9 進藤家VS黒淵家 ———異世界3———

「何やってんの和美?」

 オオクニ邸の縁側をキョロキョロしながら歩いている妹を見つけた兄泰平は怪訝な顔をして尋ねた。


「───さっきっから呼んでるんだけどね。来ないの、京子ちゃんが」

 札を持ちながら和美は困惑していた。

「やれやれまたか・・・・・・・・・」

 彼はため息をついて肩をすくめた。


 和美の式神である藤原京子。かつて栄華を極めた藤原家出身の彼女は、生前から放浪癖があったのだが、式神となってからは更にひどくなり、今は昼夜問わず気の赴くままどこぞに出かけてかけてしまうのだ。

 こうして主が何度も呼び掛けても反応しないのも最早日常となりつつある。


筝美ことみさんは一緒じゃないのか」

 彼女のもう一人の式神北条筝美はかの戦国大名北条早雲一族(後北条氏)の出身で、女武将としても名高かった。京子がこうして主の『呼びかけ』を無視するので新たに迎えた式神である。


「筝美ちゃんは、カナちゃんや公煕さん達に剣術教えてる」

 彼女の返答に、泰平はあぁと手を打った。早朝にそそくさと彼らが出て行ったわけを知った。


「良介。頼めるかい?」

「オッケー」

 彼と一緒にいた良介は菊地志摩守滿就自分の相棒を呼び出し、京子の捜索を依頼した。










『やってくれよるわ』


 黒く爛れた傷口を見ながら、伏龍は苦笑した。彼の予想以上に、師径の呪詛は巨大なものだったようで、身体の数カ所が壊死してしまった。


『危ういのぅ』


 紫焔で呪詛された部分は焼き尽くしたものの、範囲が広すぎてとても一人で対処できるものではなかった。


『しょうがない。あやつを呼んでくるとするか』


 自力で治せなくはないが、時間がかかりすぎる。こういうのはその道のプロに頼るのが効率的であるし、現状こちらの戦力が少ないので悠長に時間を浪費したくなかったのだ。

 華龍もその道に精通しているが、彼の方が彼女の何倍も力は上なのである。

 伏龍は主に気づかれぬようにひっそりと抜け出した。目的の人物をある場所で見つけるとそのまま音も無く捕縛して肩に担ぎ、歩き出す。


『隠れたつもりじゃろうが、バレバレじゃよ』

 伏龍は、手に即席のハリセン(準鉄製)を持って主人の部屋の二つ隣の部屋の襖を開け、捕獲した男を投げ飛ばした。

 男が何か文句を言おうとしていたので、彼は近づいて持っていたハリセンで後頭部を殴打した。


『痛いじゃないか! 伏龍!』

 後頭部を摩りながら男は涙眼で訴える。が、伏龍はやかましいと一蹴した。

『お主が素直に来ないからであろう?』

 伏龍は有無を言わさない。

『大体わしが一大事じゃと言うに、お主はわしに会うなり娘のことしか聞かなんだ。


 ブッ飛ばしたく半殺しにしたくなるのは当然じゃろ?』


『俺、お前達のトップ。これ、分かる?』


 伏龍のこめかみに青筋が浮かぶ。この期に及んでまだそんな戯言をいうか。

 彼は、その男に背を向けて独り言をつぶやいた。


『以前、華龍が当時の主からもらって楽しみにとっておいた、数年に一度しか手に入らない超貴重なケーキが誰かに食われたそうじゃ』

 ビクンと身体を震わせ汗を流しまくる男に、伏龍は次々に語りだす。

『そういえばこの前煉龍はそれはそれは大事にしていた本が突然無くなったと言うし、聖龍にいたっては当時の主から預かってた門外不出の秘伝書が忽然と消えたという。他にも───』

『わーすいませんごめんなさい申し訳ありませんだからそれ以上は!!!』

 堪えられなくなった男はプライドを捨てて土下座していた。


『なら、さっさとやってくれぬか』

『ぬぬぬ~』


 悔しそうに顔を歪める男は龍王という。名の通り、彼らを束ねる王である。

 彼らの頂点に君臨する父娘は、そろって部下(?)に尻に敷かれている。

 憐れというか情けないというか。

(こやつらはどうしてこうも・・・・・・はぁ)

