら捕まえるだけ、美味しい存在が浮き出ている状態。


もしも昨日警告メッセージを送る前に知っていたら確実に対策していたのに、これを知ったのは昨日の夜、警告メッセージを送ってから。


そしてその人質は浮遊都市にとって邪魔な存在。

一層のこと、人質をさらに取られる前に浮島を破壊してしまいたいが、それができない。一撃で浮島を沈められるのに、何もできない。


ここで浮島を沈めると、何万もの人が一瞬で蒸発する。


そして最悪なのが、私とチャンがここにいること。

オートモードシステムが私とチャンへの攻撃を常に監視しているのなら、偶然照準が私たちに当たっただけでも南太平洋浮島が蒸発してしまう可能性がある。


いま一番確実に安全を手に入れようと思ったら、私がみんなを連れて浮遊都市に避難するのが一番なのは知っている。

でもいまここではできればしたくはない。

私のスキルはチャンほどではないが、公にはできない能力だ。


取り敢えずは隠れる場所も豊な空港に1時間以内に行くのが一番良い。


空港は一番に狙われる可能性が高いが、本当に不味い状況になれば、私が転移すれば何とかなる。


私は状況を整理する。


後一時間、いや30分で空港に着くには、せめて出国の手続きをしたい。


私たちの個人カードにはギルドのデータが入っている。空港の占領で北太平洋浮島の入出国の記録が南太平洋浮島に漏れた場合、私たちを浮遊都市...いや最果てグループへの人質にしようと北太平洋浮島を南太平洋浮島の連中が積極的に探し回る事になる。


そうなると、隠れている民間人を危険に晒す可能性が上がる。


「真斗、ドラゴンに変身してみんなを背中に乗せて。急いで空港に行くわよ。」


ーーーーーー


「真斗、ドラゴンに変身してみんなを背中に乗せて。急いで空港に行くわよ。」

アンジェリーナは冷静だったが、反論を許さない本気モードになっていた。

「志帆、もしも攻撃されたら真斗に指示を出してあげて。真斗、今回は竜の手綱を使わせてもらうわよ。」


竜の手綱。

浮遊都市の周りには野生のドラゴンがいる。そのドラゴンを調教して使うダンジョンアイテムだ。

立派な名前がついているがただの頑丈な手綱でしかなく、馬の手綱と同じく指示を出すくらいしかできない。


真斗は竜の手綱を使われるのが、馬にされているみたいで嫌と言ったので普段は使わない。


「えー、竜の手綱口の中にへんな紐が入るから嫌なんだよ。それに俺は馬じゃねぇ。」

真斗が反論をするがアンジェリーナが睨むと渋々引き下がる。


真斗がドラゴンに変身する。

全員が背中に乗り、真斗ドラゴンの背中の凹凸に捕まる。


「いい?もしも攻撃されたら空港の入り口に突っ込んでもいいから、攻撃には当たらないように。いつもの感覚じゃダメよ。相手が打つ弾は本物の銃弾。死ぬわよ。3キロしかないから攻撃されても逃げ切れると思うけど。」

志帆は真斗ドラゴンの首に跨る。


志帆の指示で空に飛び上がる真斗ドラゴン。


南太平洋浮島のヘリコプターがこちらに気が付いた様だが、距離が遠すぎる。


真斗は大きな翼をはためかせ、空港の玄関口へと向かう。


「アンジェリーナ、なぜ空港の出国を優先したんだ?」

俺はアンジェリーナに聞く。いつもなら安全を優先するのに珍しい。


「もしも空港が占拠されて私たちがここにいると思われると最果てグループに脅しがくる可能性が高いからよ。浮遊都市の有名ギルドへの脅迫は浮遊都市への脅迫と奴らが考えれば面倒な事になる可能性が高いわ。それはできれば避けたいところよ。」


