3 神々の世界 その弐 ハーフの子
「すまないね。集まってもらって」
翌朝。
彼らはオオクニヌシに呼ばれ彼の自室に来ていた。この世界についての説明をするとのことだ。それは彼らが今最も聞きたいことだったので願ったりかなったりだった。
通された彼の自室は大広間に近い和室であった。部屋に入るなり、オオクニヌシは龍二に謝罪した。龍二は気にしないでと彼に言って収めた。
オオクニヌシが改めて口を開こうとしたところ、いきなり空気が険悪になった。
「ミコトちゃん、『あ・た・し』の龍二から離れてくださる?」
「そーいう達子さんこそ龍二君から離れるです」
「あ、あの、お二人共。その、龍二さんが困ってます」
コクコク
(どうしてこうなった)
その一角だけ修羅場と化していた。趙香と呉禁は、二人の禍禍しい黒いオーラと引きつった笑いに恐怖しながらも果敢に龍二を助けようとしていた。
龍二は全てを諦めたように「ははっ」と乾いた笑いを漏らしていた。
近くでは、それを瑞穂が頬を膨らませて見ていたという。
「・・・・・・始めてもいいか?」
何と無く気まずそうに訊くオオクニヌシに答えたのは青龍であった。
「わしらのことは気にせんでいいから始めてくれ・・・・・・。ええぃ! 少し黙らんか!」
龍二と同じく猛アタックしてくる天龍の顔面を鷲掴みしながら青龍が促した。
そこに待ったをかけたのは伏龍だった。
「すまぬ。暫し待ってくれ」
彼は立ち上がると達子、天龍、カスガノミコトに一発ずつ拳骨をくれた。ギャーギャー文句を言い出した三人に、彼はそれはそれは冷たい視線をくれながら「これ以上騒ぐなら消し炭にするぞ」とドスの効いた低い声で脅した。
恐ろしさに涙目になった三人は首を激しく上下させて黙った。
「すまなかったなオオクニヌシ。話を始めてくれ」
それならと彼は話し始める。
「ここは、俺達神族と魔族の住まう世界。君達人間とは別次元に存在する世界と認識してくれればそれで良い。
そして、この二種族は現在戦争状態にある」
「そのようですね。我々の世界でも争ってました」
「その点に関しては、申し訳ないと思っている」
「神族と魔族は昔から仲が悪かったの?」
長ったらしい説明を聞くのがじれったくてしょうがない明美が急かすかのように尋ねる。
オオクニヌシは、別に気にすることなく丁寧に答える。
「いやそんなことはなかった。だが、ゼウスが魔王となってから急に攻めてきたのだ」
そこまで言って、オオクニヌシはポカンと口を開けて呆然としている安徳らが眼に入る。
「どうかしたか?」
「いえ。今貴方が口にした魔王の名は、我々の世界の西欧圏の神話に出てくる最高神の名と同じものだったので少々驚いただけです。続けてください」
驚いているとは思えない冷静な喋り口調は、オオクニヌシを感心させた。
彼は続ける。
「ゼウスが何故俺達に対して戦争を仕掛けてきたかは今でも分からん。
大雑把に説明するとこんなものだ。かれこれ100年は経っているな」
100年!? と周りを憚らない大声をあげた関平と玄武を、星彩と泰平が容赦なく黙らせた。静まった所で、オオクニヌシが続ける。
「つい最近、連中は異界への扉に入っていった。
その扉の向こう───つまり君達の世界を見た連中は、そこを征服しようとした。俺達はそれを防ぐ為に奴らを追って───と言うことだ」
「その扉は常時開けられているのですか?」
「それはない。アレは大分昔に、俺の親父と先々代の魔王が封印したんだ。
人知れず人間界に出ては悪さを働く同族が絶えなくてな。『これ以上人間界に関わるべきではない』ということになって」
そこまで聞いて、泰平はふとある疑問が浮かんだ。
