04 いつもと違う修学旅行

「――テレビじゃ見たことあったけど、やっぱり直に見るのとじゃぜんぜん違うな……ここがかつての・・・・首都・東京かあ……」


 同級生達と港の埠頭に立ち、目の前の壮大な光景を眺めながら僕は感嘆の声を漏らす。


 そこには、巨大なドームのような灰色の曇天の下、拡張した東京湾の大海原に超高層建造物群がその頭を覗かせている。


 近くにあるツインタワーのようなものはおそらく東京都庁、彼方に見える一際背の高い塔がスカイツリーだろう。


 東京タワーの先端は非常に細いため、ここからでは遠くてよくわからないようだ。


 その他にもあちらこちら、海面からにょきにょきと巨大な建造物の頭が生え出し、在りし日の威容を今も無言で語っている。


「それではこれから、潜水艇で水中観光に向かいまーす! 海の中は大変危険ですから、騒がず静かに、お行儀よく乗ってくださーい!」


 ひとしきりその絶景を堪能した後、そんな教師の声に促され、僕らはクラスごとに三艘の観光潜水艇に乗り込むと、待ちに待った水没地区の見学へと向かった。


 クラス別の行動は明日の予定なので、初日の今日は学年全体での見学である。


 少々息苦しさと閉塞感を感じるガラス張りの筒に押しまれ、僕らは徐々に濁った海水の中へと沈んでゆく……。


「うわー! スゲえ!」


「ほんとに街があったんだあ!」


 俄かに騒がしくなり始める船内……。


 やがて、潜水艇の頭に取り付けられた強烈なライトの光により、薄暗い海の底に眠るかつての街並みがありありと浮かび上がり始める。


 僕らのいる乗客席は四方も天井も強化ガラスで作られているため、まるで水族館にでもいるかの如く周囲の様子がよく見てとれる。


 僕らを乗せた潜水艇は一列になって、かつては大通りだった細長い空間を、ゆっくりと速度を合わせて進んでゆく……。


 ある日、突然うち捨てられ、そのまま水没したかのように、そのままの姿を留めている都会的なコンクリートの街並み。


 ライトの光に照らし出され、時折キラキラと光る魚達は、あたかも街の空を飛び回る鳥の群れにさえ思えてくる。


 ……だが、やはり長年、海の底に沈んでいただけのことはあって、よく見れば建物の壁面にはフジツボやら貝やらがびっしりと蔓延はびこり、ガラス窓はことごとく割れて、いまやその魚達の住処となっている。


 やはり、もはやここは僕ら人間の暮らす世界ではないのだ。


 そうして廃墟と化した旧首都の風景を眺めながら海中の道を進んで行くと、だんだんに一本の白い大木のような塔が近づいてくる……あの高さは間違いない。かつて東京スカイツリーと呼ばれていたものだ。


 きっと表面は貝や海藻で汚れているのだろうが、遠くからならまだ充分白く見える。


 さすが世界一高い電波塔だっただけのことはあり、今でも水没しているのは全体の半分以下、その天辺ははるか雲の上ならぬ海面の上だ。


 昔は展望を楽しむために下から上へ登ったようだが、今なら逆に海上からこの海中世界へ降りるための通路としても使えそうだ。


 いや、冗談ではなく、そんなアイデアを持っている専門家も実際にいる。


 このスカイツリーだけでなく、これほど堅牢な建物群を魚の住処にしておくのももったいないので、旧都心部一帯を超巨大なドームで覆い、水中都市として再開発しようという計画も構想されていたりするのである。


 逆にそんな水中都市ならば天候は関係ないので、今の地上では手に入れることの難しい、常に晴れた・・・世界での暮らしというのも送ることは不可能ではない。


 この海中に没した過去の街並みが、再び人々の声で溢れ返り、かつて地上に存在したような活気ある空間へと生まれ変わる……。


 なおもクラスメイト達の声がガラス壁に木霊する中、眼前に高々とそびえ立つ、白亜のバベルの塔を期待とともに見上げながら、僕はそんな未来の東京を独り密かに夢想していた。


                      (本日も雨天なり 了)

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本日も雨天なり 平中なごん @HiranakaNagon

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