第32話 北太平洋浮島行き

集合場所に戻ると、ニコニコ笑顔のゆりちゃんと、もう勘弁してと顔に書いてある疲れている妹が待っていた。


「どうしたのよ、そんな顔して。」

妹を心配するアンジェリーナ。


「いえ、ちょっとゆりちゃんが暴走して、コスプレの試着させられたり、ちょっと同人誌のサイン会に並ばされたり、ガチャガチャがなくなるまで百円をひたすら両替しに行ったり、UFOキャッチャーで全部一種類ずつとるのに付き合わされただけです。あと、ゆりちゃんの欲しいキャラの絵をひたすら探すのも疲れました。」


それはさぞかし大変で。


「それで品は?」

「全部送りました!!」

俺の質問にホクホクの笑顔で答えるゆりちゃん。

オタクなのがバレて隠す気がなくなったらしい。


「お兄ちゃん、今日は時間制限があったからまだマシな方で、大阪の日本橋に行くともっと暴走するよ。」

ハイハイ、タイヘンダネ。


次にやってきたのは如月さん、ジャックペア。

「ただいま戻りました。」

ジャックは何か大量の配線関係の部品を買ったようだ。


「ジャック、それは?」

俺はジャックが手持ちでぶら下げている荷物を指して聞いた。


「ああ、これはですね、ステージ用ライトの特殊部品と、その配線です。友人がもしも秋葉原に行く機会があれは買って欲しいって頼まれていたので。


浮遊都市でライブバーを開くときに必要らしいです。」


ジャックはおつかいをしていたのか。


「そのバーって、いつ開店するの?」

早速リサーチするアンジェリーナ。お酒関係は反応がいいな。


「もう開店はしてますよ、ただ肝心のライブがまだできないと言うだけです。」


「ジャックの作るカクテルとどっちが美味しいの?」


「うーん、答えにくい質問をしますね。ショートカクテル(シェイカーを使うカクテル)なら負けない自信がありますが、ロングカクテルなら同じくらいですね。


お店として言うなら、お酒だけではなく、普通のドリンクを多く出しています。


ライブをすることがメインなので。」


「そうなのね。」

ジャックの作るカクテルの方が美味しいとわかると興味がなくなるアンジェリーナ。


俺に早くお酒を飲める歳になりたい。何となくそう思えた。




最後にやってきたのは、

森、神山、鈴 一ノ瀬、真斗、志帆だ。


珍しいのは鈴が神山のほっぺをツンツンとして、神山が怒ると言うのを繰り返している風景。


鈴が人を弄ることはしないし、神山はあまり弄られるキャラではない。


「ねえねえ、松ちゃん聞いてよ。静が....モゴモゴ。」

鈴が気分良く何かを話そうとしたが、神山が口を塞いて止めた。


「志帆、何かあったのか?」

俺は事情を知ってそうな志帆に聞く。


「えーとですね、私の口からは正直言いにくいデリケートな問題なので、本人たちに聞いてください。」

志帆は解答拒否。


「それで何があったんだ?神山。」

「えーと、そのー、そのうち話すわ。」


あっそう。


「何?顔が真っ赤よ。告白でもされたんじゃないの?」

恋愛経験はないのに、こう言うことには敏感なアンジェリーナが、神山さんの顔を見て言った。


神山さんの顔がみるみるうちに真っ赤になり、頭から煙が出ているようだ。


「あー、適当に言ったのに当たったようね。それで相手は誰?一緒にいたメンバーなのだから、フリーな男は2人のうちどちらかね。真斗?森?」

「ないしょよ!!」


神山、それ告白されたのを肯定するのと一緒の発言だよ。


「そうなのね。進展あったら教えてね。」

アンジェリーナ。いつもよりも色恋沙汰に興味深々だ。


「それよりもアンジェリーナ。デートは成功したの?」

ニヤリと笑う如月さん。


「教えないわ。」

アンジェリーナ、きっぱりお断りする。


「それは成功半分失敗半分の顔ね。途中で電話までしてきて、少しアドバイスもしたのだからお姉さんも知る権利あると思うなー。」

プライベートと仕事中では雰囲気が全然違う如月さん。


「えい、教えなさい」と言いながらアンジェリーナの腰や脇腹を撫でる。触り方が少しエロい。


「やめて、全身鳥肌がだったじゃないの。」

アンジェリーナが俺の背中に隠れる。


「その様子なら、破局にはならなかったのね。とりあえずは成功ね。」

「チャン、私あのテンションの如月さん苦手かもしれない。」

珍しく弱音を吐いたアンジェリーナだった。


-----


「皆さま、本日はスターメンバーAMA 北太平洋行 271便をご利用いただきまして誠にありがとうございます。当機はまもなく離陸いたします。お座席のシートベルトをもう一度ご確認の上、お手荷物は前の座席の下か、頭上の物入れにお入れ下さい。お座席のリクライニング、テーブルは元の位置にお戻し下さい。」