「その話だと、オオクニヌシさんがその昔に僕らの世界に来た時には既に封印されていたんだよね? 何で?」
彼の疑問に同席していたスサノオが答えた。
「あの時は、何らかの原因で封印が弱まっていたらしいんだ。そこに、カスガが偶然ドアに触れたら開いてしまったんだよ。それで引き留めようとした我々も巻き込まれてしまったんだ。
その後は、カスガから聞いていると思うけど、迎えの者が来るまで龍二君の家族に世話になったんだ」
「如何せんいきなりだったから、扉のあった場所を確認する間もなかったんだ。故に、戻るに戻れなかったのだ」
知りたいことが知れて、泰平は頷くも、すぐに安徳が次の質問をぶつけた。
「何故貴方がたは魔族が扉を使ったことが分かったのですか?」
「彼らに気づかれないように監視役をつけているからな。異変があればすぐこちらに連絡が来るようになっている」
話によると、元々監視役は神魔両族からそれぞれ数名ずつ任命されていたらしいが、戦争が始まってからは神族が担当しているのだという。
オオクニヌシ並びにスサノオは姿勢を正して、彼らに頭を下げた。
「身勝手なお願いなのだが、この戦争が終わり次第すぐにでも君達を元の世界に帰すことを約束する。
だから、それまで我々に協力してもらえないだろうか」
切実なオオクニヌシを見る前から、彼らの腹は既に決まっていた。
「構いませんよ」
「乗り掛かった船だしね」
「帰れるんなら文句はないわね」
「そういうわけだからさ、おっちゃん。協力するよ」
オオクニヌシは一人一人にいちいち丁寧に礼を述べると中座した。
戻ってきた時には、数名の男達を連れてきていた。
「俺と共に戦っている同志だ」
オオクニヌシは両者に互いを紹介した。男たちの彼らに対する第一印象は良い方であった。
「あれか、お前が常々言っていた龍二という名の少年は」
そのうちの一人、フツヌシはクククと含み笑いをしながら女性陣の対応に必死の龍二を見ながら言う。
「いつかのお前を見ているようだな」
もう一人、イザナギがからかうとうっせぇとオオクニヌシはあしらった。
その後、暫しの間ではあったが、互いの親好を深めあった。
「いいの龍彦さん? オオクニヌシ様の話を聞かなくて」
ばかデかい庭を悠然と歩く龍彦に、イザナミが尋ねると手を振ってかまわんと言った。
「後で孫にでも訊くさ。俺はああいう長ったらしい話は苦手なタチでな」
背伸びをする龍彦はその状態で彼女の方を振り向いた。
「ここは良い庭だ」
「そうでしょ。自慢の庭なんだよ♪」
ニコニコしながらも、内心でこの人は何者なんだと推理していた。
底が深いと言うか、自由奔放と言うかなんと言うか、よく分からない。
得体が知れないのは確かだった。何か途方もないものを隠している気がした。
そんなに歳が離れていない龍二なる少年を孫呼ばわりしているし、その少年も彼をじぃ様と呼んでいる。
全くもって謎を秘めた人物である。
「時にイザナミ。お前らには何故翼が生えているのだ? 俺の知る限り、日本の神は翼など生えていなかったが」
突然の質問に彼女は一瞬驚いたがすぐに答える。
「あぁそのこと? 私にも分からない。多分、皆分からないと思う。生まれた時から生えていたから」
そっかといって、彼は眼の前に広がる美しい庭を見た。
「いい空気───」
龍彦がその罵声に気づいたのはその時だった。駆けつけると、数人の神族らしき男共が一人の少年をよってたかっていわゆるイジメを行っていた。
その、イジメられている少年は左右の翼の色が違っていた。
こいつらとあの黒い奴のハーフと龍彦は見た。
「イザナミよ。あれは?」