 伏龍を始めとする宿龍がこんな風にため息をつくのは何百回目になるだろうか。

 時々思う。誰が彼らを頂点に君臨させたのかと。


















 提供された小屋の中で師径は一人苛立っていた。ここ数日、ゼウスからの出撃命令はおろか、何の連絡も寄越してこないのだ。


「おい! いつになったら出れるんだよっ!」

 この小屋の監視として派遣されている魔族に詰め寄ったが「知らん」と一蹴されてしまった。これまでも数度同じような抗議の声をあげたが、その都度幹部ミカエルを始めとする上層部連中にはぐらかされてしまい彼の苛立ちは頂点に達していた。


「ふざけやがってっ!!」


 彼はすでに決めていた。

 こうなれば同盟を結んでいようと単独で行動してやる。これ以上じっとなどしてられるか。と。


「何か無いか・・・・・・・・・」

 こういう時に限って知恵袋の重為がいないのが痛かった。重為は、数日前に奪取された〝門〟を取り戻し、かつ『人間界』を征服すべく派遣する侵攻軍準備の手伝いに行っていてこの場にはいなかった。


「───! そう言えば」


 ふとあることを師径は思い出した。それは先日の戦いでの出来事だ。彼の弱点となりうることが鮮明に彼の脳内に映し出されたのだ。


「ククク・・・・・・フハハハハ! アハハハハ!!」

 額に手をやり、腹を抱えて笑いだす師径。彼を絶望の淵に追いやりながら殺す算段が付いて勝ち誇ったようである。

「クハハッ。龍二ぃ。貴様の命、今度こそ貰ったぞ」

 彼は下衆びた笑い声は暫く室内に響き渡った。
















「いやはや。ここまで外道まっしぐらだと逆に感心しちゃいますね」


 肩をすくめ、安徳が庭を見る。手入れをされた庭が見る影もなく破壊されていて散々たる遺骸がそこかしこに点在していた。

 焦げた臭いが鼻をつき不快感を募らせる。

 視線を移すと、親友が一枚の紙を握り締め呆れていた。


『神戸達子は預かった。返してほしくば、ミノハケダの屋敷に一人で来い』


 乱雑な字で書かれていたそれは間違いなく脅迫状であり、差出人は黒淵師径であるのは言うまでもない。

 龍二の右脇腹がようやく治りかけてきたというある日の夜、突如として魔炎龍が来襲、破壊と殺戮を尽くした後、達子を拐いどこかに飛び去ってしまった。彼女がいなくなったのに気づいたのは、その後だった。


「つくづく救いようのねぇ奴」


 龍二は嘆息する。


「えらく落ち着いてるね、龍二」

「こんなトコで焦ってもしょうがねぇしな。ケガもまだ治ってねぇし」

 最も、と彼は持っていた紙を焼いた。

「このお礼はきっちりシッカリちゃんと綺麗に莫大な利子をつけて返してやるがな」

 その眼は怒りに燃えていた。

「というわけで、軍師、作戦」

「はいはい」


 やれやれと安徳は荒れ果てた庭に眼をやった。


「白虎がそろそろ偵察から戻る頃ですし、作戦はその後で良いでしょう」

 まあ手回しのお早いこと。ホント惚れ惚れするくらい気持ちのよい男だと彼は思った。

「ミノハケダと言う場所は、オオクニヌシさんの話によると、〝ミノ〟地方にあるらしいですよ。我々は現在〝オワリ〟地方にいますから・・・・・・ま、一日あれば十分でしょう」

「・・・・・・ツッコミ所が満載なんだが?」

「後にしなよ。今はそんなことしてる場合じゃないっしょ?」


 泰平がたしなめた。へいへいと手を振って安徳に続きを促した。

「聞いた話ですが、ミノハケダとは二百年ほど前のある神族の邸宅の名前だそうです。今は廃墟同然らしいですが、以来そこは魔族の巣窟になったようです。恐らく、師径がゼウスから与えられたのがそのミノハケダの屋敷ということでしょう」

