5 反撃の緒戦 第二ラウンド
「何としてもこの地を攻め落とすのだ!」
「ぬかせ! 奴らを返り討ちにしろ!」
ミシェルビッチの治める地。彼が魔族側についたことにより、
「よっ!!」
そんな中、比較的元気だった龍二は大将ミシェルビッチと一騎打ちしていた。時折紅龍の炎を交えて攻撃するが、それは総てミシェルビッチに防がれてしまった。
「どうした! この程度か下等生物!」
「・・・・・・じり貧だなぁ」
自慢の槍術を駆使しているが、相手の動きが素早くて精々かすり傷を与えるので一杯だった。
「だけど、下等生物って言われちゃ、怒らずにいられないなっ!」
龍二の左眼に炎が宿った。出し惜しみすることなく自分の今出せる全力でミシェルビッチに当たった。
これにはミシェルビッチも驚いたようで、ほんの一瞬だけ怯んだ。その隙を逃さず龍爪を突き出すと、龍爪の穂先は彼の脇腹を貫いた。
ミシェルビッチは苦痛に顔を歪めながらも、劣等種ごときに一瞬でも隙を見せた自分と崇高な己の身体を怪我した劣等種に怒りをあらわにした。
「貴様ぁ!」
龍二はそんな彼を挑発した。顔の正面に持ってきた手の平を上にして、ゆっくりと自分の方に指を動かした。
激怒したミシェルビッチが我を忘れて突撃してきた。
「うおっ」
強烈な一撃を何とか防いで間を取った彼であったが、手が痺れていた。
(龍二、代われ)
猛攻を防ぐ龍二に突然紅龍が頭の中から話し掛けてきた。
(どったのいきなり?)
ミシェルビッチと戦いながら龍二は会話を続ける。
(このじり貧を一気に跳ね返す秘策がある)
彼はそれ以上語らなかった。普通の人なら訝るか質問を重ねるところであるが、龍二は即了承する。
(・・・・・・ん。分かった)
「おらぁっ!」
龍爪でミシェルビッチを遠ざけると、龍二は意識を手放した。
ミシェルビッチは龍二の変化にすぐ気づいた。
「ほう、下等生物にしては珍しい術を使いよる」
それを紅龍は鼻で笑った。烈火を宿した瞳と炎の柱のように立っている髪が彼の力を示しているようだった。
「残念だが、テメェの相手は俺じゃねぇよ」
紅龍は言った。
「何・・・・・・───!?」
また男の雰囲気が変わった。だが、その雰囲気に戸惑いを見せる。
人間とは思えぬ威圧感。そして殺気が凄まじい。本当にこいつは人間かと疑いたくなるくらいだ。
「・・・・・・・・・」
全身のあらゆるものが、彼を拒絶していた。
「───?」
何かが自分の真横を通り過ぎた。きっと風だろうとミシェルビッチはそう思った。
その時、何かが舞うような音が聞こえた。
ドサッという音で、ミシェルビッチはようやく自身の両翼が何かで斬られたことに気づいた。
「な、なんだと!?」
彼は眼を疑った。男は全く動いていないように見えた。一体いつ動いたのか微塵も分からなかった。
彼は恐怖した。
「どうした? 何か貴様の常識外なことでも起きたか?」
と男の声。声色もさっきの者と違っていた。
「な、何者だ貴様!」
ミシェルビッチは恐怖から声が上擦っていた。さっきまでの威勢はどこかに消え失せていた。
「人間をナメ腐った濁眼で見ている俗神に教える名はねぇよ」
龍爪を構えた男が鼻で笑った。
ミシェルビッチは高濃度に圧縮した魔法弾を放った。
これは彼らが扱うものの中で上級に位置するもので、魔族でもミシェルビッチを含めて指で数えるほどしかいない。つまり、彼はそのくらいの実力の持ち主なのだ。
「なっ・・・・・・・・・?!」
「何だ、こんなもんか」
だが、その魔法弾を男は持っていた得物で両断してしまった。下等生物が作ったひ弱な棒が己の最高の技を簡単に破った。それがどういうことなのかミシェルビッチには容易に想像できた。
───化物。
「ミシェルビッチとかいったな」
彼は一旦構えた龍爪を大地に突き刺し、腰の太刀を抜きそれを青眼に構えた。太刀の刀身は妖しく、そして神々しく煌めいていた。
