第26話 自然の脅威とヒヨコ


 僕が運営を頼った理由は利用規約が理由だ。

 ゲーム内での配信を利用しての誹謗中傷や虚偽情報の拡散などを禁止している項目の中に『視聴者による発言も含まれる』という一文があるからだ。

 午前中の配信での僕の発言は随分と際どかった気がするが通報されなくて本当に良かった。ステータスの嘘申告もバレたらアウトだろう。気をつけないと。


『運営のワタリです。通報ありがとうございます。該当するプレイヤーのアカウントを12時間凍結するなどの処分を実行しました』


 対応が早すぎてビビる。

 こんなに早く対応できるものなのか。


「ありがとうございます」


【運営まさか配信観てる?】

【いやぁ……まさか……】

【それにしてもマリモ可愛い】

【それ寝てるの?】


「マリモは寝てますね」


 勾配はいよいよ厳しくなってきた。

 足元の感触もいつの間にか柔らかな土の感触の中にゴツゴツとした岩の感触が混ざるようになった。


「お、おー、見てよ!すっごい」


【氷河ってやつか】

【山頂見ててきたじゃん】

【お目当てのワイバーンは見えないな】

【氷河の上って歩いて大丈夫なの?】


「スイスのアレッチ氷河には氷河上を歩くツアーがあるって言うから大丈夫でしょ」


 父さんが生まれた頃から毎週日曜日に放送している世界遺産を紹介する番組の中で実際にアレッチ氷河の上を歩いている様子が映し出されていた。ちなみにスイスのアレッチ氷河という名前がスラスラと出てきたのは先週放送されたばかりだからだ。普段なら氷河の名前なんて出てこない。


【スイスのアレッチ氷河?どこ?】

【スイスだよww】

【スイスだって言ってんだろw】

【馬と鹿が融合したみたいなやつがいる】


 目測で約200m先、氷河の上に鹿の角が生えたポニーみたいな生物がいた。MMOでは一見して弱そうな見た目のモンスターが凶悪な魔術や特殊なスキルなどを持っていて殺されるなんて事はままある。

 可愛らしいポニーの見た目をしているので少し良心が痛むが気づかれてなさそうな今のうちに攻撃を仕掛けるべきだろう。


「魔力弾×100」


 僕の放った魔力弾は狙い通りにモンスターを捉えたが、やはり100発は過剰な数だったようで大きな音を鳴り響かせた。


 ────ゴゴゴゴゴゴゴッ


「地面揺れてるんだけど地震?」


【いや、アルテラは揺れてない】

【西の森も揺れてない】

【今すぐ逃げろ!】

【アイ:ソプラの街も揺れてないわよ】

【雪崩だ!】


「え」


 雪崩というコメントを見て反射的に前を向いた僕の目の前にそれは迫っていた。


「魔力弾×1000!」


 咄嗟に放った魔力弾が雪崩に突き刺さるようにして命中するも勢いは全く衰えない。


「ちっ……」


 雪崩に巻き込まれる寸前、僕に出来たのは咄嗟に取り出した"名工のナイフ"で自分の首を裂くことだけだった。



…………………



……………………………



…………………………………



「大自然の力って凄い」


 アルテラの噴水広場まで戻って来ました。

 よく考えたらソプラに街の復活地点を登録してなかったんだよね。


【やっぱり自然には勝てなかったよ)】

【なんで自殺したの?】

【理由は分かるけど普通やる?】

【普通は少し躊躇うものだぞ】


「テイムモンスターは死亡するとプレイヤーと同じように復活するけれど、プレイヤーが死亡するとプレイヤーが復活する場所に転移するんだ。なら僕が先に死ねばマリモが死ぬことはないじゃん、ねぇマリモ?」


「みぅ……」


 現在、僕の腕の中でもぞもぞと動いているマリモに声をかけると感情表現なのか小さな前足で僕の胸を叩いてくる。


 テイムモンスターが死ぬことに関してヘルプには特に何も書かれていなかったけど、ヘルプに書かれていることが全てではないんだ。

 僕はテイムモンスターが死ぬことには何かしらのペナルティがあると思っている。僕の死亡も確定的な状況なら自殺もやむを得ないだろう。


「それにしてもワイバーン1匹も見つけられなかったね」


「きゅぅ」


【あれだけ進んだのにな】

【環境破壊すんなって神からのお達しだよ】

【クエストは失敗?】


「まだ継続されてるみたいだけど、現状だとクリアは無理……とまではいかなくても難しいね」


 まずワイバーンが見つからない。

 次に奥地で威力の高い攻撃を使うと雪崩。

 最後に遭遇した鹿ポニー(仮称)がエリアボスでもないのに魔力弾の1ことを考えれば覚醒を獲得していないプレイヤーでは倒すのは困難ななずだ。

 このゲーム、ほんとにゲームバランス大丈夫か?


「死んでしまったことだし、ちょうど時間も午後3時になったから配信はこれで終わりにするね」


【乙かれー】

【おつかれさま】

【他のゲームはやらないの?】

【またFPSや格ゲーやって欲しい】

【次はいつ配信する?】


「他のゲームや配信はアイと相談して決めるから今は何も言えないんだ。またね!」


 そうして僕は配信を終了させた。

 このままソプラの街に戻るのも手だが、その前に組合近くにあると聞いた服飾店へ行きたい。配信中にリスナーからも言われたがいつまでも初期装備というのは見映えの面で好ましくないからだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「なぁ、なぁ、そこの人!」


「えっと、僕のこと?」


 噴水から服飾店へと向かう途中、背後から声を掛けられた。


「そうだよ、あんた、初めたばかりだろ? よかったら一緒に狩り行こうぜ!」


 どうやら僕の杞憂は的中してしまったらしい。

 初期装備でいるのには他プレイヤーに情報を渡さないというメリットがある反面、このように低レベルのプレイヤーと勘違いされ声を掛けられる事でトラブルの温床となるデメリットもあるのだ。


 ちなみに声を掛けてきたプレイヤーの名前はバルス、素質は戦士と生産と信徒で位階は13だ。装備は金属製だと思われる鎧とレギンス、左腕には円形の小型の盾、背中には槍を背負っている。暁と同じような素質とレベルだが装備は彼の方が上だろう。


 しかし、名前とレベルを公開設定にするのは分かるけど素質は全てを隠すか一部を公開するだけの方がいいと思う。彼の場合は戦士だけ公開すればパーティメンバーの募る分には十分だからだ。


「僕は初日からやってるよ。ごめんね、これから用事を済ませて仲間と合流するんだ」


 彼は僕にとって非常に不愉快な勘違いをしている。


「その仲間女か?」


 やっぱり。僕を女だと思ってやがる。

 この様子だと断ってもストーキングされそうだ。


「違うよ、じゃあね」


 仲間女性だけど僕は男だ。


「あ、おい、待ってくれよ!」


 誰が待つかホモ野郎。プレイヤーはヒヨコじゃねぇんだからナンパするなら雌雄の違いくらい見極めてから声を掛けやがれ。

 そもそも僕は性別を公開設定にしてるんだぞ!




───────────────

MMOのプレイヤーはヒヨコ

というのが私の持論です。

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