第3話 古田先生
放課後、私は美術室に行く。美術の古田はいつも通り準備室にこもって自分の絵をせっせと描いているようだ。古田は、ギリギリ退職しそうな年齢で、仕方なく教員になったことを隠しもしないところが良い。美術部の顧問だが、部員の指導をすることはほとんどない。
私は一応、美術部に所属している。放課後にふらりとやってきては、適当にデッサンをしたり、油絵を描いたりする。顧問にやる気がないので、部員にもやる気はない。放課後の美術室には、いつも私を入れて3人くらいしか人がいないので、それも良い。
私はイーゼルに大きな紙を広げてデッサンをする。絵を描いているうちに心が凪いでいく。絵を描いているときは、日常の嫌なことを忘れられる。
美術室の真ん中に置いてある石膏をデッサンしていると、気まぐれで古田がやってきた。
「下手だな。」と背後から呟かれる。
「柏木は、美大を目指してるんだったか?」と聞かれて私がそうだと答える。柏木は私の名字だ。
「こりゃぁ、成績上げるしかないな。勉強の方で点数を稼げば、実技が下手でも受かる可能性はあるぞ。」と古田に言われ、私はムッとして口を尖らせる。
「実技の方も指導してくださいよ。」と私が言うと
「こんだけ下手が今から努力しても無駄だ。」とひどいことを言う。
ひどいことしか言わないが、古田と会話するとほっとする。お互いに口数は少ないが、古田とは素直に本音で話せる。
「お前、容姿にコンプレックスがあるのか?」と聞かれて、私はハッとした。なんの話しをしていてそんな会話の流れになったのかは思い出せないが、そんなことを聞いた人が一人もいなかったので、私は目を丸くする。
私はしばらく考えてから、「コンプレックスっていうか、呪いです。」と言った。
古田は小さくふっと吹き出して苦笑した。「そんな大げさなもんじゃない。」と言う。
「高校卒業して大きい社会に出れば、そんな大したことじゃなくなるさ。」と古田は笑った。古田はあまり笑わないし、笑っても微妙に口角が上がるだけなので分かりづらい。
「お前、その容姿は利用したほうがいいぞ。」
「へ?」と私は首を傾げる。
「マーケティング、てやつだ。アートも商売だからな。絵で食べていきたいなら、その容姿は便利だぞ。」
古田はそれだけ言うと、準備室に帰って行った。古田のそのときの言葉は、それからずっと胸に残った。「下手だ下手だ」と言いながら、「絵で食べていく」可能性を示唆してくれたことも、私の容姿を「便利」で片付けてくれたのも嬉しかった。
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