アンジェリーナは俺の重荷を一緒に背負ってくれると言ったが、アンジェリーナだけで背負えそうだ。


俺、アンジェリーナに甘えてばかりだな。


真斗ドラゴンはヘリコプターに追いつかれることなく空港に着く。


3キロの距離だ。

歩けば時間がかかるが飛べは一瞬だ。


「さて急いで出国するわよ。それができたらとりあえずどこかに隠れて、浮遊都市に戻るわよ。」


大パニックの空港カウンター。

「落ち着いてください。飛行機に搭乗希望の方は検査を無視して搭乗口へ向かってください!!」

係員が大きな声で誘導している。


出国ゲートを超えたその先は地獄だ。


南太平洋浮島の攻撃開始時間まで残り50分。

どうやら空港側は検査を無視してとりあえず飛行機に人を乗せる事を優先する事にしたらしい。


「荷物は持てる量の飲み物食べ物に限らせてもらいます。緊急事態ですので飛行機は定員を無視して、離陸可能なギリギリの重さで出発する予定です。なるべく多くの方を乗せるために荷物の軽量化にご協力ください。」

なかなか無いアナウンスだ。

確かに飛行機は事故さえなければ定員オーバーでも大丈夫だろうが。

きっと飛行機が少ない中の苦肉の作だろうな。


「航空燃料なんて、最低限にしろ!!浮遊都市かホノルルまで持てばいいから。とにかく急いで人を乗せて最大離陸重量で離陸させろ。着陸は気にするな。オーバーウェイティング(最大着陸重量を超えた状態)でも着陸はできる。滑走路が一本しかないんだ。....さっさと待機の飛行機を作って効率よく呼ばせ。おい、中型機なんてフルで滑走路いらないだろ?大型が滑走路に入る間に飛ばせ!!着陸は大型機だけにしろ。」

放送に混じる命令。


「お客様におねがします。出来るだけ多くの方の避難のために、係員の指示に従ってください。お荷物は持ち込まないでください。お荷物を3つ減らすと1人の命が助かります。飛行機は最低限の客室乗務員で対応しますので、ご指示に従っていただけない方は他の手段で脱出して頂けるようお願いします。」


「思った以上のパニックね。」

荷物を捨てろと言われても、脱出できない可能性がある以上、人は荷物を捨てない。


検査場に詰めかける人々キャリーケースは捨てるが手持ちのバックまで捨てる人は少ない。


人混みには子供連れの家族もその中にはいた。


「アンジェリーナさん、みんなを助けられないんですか?」

俺たちはアンジェリーナのおかげで助かるが、目の前にいる人たちは助かるか、助からないかわからない人ばかりだ。

きっとゆりちゃんは可哀想だと思い同情しているのだろう。気持ちはわかるが...。


「無理よ、私が運べる人数なんてたかが知れているわ。ちょっと大きめのエレベーター分しか連れて飛べないもの。むしろここで不用意に転移で助けようとする方が彼らの生存確率を下げるわ。


飛行機は滑走路を1分で1機飛ばせる。

つまりあと40分はあるから40機は飛ばせるのよ。


ここの飛行機は長距離を飛ぶために中型機や大型機が多いわ。荷物を捨てて客室に人を詰め込むとあの大きな飛行機なら、800人は余裕で乗れるわ。そんな化け物キャパ飛行機に対して、私が転移できる人数は1分で20人もいない。いつも一緒に転移しているメンバーなら体重も体格も大体わかっているから、感覚で転移できるけど、初めての人はそうはいかないのよ。


無駄に希望を与えて見殺しにするだけよ。私はそんなことは絶対にしないわ。


ゆり、これが現実なのよ。」


俺たちはきっと世間から見れば酷いやつなのだろう。他の人を見殺しにして逃げるのだから。


俺たちは誰もいない多目的トイレにぞろぞろと入った。アンジェリーナは全員がいることを確かめてギルドホームへと転移する。


ギルドホームに戻ると泣き出したゆりちゃん。

「ゆり、あの場ではああ言ったけど、あの子供たちはきっと助かるわ。どこの世界でも子供は最優先で助けられるものよ。」


ゆりちゃんをなだめるアンジェリーナ。

声は優しかったが目は怒っていた。


きっとこのパニックを起こした南太平洋浮島に怒り心頭なのだろう。

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