あのあと、池袋と新宿で買い物をして羽田空港に戻ってきた。


今回の飛行機は、席ではあるが、ベットにもなるらしい。


「離陸したら、すぐ料理が来るはずよ。いま北太平洋の浮島島はハワイ諸島より、すこし南にあるそうだから、きっと8時間くらいでつくはずよ。」


8時間か、そんな長い時間飛行機に乗るのは初めてだ。

浮遊都市に初めて行ったとときは、ちょうど日本の真上だったので、時間はかからなかった。


「ハワイの近くまで行くのか。なかなか浮島は暑いだろうな。」

ちょっと俺も楽しみなってきた。


始めていく南国。

青い空、白い雲、エメラルドグリーンの海、きれいな砂浜。

そして男女混合での海遊び。

バーベキューでもできれば最高だな。


高校一年生の時は完全なひきこもり、やっと最近外に出始めた俺にはそんな青春真っ盛りのような海を過ごしたことはない。


リアルが充実している人のことを人はリア充と言う。

彼女が正式にまだいるわけではないが、いままさに俺はリア充を満喫しに行くんだ。


俺はワクワクが止まらない。


「チャン、お肉か魚かどっちがいいか聞かれてるわよ。」

少し困ったような顔の客室乗務員のお姉さん。


アンジェリーナが注意してくれなかったら、妄想にふけって可哀そうな俺になるところだった。


・・・もうなってるか。


「お肉でお願いします。」


飛行機の食事と言えば、すこし量が少なめであまり美味しそうではない食事というイメージだったが、意外にも運ばれてきた食事は、ファミレス程度に豪華だった。香りこそそれほどしないが、見た目はとてもいい。


アンジェリーナは日本語を話せるが、見た目も中身も日本人ではないので英語で聞かれていた。アンジェリーナも俺と同じメニュにしたようた。ただし俺の飲み物はお水とジュースだが、アンジェリーナはワインにしたらしい。


「意外といいワインが置いてるじゃない。」

小さなワインボトルから、プラスチック製のコップにワインを注ぐアンジェリーナ。


すでにコップ3杯目である。


「アンジェリーナ、さすがにペース速くないか?また倒れるよ。」

「大丈夫よ、最近お酒に強くなったし、それにこれくらいで酔うような私でもないのはチャンも知っているでしょ?」


そう言えば、最近一番飲んだ日はワインボトル4本開けていたな。

父が一度ワインを飲んでいたが、ワイン1本飲むともうフラフラになっていたから、父が日本人の標準だとしても、4倍は飲めるのか。


ジャックも結構な量のお酒を飲んでもケロっとしているし、欧米人ってそんなにお酒に強いのかな?


それともうちの成人メンバーが異常にお酒に強いのか。


アンジェリーナがあまりにもいい勢いで飲むので、不安であまり料理を味わうことなく終わってしまった。


食事がおわり、しばらくすると就寝時間がやってくる。

隣のアンジェリーナはすでに大量のお酒で爆睡中だ。


俺たちの席は完全フラットの状態にできるちょっといい席なので、アンジェリーナも背もたれを完全に倒してベットで寝るのと一緒のように寝ている。


電気がもうすぐ消えると言われたので、その前におれはトイレに行って用を足したい。そのついでに歯も磨くことにする。

機内に歯ブラシセットを持ち込むのを忘れていたのだが、アメニティーセットに歯ブラシセットが入っていた。


席に戻ってくるころにはすでに就寝時間が過ぎ、足元に最低限の灯りがある以外はとても暗かった。


席に戻ると俺はスマホを充電し、予めもらっていたパジャマを着る。

飛行機に乗る前にダウンロードしたアニメを、これまた機内で借りたノイズキャンセリングヘットホンで聴きながら寝た。


ーーーー


大きなどーんと言う大砲を撃った時のようなお腹に響く音で目が覚める。

飛行機は大きく左に旋回する。窓を見ると大きな光の筋が翼の上を通り、おそらく回避のためだろう。大きく左に傾いている。


警告

何もしていないのに急にスキルステータスが開く。

“攻撃を受けています。今すぐその場から退避を。”


「アンジェリーナ、この飛行機攻撃されているらしい!!どうしよう。」

「落ち着いてチャン、何か方法があるはずよ。」

アンジェリーナは考え込む。


機体がさらに激しく揺れる。


「まずは何処から誰を何を目的に攻撃したかよ。そして早く何か手を打たないと、この飛行機打ち落とされるわ。」


大きな音が飛行機を揺らす。

急な無重力空間。


どうしよう、本当に墜落してしまう。



助けて!!


