第50話 ゼクハラ
今日はバイト終わりがいつもより早い。
シェアハウスの主4人はまだ仕事中で、俺は合鍵を使ってシェアハウスに入る。
誰もいないリビングに明かりをつけ、カーテンを閉め、室内に干してある洗濯物を取り込む。
こういう時くらいは俺も家事をさせてもらおう。
最近では彼女たちの下着も平気で触れるようになり、男としての成長を感じている。というか慣れた。
洗濯物を畳んだら風呂掃除だ。日常生活で彼女たちから多大な援助を受けているのだから、何かしないと俺の良心が破裂する。
そう思った矢先に、とある物を見つけてしまった。
TVとソファの間に置かれた長方形のテーブルの上で、自己主張する一冊の雑誌。
結婚情報雑誌ザ○シィ。
しかも俺の出身の東海地方用である。
「……まじか」
とうとう俺と彼女たちの関係はそんなところまで来てしまったのか。
というかいつ俺の出身が東海地方だってバレた……台湾ラーメンのとこか!
開いた口が塞がらない。
しかし、思い返せばこうなってもおかしくない気がする。
ほぼ毎日同じ釜のご飯を食べて、同じ湯船に入って、同じ布団で寝ているのだ。
当然だが肉体関係もそこそこで、夫婦とまではいかなくても同棲カップルの域には達しているだろう。
そもそもゼ○シィは同棲カップルが結婚するタイミングで読む物だ。
「結婚かぁ……全然想像してなかったな」
そもそも俺は誰と結婚するのだ。
4人全員とか? そんなの認められるはずがないだろう。
なら誰か1人だけ? そんなのあの仲良し4人組が許すはずがない。
そもそも俺は結婚したいのか?
今の同棲状態でも俺は幸せだ。これ以上は望まない。
「……これがゼクハラか」
同棲相手の視界にさり気なくゼク○ィを置いておき、プレッシャーをかけるゼクハラ。
少しずつ響いてくる。
これからの日常生活でずっと結婚を考えさせられるのか。かなり辛いぞ。
***
その日の夜。寝室にて。
「……結婚について、どう考えてるんだ?」
4人に聞いてみた。
暗闇の中だが、みんな目を丸くしたのが分かる。
「へ? いきなりだね、どうしたの?」
「リビングにゼ○シィが置いてあったから、気になっただけだ」
その途端、4人は「なぁんだ」と言って安堵と落ち込みを含んだ声を出す。
「あれはですね。
「私たちは……まだいらないって言ったんだけど……」
「参考程度に受け取っただけだよ」
「凪さんって、こないだ来た夫婦の」
「そうそう。私たちの同僚の、結婚したからお古を貰ったわけだね」
俺は少し安心する。
この中の誰かが買ったわけではないのなら、そこまで強い結婚願望はないと見ていいだろう。
「もしかして
「そういうわけじゃない。結婚する場合、どういう形になるのか考えてたんだ」
「どういう形って?」
「4人全員と結婚なんて出来るわけないだろ? 誰と結婚するのかとか、そこらへんの話はどうなってるんだ?」
「あー」
「全然決まってないですね」
「決まってないのか」
このシェアハウスはかなり複雑な家庭事情をしている。
結婚関係の法律を勉強したほうがいいかもしれない。
「そこは気持ちの問題なんじゃないかな? プロポーズして受け入れたらもう結婚でいいと思うな。法的な力は無いけどね」
「そんなのでいいのか」
「だってこの国重婚できないでしょ? 誰か1人だけ籍を入れるなんて不公平だし、だったら全員と事実婚ってことで納得するよ」
「それ今の状態じゃないか?」
「……今の状態だね」
「これからもよろしくな」
俺の問いに4人は満面の笑みで返した。
***
翌朝。
風流が起きてくる前に4人はリビングで朝食の準備をする。
味噌汁だけは風流の役割だが「昨日の残りがあるから」と言って、今日の風流はゆっくりだ。
「わりとゼ○シィ作戦は成功したんじゃないですか?」
凪から貰った、なんて言うのは嘘だ。
結婚したからと言って名字は変えない、式もあげない。そんな友人が結婚情報誌を買うはずがなかった。
「大成功だよ。これで事実婚が実質的なゴールだって風流くんに伝えることが出来たわけだし、ハードルが下がった感じかな」
「でもそれだと……今の状態がゴールになるけど……まだセックスの許し出てない……」
「風流くんは結婚してからじゃないと挿入ダメなんだっけ? なら事実婚じゃダメなんじゃない?」
そして4人はようやく気付いた。
「これ無理だよね」
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