④攻略対象その1~カースト最上位のクール系~
アマトは椅子に座りながらそう言った。
「は?」
ポカンとする神様。
「俺の言う先人っていうのは、洋画に出てくる主人公のことさ。俺はこれまで数えきれないほど洋画を見てきた。大体どんなパターンで事件に遭遇して、どんなパターンでピンチに陥るかを知って、どんなパターンで事件解決に向かっていくかを知っている。だから、俺は”洋画的手法”を用いて『ラブゲーム』を攻略する」
「それって、洋画じゃなくてマンガでもアニメでもドラマでも当てはまりそうだけど?」
「まっ、まあ……一通りマンガもアニメも見てるけど……。でもこれまでに一番観てきた洋画こそが、このゲームを突破する鍵なんだよ。分かったか、イーさん? それに神様?」
「……で、考えた末が…………」
「ああ、動かないことさ。
神様は絶句したように、半ば呆れたように、
「攻略対象が殺されるようなことがあっても、最後までそうやって言えるの?」
アマトは目を細めて神様を視界に入れた。それも不敵に笑って。
「……さあ、それはどうだろうか? 俺は片瀬とは知り合いでもないし、情なんてない」
篠宮天祷、そして神様の見えない視線が互いに交差する。
そして神様は何を思ったのか、そっぽを向くようにアマトから立ち去った。
「――――そんな虫のいい話、あるワケないじゃん。女の子はしっかりと見つめないと」
――直後、
ガシャン!!!! と何かが倒れた大きな音がした。
心臓が止まるかと思った。だって、本当に僕のすぐ傍で大きな音が鳴るんだから――――僕は急いで音のした方向に目を向ける。
「アマト!! 大丈夫!?」
椅子に座っていたはずのアマトは教室の床に崩れていた。そしてその上に乗っかるように――――攻略対象、片瀬あずみが倒れ込むアマトに覆い被さっている。
なんせ大きな音が鳴ったもんだから、教室中の視線がアマトと片瀬さんに一点集中した。
「いててててっ、何だぁ!?」
椅子を手で払いのけ、アマトは覆い被さる片瀬さんをゆっくりと確認する。
「あっ……あああそのっ、大丈夫!?」
片瀬さんは急いで立ち上がり、倒れ込むアマトの心配をした。だが、彼女は慌ててアマトを触ろうとした瞬間に、一瞬の動作の停止と戸惑いの表情を見せる。まるで不慣れなものに、苦手なものに触る瞬間のように。
教室の背後でしゃべっていた片瀬さんの友達が現場へやって来る。
「ちょっとあずみ、何やってるの! ……って、篠宮! アンタが何かしたんじゃないでしょうね……」
片瀬さんを心配しながらも、アマトに訝しげに声を掛けたのは片瀬さんのお友達の一人である高坂さん。
「二人とも、大丈夫か? 大丈夫じゃないようなら、俺が先生呼んでくるけど?」
高坂さんとは対照的に、平等に優しく接してくれるのはクラスのイケメンくん。
傍からは金髪お団子ツインテールのお友達が、
「ちょっ、ちょっと……。二人とも、ケガとかしてないよね……?」
と、キョロキョロ心配そうに見ていたのだけど……。
って、僕も彼らの様子を傍観しているだけじゃなくてアマトを助けないと。と思っていたけど、アマトは片瀬さんの手を制するようにゆったりと立ち上がった。
「だっ、大丈夫だから、そう心配するなって……。それこそ片瀬、お前の方こそケガないか? 結構派手に転んだみたいだし……」
「わっ、私なら大丈夫だから! そっ、それよりも篠宮くんの腕、痛そうだけど……」
顔では平静を取り繕うアマトだが、小さく左肘あたりを右手で擦っていた。
アマトは大丈夫だと繰り返すが、片瀬さんは流石にほっとけないと感じ取り、
「ちょっと篠宮くん、保健室に連れてくから……。ごめんね篠宮くん、私のドジのせいで……」
片瀬さんは一言告げ、アマトと二人きりで保健室に行くことになった――なってしまった。
結果的に話は動き出してしまった。
「……僕も行かないと」
アマトのケガもそうだけど、女の子に、それも攻略対象に失礼なことを言わないか心配になった。よし、こっそりと付いて行こう。僕はそう決めた……んだけど、
「コラコラ、もうすぐ一限目が始まるよ? 部外者は保健室に行かずに、しっかりと授業を聴かないと」
