第14話 一星くんと美音子さん

 美音子さんとは、結局別れてしまった。なんと、旦那さんが単身赴任から帰ってくることになったという。結婚していたことさえ、気づかなかった僕も僕だが、まったく気づかせなかった美音子さんは、やっぱり女だなぁと感心する。今は旦那さんと暮らしているであろう美音子さんのアパートで、僕たちは何度も逢瀬おうせを重ねたのに。


 あきらには、彼氏ができた。前に言った通り「映画鑑賞サークル」という、週末に映画を見に行き、そのあとみんなで飲みに行くという、楽でチャラチャラしたサークルに入った。そこで適当な男を見つけたようだ。


 キャンパスで手をつないで歩いているところを見たけど、人のよさそうな、よく言えば好青年、悪く言えば、なんという特徴もない平凡な男だった。でも、あきらの良さが分かっている時点で少し好感が持てる。あきらはほんのちょっと、色っぽくなった。恋の力は「おかん」をも乙女にするのだから偉大だ。


 美華さんとは、あれからあまり口を聞いていない。美華さんが意識して避けているように思える。でも、あきらの策略が失敗に終わったわけではない。僕に視界に美華さんが入るようになったからだ。


 なるほど、美華さんは美しい。絶世の美女と言ってもいいくらいだ。でもその美貌びぼうが理由で、僕が美華さんにかれたと思われるのは、少ししゃくである。僕は、あまり完璧な物に興味がない。古びていたり、傷があるものの方が魅力的だと感じる。だから、僕のかけているメガネも、履いているジーンズも、誰かの手によって長い間、大切に手入れをされてきたビンテージだ。ついでに、僕は自分の顔にある水疱瘡の跡も気に入っている。


 僕が美華さんを意識し始めたのは、チグハグな言動に気づいたからだ。あの時あきらに食事に誘われなかったら、僕は気づかなかったと思う。美華さんを見ていると、外国のポストカードなんかで見た、母親の大きなハイヒールを履いた小さな少女を思いだす。合わない靴で、転ばないように歩いている。時々、ガクッと転びそうで冷や冷やする。


 彼女をベッドに連れて行ったらどうなるかな、と僕は想像する。


 うーん。ぶっ殺されそうだ。

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