龍彦の問いが聞こえているのかいないのか、イザナミは憤慨していた。
「あれはスクネノミコトとその舎弟共。あそこでやられているのは、ご想像の通り、私達神族と魔族のハーフ。
名をコウフラハ。事あるごとにああやって・・・・・・あれ、龍彦さん?」
説明しているイザナミの横をスッと抜けていく龍彦。
「止めろ」
そして彼らに向かってそう言った。
男共は自分らを咎めた者を見るなり嘲笑した。
「何だ、下等種族の人間か」
「何の用だゴミ」
龍彦は彼らの嘲りを気にせずもう一度言う。
「止めろと言ったんだ」
舎弟共は身の程知らずの彼に鼻で笑いまくる。
「ゴミが俺達神に指図するなよ!」
「コイツは混ざりものだ。神でなければ魔族でもない。生きてる価値すらない屑なんだよ」
グッタリとしているコウフラハを見ながら、それを嘲笑う神を気取る愚者に、龍彦のスイッチが入った。
「止めろと言っているのが聞こえねぇのかクサレ邪神共が」
睨みを利かせたただ一言。しかし、その一言は心の底から恐怖するほど低く冷たかった。それは付き添いのイザナミでさえ震え上がるほどだった。
「さっきっから黙って聞いてりゃ言いたい放題吐かしやがって。どの面下げてほざくんだ? 神が聞いて呆れるな」
「な、何だと!!」
「今現在貴様らがやってるそれな、貴様らがたった今蔑んだ下等生物である俺達人間のやるイジメってこと知ってるか?
あっ、悪い悪い。そんなことすら分からないんだっけな、お前らは。邪な心に支配された差別を肯定する堕ちた神というのは何とも見苦しいもんだ」
クククと龍彦は眼で、表情で彼らを嘲け笑った。
イザナミは内心穏やかでない。挑発に挑発を重ねる龍彦は、とんでもない馬鹿なんじゃないかと思った。
スクネノミコトは性格に難点はあるがその実力は若手で一・二を争うほどである。そんな奴に彼は喧嘩を売ったのである。
下等種族ごときに嘲笑されて男の高貴なプライドはズタズタに斬り裂かれた。
「きっさまぁ!」
激怒した一人が矢のような光線を弾丸のごとき速さで射放った。龍彦はひょいと首だけ傾けて避ける。
「下等種族にしてはやるようだな」
あくまで自分達が上と思っている彼らは、男の実力を多少は認めるも、それだけである。
「なら、これはどうだ!」
スクネノミコトが己の魔力を圧縮して作った球を彼目掛けて投げた。
イザナミは、その球が超高密度の魔力を圧縮したものであることに瞬時に気づいた。大体顔くらいの大きさであるが、その破壊力は国を一つ消し去るくらい何てことはないほどである。
「龍彦さん避けて───」
「・・・・・・こんなものか」
刹那、イザナミは信じられない光景を目の当たりにした。
龍彦は心底失望したような視線を送ると、半身となり腰に帯びていた太刀———号を『龍牙』という彼自身が打ったものである———の鞘を払った。
振りぬかれた『龍牙』はその超高密度魔力の球を真っ二つに斬り裂いた。
「なっ・・・・・・・・・」
「腐っても神。その力どれほどのものかと期待していたが・・・・・・とんだ見込違いだったようだ」
冷たい視線を送る龍彦は、一旦『龍牙』をを鞘に収めた。
「イザナミ。この馬鹿共を少々懲らしめるが、いいか?」
静かな口調ながら、その内には怒りが篭っている。
「・・・・・・構わないわ」
イザナミは承諾した。
「承知した」
龍彦は再び『龍牙』を抜いた。
「何だやるのか」
「止めとけ、死にたくなければな」
「我らは、貴様のようなミジンコに本気はださん」
触発された舎弟共が龍彦に忠告するも、龍彦はそれを鼻で笑った。
「御託はいいからかかってこいよ無能な愚神共」
この言葉が決定打となった。
「その言葉後悔させてやる!」
