【完結】私が殺した白雪姫

かしこまりこ

第1話 シンデレラと白雪姫

 むかしむかし、あるところに、可愛らしい赤ん坊が生まれました。その子はすくすくと成長し、皆に愛される美少女になりました。


 それが、私の母。


 その美少女は容姿が美しいだけでなく、賢く性格も明るかったため、学校で人気者になり、そこそこ有名な私立大学にエスカレーター式に入学しました。


 美少女は美しい女性へと成長し、大学時代ではモテまくって青春を謳歌し、大学卒業後、有名な大手企業に一般職として入社しました。


 そこで、優秀で人柄の良い、社内で一番人気のハンサムを射止めました。


 それが、私の父。


 二人は結婚し、美しい女は寿退社しました。その一年後、たまのように美しい赤ん坊が生まれました。赤ん坊は「美しい華」と書いて「美華」と名付けられました。


 これが、私。


 *


 この赤ん坊が母のように、学校で人気者の美少女として育っていれば、「めでたし、めでたし」で終わっていたのだと思うが、そうはならなかった。


 私は母よりも数段美しかった。


 シンデレラストーリーのヒロインは、奇しくも白雪姫の母親役にキャスティングされてしまった。


 私は容姿の美醜に全く関心がなく、「ブス」も「美人」もあまり区別がつかない。「好きな顔」「嫌いな顔」ははっきりしているが、「私が好きな顔」イコール「世間的に美しい顔」ではない。なので、自分の容姿を大して自慢に思ったり、好ましく思ったことがない。美しいと言われてもあまり嬉しくない。むしろ、母よりも美しいなどと言われるのは、迷惑でしかない。


 母は、誰もが笑顔になるような美少女だった。天真爛漫な性格の良さ(を装っていただけかもしれないが)をそのまま写したような、明るくて健康美に溢れているのが母の顔だった。私はそうではなかった。「目を見張るような美少女」だとか「息をのむほどの美貌の持ち主」だと言われた。話しかける前に皆、一瞬ためらってしまうような顔だった。


 そして、私は性格が悪かった。


「嫌いなこと」の方が「好きなこと」よりも圧倒的に多く、根が暗くて、口を開けば辛辣だと言われた。


 私は、美しいものや目新しいものに「わぁ」と満面の笑みを浮かべて感動できる子供ではなかった。基本的に仏頂面で、「子供が喜びそう」と大人が差し出してくれたものの多くを「くだらない」と思うような、根性の曲がった子どもだった。


 私は性格が暗く生まれついたのだと思うが、根性が曲がった一因は母にあると思う。私は少女時代の母のように、愛らしく素直に、おとぎ話を信じることができなかった。「めでたし、めでたし」の向こう側を疑っていた。王子様と結婚した母は決して幸せではなかったからだ。


 私が10歳の誕生日を迎えるより前に、父には若い愛人ができた。父は家にたまにしか帰ってこなくなり、母は夜な夜な一人でむせび泣くようになった。それでも、父がたまに帰ってくれば、着飾って豪華なご飯を作り、笑顔で父を迎える。父と母は、私の前でそれはそれは仲の良い夫婦を演じるのだ。数年前までは不可解で仕方なかったが、高校生になった今はそれが母の女の意地なのだと理解している。


 母には恋人ができた。インターネットで知り合っていたようだが、どれもあまり長続きしないようだった。もしかしたら、恋人というよりは、ただ自尊心を慰めるだけの相手だったのかもしれない。私はそんな男たちの数人と鉢合わせしたことがある。最初に鉢合わせした時は、私は衝撃を受け、母もかなりうろたえていたが、それ以降はなんということもなかった。そんな男たちにじっとりとした視線を向けられ、微妙に母が嫉妬しているのを感じながら、うんざりだと思った。


 目新しいものは古くなり、美しさは衰えるのだ。永遠の誓いは破られるし、人の気持ちは移り変わる。私はそれを、小学生の頃からよく理解していたのだと思う。それだったら目新しいものや美しいものより、最初から、傷があったり古びているものを好むほうが安心だった。

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