「見せてやるよ」
刹那、彼の身体を中心として凄まじい闘気が漏れだす。そのどれもが彼の身体を震え上がらせるくらいの絶望をミシェルビッチに与えた。
「人間の底力をな」
スッと腰を下ろし、太刀の切っ先を下段に下ろした。
ミシェルビッチは恐怖で後ずさることしかできなかった。
「進藤流剣術下段之秘剣 破邪ノ太刀・
一気に間合いを詰め、聖なる光を宿した龍牙がミシェルビッチの身体を左右から切り上げ、横凪ぎに払った。その傷口から聖焔が発火し瞬く間に全身を包んだ。
「ぐわああああああああああっっ!」
「己の業をあの世で悔いるがいい」
男は龍牙を鞘に入れた。
やがてミシェルビッチは炭となって消えた。
「よし、これで一件らく───」
「大変や龍二、増援が来よったっ!!」
慌てるように、為憲が駆け込んで来た。聞けばどれも屈強な者達で構成されていて率いているのはアキレスと言うミカエルやミシェルビッチと同じような魔族だそうだ。
「龍二」はため息をついた。
「・・・・・・あー、まー、そうだよなぁそうなるよなぁ」
気だるそうに頭を掻く「龍二」は、為憲に振り向いた。
「そこに案内してくれ〝藤次郎〟」
「えっ・・・・・・あっ、あぁ、こっちや」
「龍二」の異変に疑問を抱きながらも、為憲は彼の前を走った。
「はははは! 残念だったなオオクニヌシ! ここで朽ちるがいい!」
「くうぅ!」
ミシェルビッチ討死の報と前後するように増援の報が告げられ、オオクニヌシは焦りを覚えた。
動揺してしまった同胞を落ち着かせるのに彼が手間取る間、達子と公熙や華奈美は気合いで敵を食い止めていた。
「けど、そろそろ、限界ぃ」
それも束の間、彼らの身体が先に悲鳴を上げてしまった。それを見た魔族が彼らに襲い掛かる。疲労で反応が遅くなってしまった。
「やばっ」
「───雷神ノ太刀
その時、彼ら目掛けて炎を纏った雷が無数に降り注ぎ彼らがそれに触れた瞬間爆砕した。
「うし、間に合ったな」
「進藤君?」
「龍二、君?」
そこに現れたのは「龍二」だった。ただ、いつもと雰囲気が違う。
達子は「龍二」をジィーッと見つめてからニコッと笑った。
「ねぇ、龍二は無事なの? 〝中の人〟」
「ん?」
「───!?」
公熙と華奈美は何のこっちゃと首を傾げ、「龍二」はポカンと口を開けていた。そして、一人「龍二」だけは額に手をやり笑いはじめた。
「クハハハハハハハ! 嬢ちゃんだけは欺けなんだか」
「ニャハハ。私は龍二の恋人さんなのですよ。それくらいお見通しなのです」
エッヘンと胸を反らす達子を「龍二」はえらいえらいと優しく撫でてやった。
「すまないが、君の恋人の身体、少し借りるぞ」
「いいよー。後でちゃんと返してねー」
無論だと彼は応えた。
「どういうことなのか、説明をお願いする」
いたたままれなくなった公熙が「龍二」にそう言った。
「龍二」は急ぐなと言わんばかりに微笑した。
「そいつは後だ、少年」
と「龍二」は振り返り、アキレスやオオクニヌシと対峙した。
「誰だお前は」
「君は一体?」
アキレスは問い、オオクニヌシは首を傾げた。二人共警戒していた。「龍二」はふふんと太刀を肩に担いだ。
「未練があり彷徨っている亡霊よ。わけあってこの子の身体を借りている」
アキレスは少年───もとい、亡霊が尋常じゃない実力者であることを看破していた。身体中から粟粒が出ているのがその証拠だった。
「あー為憲? 俺は今猛烈に色々とツッコミたい節があるのだが?」
「聞かんといて。クソッ、何であの時気ぃつかんかったんや」
ボソボソ話す式神達。彼らは眼の前にいる者が誰なのか知って唖然としていた。彼は自分達と同じく、この世には既にいない者だからだ。
彼らをちらりと見た「龍二」は、ほう、と懐かしんだ。
「何だ。アイツらもいたのか」
ニヤニヤしながら「龍二」は向き直りアキレスに太刀の切っ先を向けた。
「どうする?