鬼の形相をした舎弟共が一斉に魔力球を錬成し始める。
「俺達の本気でテメェを消し飛ばしてやる!」
吠えた彼らは言葉通りに自身の全魔力を込めて練りに練った球を放った。
龍彦は動じることなく大きく深呼吸すると、神速のごとき速さでを振る『龍牙』。い、放たれた魔力弾を全て両断した。
「何だと!!?」
舎弟共が驚愕の声を上げるのも無理ない。龍彦はその場から一歩も動いていないのだから。
「うそ・・・・・・・・・!?」
イザナミも驚きを隠せない。ただの鉄で作られた片刃の武器が、自分達が得意とする魔力球をいとも簡単にたたっ斬った。ソレが信じられない。
同時に誰かの言葉が蘇ってきた。
「(もしかして)」
かつて、父と共にお世話になった人間からこんなことを聞いたのを思い出した。
あの時───自分達が人間界に迷い込み、進藤家に厄介になったある時、そこの家主龍造がこんなことを言っていた。
『俺の親父はな。刀でありとあらゆるものを斬ることができたんだぜ?』
彼の世界では、彼の父親は世界最強の軍人として名が知られていて、彼の父親が生存していたら歴史が変わっていたとまで言われている。
確か、父親の名前は・・・・・・・・・
───進藤龍彦
「どうした? 俺ごとき屁でもないんじゃないのか? 高慢なる神様よぉ」
悪笑する龍彦に更に怒りを増す舎弟共は我を忘れて次々攻撃するも、龍彦はひょいひょいと容易く避け、斬り伏せる。
「何だよ、こんなんじゃ肩慣らしにもなんねぇじゃねぇか。もうちょっと頑張ってくれよ」
尚も挑発する彼を見ながらイザナミは呆然としてるしかなかった。何故なら、怪物と呼ぶにふさわしい男が眼の前にいるのだから。
「(この人本当に人間なのかしら?)」
およそ自分でも分からない何かが、世界の常識という常識をブッ壊していたように感じた。彼に常識は通用しないとさえ思った。
焦りに刈られた舎弟共は段々と〝滅茶苦茶〟な攻撃をし始める。が、当然の如く彼に傷一つ付けることはできなかった。
その代わり、美しい庭は連中が放った無茶苦茶な攻撃の為に無残な姿を晒すことになってしまった。
「飽きた」
心底つまらなそうに龍彦は腰を落とし、『龍牙』を同じ位置に構えた。
「進藤流三之舞 風刃ノ太刀
腰の近くにあったはずの『龍牙』が、瞬きの間に振り抜かれていた。
直後、無数の、眼で捉えることのできない斬撃の嵐を喰らい、一人の翼の片翼を、一人の片腕を断ち斬った。他の者は全身に切り傷を作られた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴を上げる数人の舎弟を龍彦は見下げ、スクネノミコトを含めた残りの者は愕然としていた。
人間ごときにここまでコケにされながらも、この男に〝全く〟太刀打ち出来ないということを嫌でも思い知らされた。
「まだ、やるか?」
凍えた眼。それに睨まれただけで恐怖したスクネノミコトや舎弟共は、傷ついた者を連れ飛び去った。
「(黄龍、奴らを追って親玉に〝もう一釘〟打っておけ)」
『(任せておけ)』
スゥッと黄龍が龍彦の身体から抜けて彼らの後を追った。
その際、斬り捨てられた翼と腕を忘れずに回収した。
「龍彦さん・・・・・・・・・」
イザナミが言い終わる前に、彼はしゃがみ込み気絶しているコウフラハの状態を確かめていた。
「命に別状はないな」
身体中痣だらけの彼をおぶると、彼女に振り向いて、言った。
「んじゃ、帰っか」
屈託ない笑いに、イザナミは何も言えなかった。
「はい」
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