 彼が言うには〝ミノ〟地方は魔族の支配下にあり、近隣地方もジワジワとその魔の手が迫っているらしく、争いが絶えないそうだ。


 白虎が戻ってきたのは、丁度安徳がミノ地方の話を終えた時だった。

「どうでしたか?」

 安徳に訊かれ、白虎は淡々と話し出す。

「お前の睨んだ通り、奴は屋敷の最深部に陣取っている。屋敷の門付近から『得体のしれないまがい者共』がうじゃうじゃいやがった」

「予想通りですね」

「おいこら。俺らに分かるように説明しやがれ」


 二人だけで話が進んでいるのが気に食わないのか、龍二のこめかみがひくついている。

 ちゃんと言いますよと安徳は説明する。


「師径は貴方を必殺せんと、かなり盛大な『歓迎』を施しているんですよ。私達の劣化品クローンやらやらなんやらを嫌みのように屋敷全体に配置しています。それに、そこに至る道にも彼の別動隊が息を潜めて貴方を待ち構えています。そこで」

 一旦そこで言葉を切り、一呼吸おいてからここ、と彼は屋敷の見取り図、その一角を指差した。

「ここだけは手薄です。貴方は体力温存の為、上空から真っ直ぐここから侵入しなさい。周りの雑魚共は我々が引き受けます。最下層───師径の潜伏場所までは分かりやすい道筋ですから案内は必要ないでしょう」

「それは別にいいけどさ、それだとお前らがきつくないか?」


 心配な面持ちの彼に、安徳は微笑む。


「私達をナメてもらっちゃあいけませんよ? 殺る時は殺りますから」

「字が違うからな」

 一応、ツッこんであげた。

 ぐい、ぐいっと龍二の袖を引っ張る者がいた。

 呉禁だった。彼は身体を一杯に使って何かを伝えようとしていた。

 劉封が訳した。


「『僕達もいるから大丈夫だよお兄ちゃん』ですって」

「うん、俺は呉禁の兄じゃねぇけどな。ありがと」

「わしらも、忘れてもらっては困るの」

 青龍が彼の後ろからそう言った。

「・・・・・・流石、俺の愉快な仲間達」

「だろ?」


 小突く泰平に彼は苦笑する。こんな友人達に恵まれて彼は素直に幸せを感じた。

「じゃあ頼むよ」

 軽く頭を下げる彼に、安徳は言う。

「釘を刺しておきますけど、猪突猛進のバカな真似は止めてくださいよ。貴方の目的は達子の救出。良いですね?」

「そうだよ。もしアンタが死んじゃったらタッちゃん間違いなく世界を滅ぼすわよ」

 んなアホなと思いながらも、龍二は否定しなかった。

「(今のアイツならやりかねん)」

 と正直に思った。

「わしと朱雀が責任を持って安全に運んでやる。───決着をつけてこい」

 壁にもたれ掛かった青龍に、彼はおうよと親指を立てた。


















「・・・・・・・・・」

 薄暗い密室。その小さい部屋の真ん中に不釣り合いのベッドが置かれていて、少女が寝ていた。そのすぐ横には、別の少女が寝ている彼女を見つめていた。


「・・・・・・・・・」

 少女は男に命ぜられてからこの部屋から一歩も出ることなく、ただじっと彼女を見ていた。安からな寝顔の彼女を見ながら、少女は考えていた。


(私を〝造り出した〟男は、ある人物への復讐だと言った。そいつを確実に殺すために造ったのだと言った。男は私にこう言った。『お前の使命は、奴を入り口で待ち構え、俺の所まで案内しろ。その後で奴を後ろから刺せ。殺り終わったら少女このおんなを殺せ』と)


 造られた手前、主人である男の命令に逆らうことはできない。だが、彼女は疑問に思っていた。

(私に出来るの?)

 聞けば、少女は主人の敵である少年の恋人であるらしい。

(私に・・・・・・このの恋人を・・・・・・〝進藤龍二〟を殺せるの?)


