涙とともに

春嵐

第1話

 数日前に振られた。

 そのときの心の傷が、地味に悪化してきている。


 振られること自体はそんなにダメージじゃない。いつもそうだから。どんなときも、だいたい二週間から三ヶ月ぐらい。それ以上付き合うことは、ない。


「まあ、顔だからなあ」


 顔が目的で、寄って来られる。で、告白されて付き合いはじめる。そして、実際こいつ顔だけなんじゃねえかと思われて、数ヵ月後に振られる。


 今回は、違うと思った。でも、やっぱり振られた。


 純粋そうな人だから、という理由で告白されている。顔じゃなくて中身や雰囲気を見られていたのかと思って、うれしかったのに。


 振られた理由は、聞かなかった。どうせ顔だから。


 彼女の顔。簡単に思い出せる。


 というか、今まで付き合った女性のなかで、いちばん顔が、平凡。化粧をしてない。自分の顔はだいたい毛羽毛羽しいのに人気があるんだけど、そこも違った。


「はあ」


 思い出しても仕方ないことばかり、思い出してしまう。どれぐらい付き合ったっけ。春に出会ってだから、だいたい二ヶ月か。


 なんでこんなに、傷が深いんだろう。いつも通り振られただけだってのに。


 目の前。誰か通った。


「おっ」


 衝撃が胸に来る。誰か、ぶつかってきたのか。


「あ、ごめんなさい。ぶつかっちゃって」


 化粧をした人間。


 一目で分かった。


「なにしてんの?」


「え、あ、は、はじめまして」


「いや初めましてじゃないでしょ。数日前会ったでしょ」


 そして俺を振ったでしょ。


「え、あ、な、なんのことでしょう?」


 なんだこいつ。不思議ちゃんか?


「なら初めましてでいいですけど、いまさら何しに来たんですか?」


「いやはじめましてだから今更はないです。はじめてですから」


 そこ強調すんのね。腹立ってきたな。


「じゃあ、行きますね俺は。初対面だかなんだか知らないですけど、俺は最近好きだった人に振られて心の傷が大きいんで。突然ぶつかってこられてもいらいらするだけなんで。どいてください」


 なんなんだよ。

 顔がいいだけでこんな思いするのなら、普通の顔がよかったよ俺は。


「あ、待っ」


「どけ」



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