路地裏

──くそ、しくじった。

 口に溜まった血を唾とともにアスファルトへ吐き出し、腕を押えながら裏路地を歩く。

 表の通りは目を覆いたくなるほど眩しいネオンで彩られ、行き交う人々の声が建物の壁で反射して騒がしい。耳を塞いでも指の隙間から這入ってきて頭が爆発しそうだ。

 しかし一つ裏へ入れば薄暗く真っ黒なアスファルトの上にはゴミが散乱していて、二つの通りはそれぞれ光と影を表しているかのようだった。

 いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「くそッ……」


 ゴミだらけの道を踏み締める。押さえた右腕はほぼ感覚がない。

「上手くいったと思ったのにバレちまった……」




 俺の職業は殺し屋だ。それも若い頃から初めてかれこれ15年にはなるだろう。今ではポジションも上の方で後輩を指導する立場でもあった。

 ちなみに今日は多額の金と引き換えに標的を始末する依頼を受けて出向いたのだ。

 標的は別の組の娘だった。とはいえ、依頼に関わらず殺し屋が他の殺し屋を狙うことはよくあるため何の感情も湧かなかった。

 そもそも殺し屋、それも直接手を下す奴が“通常の”感情を持ってしまうと仕事に支障が出る。


 何も思わず、いつものようにただ任務を遂行するだけ。


 そう思いながら臨んだ今回の依頼だったが、自分の凡ミスで相手にバレてしまった。

 俺を襲ういくつもの銃弾を交わしながら逃げてきたものの、それでも右腕に一発受けた。銃弾を受けたのは初めてじゃないが何度受けても痛いものは痛い。

「ハァ……ハァ……」

 この裏路地の一番奥に隠された事務所への入口がある。あと少し、あと数十メートルだ。

 足は走りすぎて歩くのがやっとだった。そしてあと数メートルの所でアスファルトに倒れ込む。もがいても体が動かない。

──誰か、誰でもいい。俺を助けてくれ。


「あの、お兄さん。大丈夫ですか?」

「!」


 裏路地に似つかわしくない凛とした声。閉じかけた目を開くとそこには一人の女がしゃがんでこちらを見ていた。見た目的にまだ高校生ぐらいだろうか。

「引っ張ってくれ……あの建物の前まででいいから……」

 今は誰が相手でも構わない。とにかく数メートル先の建物まで引っ張ってくれれば仲間が来るはずだ。

 正直、こんなか細い奴に引っ張ることが出来るのかは分からないが人は見かけによらない。一抹の希望を胸にそう頼むと彼女は目を丸くしながらも頷く。

「うん、分かった。あの建物までだね」

 女は俺の左脇に滑り込み、ゆっくり起こした。か細くても力はそれなりにあるらしい。


「撃たれた傷、痛むでしょ? 今助けるからね」


 彼女がにこりと笑って俺を支えてくれた。

 その一方、俺はぼやけた視界で裏路地の景色を見ながらふと思う。

 右腕は分厚いコートで隠されていて傍からは見えない。それにケガをした部分には布切れを巻いて止血してある。……いや、そもそも俺は。



──俺はコイツに“撃たれた”なんて言っていない。



【彼女は、"誰"だ】

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