 彼女の中には、この少女の思考、性格、言葉遣いなどがそっくりそのまま刻み込まれている。彼女はだった。

 当然少女の『進藤龍二に対する想い』もである。


 主人の誤算といえば、にあるだろう。でなければ、少女と瓜二つの彼女がこうも葛藤することはなかった。


 冷たい身体は何も感じない。ものの感覚、温かいのか冷たいのか。あらゆる感覚をこの鉄のような身体は所持していないのだ。


 だから彼女はそれを渇望していた。


(ダメよ。私は彼を殺さなくちゃ)


 私は『それだけ』の為に造られた〝モノ〟。主の命に忠実に従う存在でしかない。使命が終われば私は処分されるだろう。

 その為だけに産まれてきたのだから。


 彼女は自身にそう言い聞かせて立ち上がると『使命』を果たさんと、ドアに歩み出す。

 ノブに手をかけたところで、彼女はチラッと眠っている少女を見る。

 これからあの娘の彼氏を殺すんだと思うと気が滅入った。

(・・・・・・どんな人なんだろ? 進藤龍二って男の子は)

 そんなことを考えながら、彼女はノブを回した。







「主や。準備はよいかの」

 上空を飛行している朱雀の上にしがみつく龍二に、同じく飛行している青龍が言葉を投げ掛ける。

「お、おうぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 風圧に負けないように頑張ろうとしたが無理だった。風で頬が限界まで広がり、肉が靡く。

 龍の姿の青龍と鳳凰の姿の朱雀を彼は初めて見た。白朱が製作した武器に宿っていたとはいえ四聖は元を辿れば四聖獣である。


「龍二君、行くわよ!」


 朱雀は叫ぶと、暗黒の雲が渦巻く中に急降下し出した。雲の中では雷が容赦なく彼らを襲うが、それら全てを青龍の蒼炎が防ぎ弾いた。

 雲を抜けるとすぐ眼の前にその屋敷──ミノハケダが見えた。

 朱雀は反転し、彼はそれに合わせて着地する。そのまま二匹は戦場へと戻っていった。


(待ってろ、今助けにいくからな)