それを見たアキレスは血が騒いだ気がした。久々に強敵に出会えた気がしたからだ。
「面白い! 一つ手合わせ願おうか!」
そうして二人はぶつかり合った。
「何を隠している?」
「当ててみな」
ひょいひょいと軽く交わす「龍二」は、隙を見てアキレスに必殺の一撃を叩き込む。が、アキレスは落ち着いていなす。
「これを避けるか。アンタやるな」
「龍二」は正直に関心した。
「なら、これはどうだっ」
距離をとった「龍二」は、口で何かを唱えるとそこから横一文字に太刀を凪いだ。
すると、紫金・青・紅蓮・漆黒四種の炎を纏った真空波がアキレスに襲い掛かった。
「何かと思えば・・・・・・・・・」
アキレスは期待ハズレだったことに失望しひょいと避けた。その時、少年が不敵に笑んだのが見えた。
「かかったな?」
「何?」
嫌な感じがしたのでサッと振り返ると、さっき避けた四種の炎が大鳥の形を成して迫って来ているではないか。
「これは───?!」
驚いたアキレスはすかさず防御魔法を展開した。炎の大鳥がそれにぶつかると四散した。
「そいつは不死鳥だ」
安堵したのも束の間だった。四散した炎が再び鳥の形を成して襲い掛かってきたのだ。
「!? バカなっ」
驚愕するアキレスを「龍二」はしたり顔で見ていた。
「不死鳥は決して死ぬことがない鳥。その舞にいつまで堪えられるかな?」
小さく無数の不死鳥は幾度となくアキレスに襲い掛かった。
「ナメるなぁ!」
アキレスは自身の今出せる全力で無数の不死鳥を魔法で排除した。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ど、どうだ、人間。思い知ったか」
息も絶え絶えに得意げに告げるアキレスを、「龍二」は不敵な笑顔のままだった。
「言っただろう?」
アキレスを黒い影が覆った。
「まさか・・・・・・・・・?!」
「『不死鳥』って」
その背後には大きな火の鳥が翼を広げていた。
火の鳥は咆哮した。
「こんな・・・・・・こんなことが・・・・・・・・・」
アキレスは愕然とした。
───敵うはずない
彼は総てを諦めた。
パチン。
「龍二」が指を鳴らすと、火の鳥は霧散した。
アキレスは不愉快な表情で「龍二」を睨んだ。
「何の真似だ人間。俺を殺るチャンスをみすみす逃す気か?」
別に、と「龍二」は素っ気ない態度をとった。
「アンタとはもう一度正々堂々と戦りたくなった。それだけだ」
「変わった奴だな」
よく言われると前置きしてから、「龍二」は彼に告げた。
「俺としては、ここは素直に退いてくれるとありがたい」
「・・・・・・いいだろう。俺は一度お前に負けた身だ。素直に従おう。この地はお前らに明け渡す。ゼウス殿には上手く言っておく」
「恩に着る」
アキレスは去った。次は負けないと言い残して。
「さてと。少年、君の問いに答えよう」
太刀を鞘に入れた「龍二」はにこやかな顔で告げた。
「俺の名は
「・・・・・・・・・」
「ホント? マサさん」
「・・・・・・・・・事実だ」
その昔、室町の世。
龍二の前世である宗十郎龍将は、相模守でありながら幼少から室町将軍家に仕え、一人で百万の軍隊に匹敵する力を有した進藤家中興の祖である。『将軍の護り刀』の異名を持ち、『鬼神大元帥』龍彦と並び称される『進藤三強』の一人に数えられる男だ。と政義は語った。
「わけあって彼の身体を借りている。わけは話せぬがな」
「・・・・・・・・・」
「しかし、お前らがいるとは思わなかったぞ藤次郎、清三郎。まさか土御門の式神になっているとはな」
「後藤や後藤。ちゃんと覚えとき」
「源流は土御門だろうが。変わらん」
それはさておきと「龍二」、もとい龍将はあることを訊いてみた。
「んで、源六の末裔であるお前らの主人はどこにいるんだ?」
「やす───仁之介の末裔を護る為に屋敷に残っている」
「へぇーそうか」
「いやな、安徳の野郎が源六以上に頑固でめんどくせぇ質なんだよ」
「そうか。源六の末裔は安徳というのか。んで、仁之介の末裔は名を何というんだ?」
「泰平だ。後藤泰平」
「そうか。覚えておこう。そろそろ限界だしな」
意味深な発言をする龍将。
「
さらりと何か凄いことを言ってのけた。
「また会おう」
ツッこむ間もなく龍二から龍将の気配が消え、彼の身体は糸の切れた人形のように崩れた。
「わととっ」
それを達子が支えてやった。
「おぉ、ここにいたか」
そんな時にやって来たのはカヤノヌシというオオクニヌシの側近の一人だった。
「オオクニヌシ殿が呼んでいるんだ。ちょっと来てくれ」
どうやら戦は終わったらしい。彼らはオオクニヌシのもとへ行くことにした。
「あっ、でも」
「龍二のことなら、俺らが見ててやるから、行ってこい」
政義はそう言った。
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