ーーーーー


急に機内が明るくなり、俺は目が覚める。

飛行機に乗ってる時に飛行機が墜落する悪夢を見てしまった。


機内に客室乗務員のおはようコールが流れる。


アンジェリーナは静かな寝息を立てて寝ている。

通路挟んで隣の妹は目隠しがそのままなので、寝ているのか着替えているのか、そのどちらかだろう。


俺はアンジェリーナの脇腹をくすぐり、アンジェリーナを起こす。


「おはよう、チャン。」

お酒の力で寝たが、しっかりと睡眠時間3時間以上確保されているアンジェリーナは、寝起きがいい。起こしてから3秒で目が覚める。


ゴロゴロしながらスマホを触るアンジェリーナ。


「朝の5時?ああ、日本時間だからね。ハワイと同じ時間だとすると、現地時間はだいたい10時くらいね。」


アンジェリーナはベットから普通の椅子に戻す。

俺は仕切りを上げて、パジャマから着替える。


着替えたくらいで前から順に朝ご飯が配られる。


アンジェリーナの頭がぐっしゃりとしている。

目が覚めているのだが、見た目は完全に寝起きだ。


「アンジェリーナ、髪がぐっしゃりしてるぞ。」

アンジェリーナは慌てて髪を整える。手ぐしで何度か髪を通すだけでいつものアンジェリーナの髪型に戻る。


何て便利な。


「チャン、あなたも大きな寝癖がついているわよ。」

そう言ってアンジェリーナは自分の左頭をなでる。


俺は自分の右の頭をなでると髪の毛の反発があった。

完全に治らない寝癖だな、これは。


朝ご飯を食べながら寝癖を直す。

さすがにアンジェリーナも朝ご飯ではお酒は飲まないようで、飲み物は緑茶を注文していた。


「この日本のお茶の苦みがたまらなく癖になるわ。ここのお茶はそれほど苦みはないけれど。」

シートポケットには昨日飲んだお酒の瓶が残っている。

いつもアンジェリーナが飲んでいる瓶の大きさからすると、ミニチュアみたいなサイズだ。


「お兄ちゃん、おはよう。」

目隠しを下ろす妹、こっちは意識もなにもかも寝起き。妹に気づいた客室乗務員が朝ご飯を持ってくる。


「飛行機の中は寝れないってお母さんが行っていたけど、案外よく眠れたね。」

大あくびをしながら朝ご飯を食べる妹。食べている途中に咀嚼が止まり、目がとろりとしている。


こいつ、寝ながら食べてるぞ。


「おい、こら、起きろ。朝ご飯くらいちゃんと食べろ。」

「はーい。」


返事は良いのだが、あまり変わらない妹。


「いいじゃない。飛行機を出るころには目が覚めるわ。」

アンジェリーナが妹を見ながら優しく微笑む。


アンジェリーナもこんな顔をするのか。


俺は優しい顔のアンジェリーナを見て思った。


1時間もすると、飛行機はだんだんと高度を落とし始める。

アンジェリーナ側の窓付近に座る志帆は乗務員にアイスクリームをもらっていた。


客室乗務員の口調からして、志帆はどうやら小学生くらいの子供と勘違いされているようだ。

おもちゃは昨日断っていたが、アイスクリームはしっかりともらうあたり、慣れているようだ。


飛行機は空港に着陸する。


フラフラとしながら滑走路に入り、機首がすこし上がった状態で着地した。

一気に減速する飛行機。減速が終わるとなんとなく安心する。


しばらく空港の中を飛行機はゆっくりと走る。


そしてエプロンとも言われる駐機場(飛行機の乗り降りするための場所)に飛行機がが入る。


前面のモニターには手信号で飛行機を誘導する人。


そしてその合図に合わせて飛行機がゆっくりと止まった。


ーーーーーーー


飛行機を降りて荷物受け取り所まで歩く俺たち。


「あー、眠い。ものすごく眠い。」

真斗は後ろでつぶやく。どうやらあまり眠れなかったようだ。


「真斗もか、飛行機の中があんなにうるさいと思わなかった。」

森も寝れなかったらしい。


「ええ?そんなにうるさかった?私は普通に寝れたよ。」

「わたしもよく眠れたわ。」

神山と鈴は元気そうだ。


「私もよく眠れました。昨日東京観光したおかげで適度に疲れて寝つきがよかったからかもしれません。」

「私も疲れて機内食たべたら、すぐに寝てしまったわ。」

志帆とゆりちゃんもよく寝れたらしい。


「私は早く寝たけど、まだ眠い。」

妹よ、それはデフォルトだろ?いつも学校行くときも家出る寸前まで半分寝ているしな。


「ジャックと一ノ瀬はどうなの?」

アンジェリーナが尋ねる。


「そうですね、オーナー。睡眠時間が短いですが、ちゃんと寝れました。」

「ぼくは少し緊張して寝れなかったです。…鈴の隣だったので。」

意外にも一ノ瀬は鈴と一緒に寝ると緊張で寝れないらしい。

年単位で付き合っているのにそんなこともあるのか。


荷物を受け取り、入国と書かれた看板を目指す俺たち。


浮遊都市と同じで、入国審査はなく、一人一人ゲートに入って個人カードを扉にかざすだけで入国完了だ。


入国審査で怖いおじさんに顔をジロジロとみられないですむので気が楽だ。


入国が終わり、空港の窓からみえる白い砂浜と青い海を見た妹は一気に目が覚めたようだ。

「やっと、浮島についた!!これから遊ぶぞ!!」


うれしそうに飛び跳ねる妹の姿がそこにあった。

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