 龍爪を握り締め、囚われた恋人に心の中で誓うと、一目散に駆け出した。途中人外の化け物共が行く手を遮ったが、蒼炎の前に消滅した。


「さて、まずは・・・・・・っと」

 ボロボロの扉を蹴破ると、早速安徳や泰平らのまがい物が丁重に〝出迎えて〟くれた。


 その真ん中に彼女はいた。

 名前を叫ぶと、彼女も彼の名を叫び返した。

 よし、と龍二は大きく息を吸った。


「お出迎えありがとう、そして反撃開始だこの野郎!!」

 劣等種レプリカとはいえ、彼らの剣術や強さを忠実に再現している。

 だが所詮は猿真似。オリジナルとは雲泥の差があった。まがい者共を次々に蒼炎を宿した龍爪の錆としていく龍二。


「とっとと失せろ雑魚共!」

 最後の一人の心臓を貫くと、彼は足早に達子に近寄った。


「おーい、大丈夫か?」

 彼女がコックリ頷けば彼はホッと胸を撫で下ろした。

 これでひとまず目的ミッション達成。

 後は、こんなはた面倒なことを企画しやがったあの男へのお礼参りだけである。


「なあ達───」

「龍二・・・・・・本当に行くの?」


 悲しげな顔で見上げる彼女に、彼は当然だと龍爪を地につけて言う。

「当然だろ? お前を拐った上にこんな眼に合わせやがったどっかのバカ野郎にきっちりシッカリちゃんと莫大法外な利子をつけて返してやらねぇとな」


 何となく。何となくだが彼女は少しだけ分かったような気がした。あの娘が彼に惚れたわけが。


「で、だ。達子悪いけど、あのバカのトコまで案内頼めるか?」

 先程とは違う優しい笑みに、彼女の頬が赤らむ。

 この時、彼女は『使命』のことなど忘れていた。

「・・・・・・うん。分かった───」

 彼女は花のような笑顔を浮かべると、無意識のうちに彼に抱きついていた。


 その瞬間、龍二はある異変に気づいた。

「達子お前───」

「行こ! 龍二!!」

 〝達子〟は有無を言わさず龍二の手を取り走り出していた。

 ほんの一瞬。彼女のその顔に哀しさを感じた。龍二は何も言わず黙って彼女についていった。


 ミノハケダ屋敷は外見はそれこそ今にも崩れ落ちそうなナリだが、中はそれなりにしっかりとしていた。廃墟にしては損傷が少なかった。理由は分からない。


 どうせ師径の野郎が俺を殺す為にわざわざ改修したに決まってる。


(よいのか主? このままで)

 邪魔者を屠りながら師径までの道程を駆ける龍二に、伏龍が忠告する。

 同じようなことを紅龍が言う。

(こいつは───)


 龍二はそれを遮った。

(いいんだよ)

(何を───)

 反論しようとする紅龍に、龍二はフッと笑った。そして言った。

(覚悟が、できたんだろ?)


















 師径の居場所までに立ち塞がる扉を斬り裂くと、例のごとくレプリカ達が待ち構えていた。

 まったくもっていらんところで用意周到な男である。


「達子、離れんなよ!」

「うんっ!」


 龍爪をりゅうりゅうしごいて敵を仆しまくり、みちを開けていく。

「進藤流槍術五式 五月雨突き」

 五月雨突き。それは神速の突きと紅炎と紫焔の突きを交互に繰り出す技である。

「進藤流四式之九 紅地獄・乱舞べにじごく・みだれまい

 龍爪を〝達子〟に預け、亜空間から龍牙を取りだすと、刀身に紅蓮の火炎をまとわせ眼にも止まらぬ早さで龍牙を振った。

「進藤流二式 鶴翼」


 彼は己の力を惜しむことなく発揮した。

 龍爪と龍牙を巧みに使い分け、彼の逆鱗に触れた感情なき人形を土に返していった。


「そらそろそら!」

 哀れむ気持ちはない。彼らは師径が造り出した戦闘機械なのだから。


「うっし、終わりぃ!」

 龍爪を床に突き刺して龍二は〝達子〟に顔を向けた。

 彼の周りには真に物言わぬ人形の無惨な残骸が転がっていた。


「お疲れ様」

 労いの言葉をかける〝達子〟に、龍二は微笑みで答える。

「怪我はないな?」

「・・・・・・うん」


 〝達子〟は心を痛めた。

 彼は自分のことを〝神戸達子〟だと信じきっていた。あんなに一生懸命に彼女の為に力を尽くす彼を騙すことに〝達子〟はもう堪えられなかった。

───これ以上、私のことを『神戸達子』として疑わない彼を騙すことはできない。

(私は彼を殺す為に創られた彼女のレプリカでしかない)

 それでも、意識はあるし、ちゃんと生きている。ここまでついてきて彼の神戸達子に対する想いは確かなものだ。レプリカでもそれは分かる。

───やはり私には彼を殺すことはできない。あの人の命には反することになるだろうが、構わない。騙し討ちするよりか彼に殺された方がマシだ。


「(だからはっきり言おう)」

「? どした達子」

 俯いていた彼女は決心すると、彼に顔を向けた。

「あのね、龍二。実は───」


『我らを亜空間に誘い給え』

 低い声が響くや、何やらわけの分からない空間が自分の周りを包み込んだ。真っ白な空間に、今いるのは二人だけだ。

「空気読めー伏龍ー」

 龍二は誰かに文句を言った。その後で別に良いけどねと小さくため息をついた。

「『アンタ』も、ここなら気兼ねなく話せるだろ?」

「───何だ、バレてたのか」

 緊張が一気に抜け、『彼女』は楽な体勢になる。

「それで、君はいつから気づいてたの?」

 後ろに手を組み、悲しい笑みを浮かべながら彼女は尋ねた。

「お前、あん時無意識に俺に抱き着いてきたろ? そん時に、な」

 ふぅ、と龍二は微笑する。

「まぁ大方予想はつくが・・・・・・お前、クローンだろ?」

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