廊下へ向かおうとする僕を、神様は僕の首根っこを引っ張る形で止めた。
「むぅぅ、別にいいじゃん。もしかしたら僕の命だって掛かってるんでしょ? 授業なんか受けてる余裕なんてないよっ」
神様は僕よりも若干身長が高い。てか僕が低いだけだけど。だから力での勝負では必然的に負けてしまう。男としてはちょっと情けないかも。
「そんな女の子みたいに怒らずに、ちゃんとここに残らなきゃダメだよ」
「僕はそれなりに勉強ができるから、一時限目くらいサボっても大丈夫だし! 神様はきちんと授業受けないと付いてこられなさそうだけど?」
「ふふん、聞き捨てならない一言だね。学校に行かなくとも勉強程度は私にとって楽勝だし」
「見た目は頭良さそうだもんね。でも分からないことがあったら僕に訊いてよ? ノートくらいは見せてあげるから」
「そーやって私を買収する気だな? そんな古典的な方法には引っかからないよ」
「むー、別にそんな気はないってばっ」
「お友達のアマトくんだけに命を委ねるのは怖い? 自分も頑張っちゃう?」
「アマトは信用してるけど……。けど女の子の扱いはちょっと……」
「大丈夫だって、カレはキミが思ってる以上に考えて行動してるから。それに、ゲームに参加してくれた以上はキミの命は大丈夫だよ。握ってるのは二人の女の子の命だから。後でカレにはそう言っといて」
「……やけにアマトのことを認めるんだね。そう言える根拠は?」
神様は遠目でアマトと片瀬さんの背中を眺め、
「『篠宮天祷はここから動かない』なーんて思考停止みたいなこと言ってたけど、良く考えたらアレはアレで正しいのかもね。だって、良く考えてみてごらん? これまでほとんど話したことのない人間に、馴れ馴れしく話しかけられたらどう思う? 好意的には思わないでしょ? 普通は警戒するはず」
「…………だから神様をヤキモキさせて、神様からアクションを起こさせるようにしたの?」
神様は無表情で僕の頬をにぎにぎした。そこまで痛くないけど。
「別にヤキモキしてないし。勝手な想像すんな、このメスガキ」
「だーかーらー、僕は男なの。何度も言わせないでよ!」
神様は僕の言葉など気にも止めずに、
「結局、このまま動かないのもツマンナイし。ここはカレの思い通り、私が片瀬あずみを動かしてあげたワケ。どう? 少しは感謝してもらってもいいでしょ?」
「だけど、それって神様が不利になるだけじゃ……」
「不利? どうしてそうなるの?」
神様はクスクスと僕をバカにするように笑う。
「これまでカレは片瀬あずみに、大して好意的ではなかった。だから、ぶっちゃけゲームに失敗しようが片瀬さんが殺されようが、キミを護れさえすればどうでもよかったのかも。けども、彼女に関わって保健室に連れて行かれるという行為から少なからず好意を受け取ることで、ゲームには本気で取り組まなくちゃならなくなる。もう、動かないなんて言わせない」
アマトのメリット、神様のメリット、どちらがこの先の『ラブゲーム』を左右するのかは今のところ分からない。
けれども。
――――これがゲームの明暗を分けるのだと、薄々だが思った。
「これで片瀬あずみに続いて二人目の女の子も攻略しないといけなくなる。そうして二人目からも好意を受け取り、次第にゲームに対する意欲は大きくなるだろうね。何たって、二人の女の子の板挟みになるんだから」
「板挟みになるんなら、胃が痛くなりそうだけどなぁ……」
「お子ちゃま意見どうもありがとう。で~も、二人の女の子と恋愛をしているという満足感、そして背徳感。まるでラブコメの主人公にでもなったかのような感覚」
ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
まるであの二人を主人公とヒロインのように捉えているようなセリフ。彼女は自分で描き出す物語に舌鼓するように二人を見送る。
「そしてこのラブコメはハッピーエンドを迎えずに、必ずバッドエンドへ向かうようにできている。ふふっ、篠宮天祷くんはどんな風に私の掌の上で踊るのかな? せいぜい楽しみにしてるよ」
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