③ラブゲーム
神様と自称する女の子から『ラブゲーム』という名のゲームを受けた翌日。
「どーやらハリウッド女優としか答えられないキミのために、神様が特別にとびっきりの女の子を推薦しといてあげたよ。ぜひとも感謝しよっか」
黒髪の女の子は廊下の壁に身体を預けながらクールに告げた。紺のブレザーを完璧に着こなし、腕組みをしながら教室を見通す少女。というか…………、
「どうして神様がこの学校に違和感なく溶け込めてるの? 転校生としてやって来たワケでもないし……」
神様は鼻で笑って、
「ふんっ。それくらい神様の因果律操作でどうにでもなっちゃうし。わざわざ面倒な転校生イベントなんて消化しなくて結構。それよりも……」
神様は篠宮天祷の視線を誘導させるように、白く綺麗な指先を教室内のある女の子に示した。
「…………チッ」
舌打ちしたのは神様の隣のアマト。彼と知り合って一か月ほど経つが、ここまで聞こえるほどの舌打ちをしたのは珍しい。
「おやおや、これは意外な反応だね。ああいう女の子はニガテなのかな?」
左手を口元に当て、わざとらしい反応をしながらアマトと攻略対象を交互に眺めた神様。
ざっと外見を紹介すると、髪型は神様と似たような青髪ロング。ただし片瀬さんの場合はボリュームが増しかな? シンプルに葉っぱの形をした髪留めで前髪が整えられている。若干のつり目で、見た目だけの判断だけど威圧感は感じられた。だといえど顔全体はある程度整っており、その目つきと相まって異性からはモテそう。身体的な特徴としては極めて特別なものは見られない。中肉中背、スタイルは普通。
「はぁ……神様も絶妙なところを突いてくるもんだ。俺、アイツらニガテなんだよな……」
アマトの言う、アイツら。
教室の後ろでは一つのグループができていた。そこには片瀬さんの他、賑やかな女子の面々、そして数人の男子ともワイワイ触れ合いながら楽しそうに交流をしている。
教室の全体を見渡せば、そのグループが支配する空間には何と言っていいのやら、華があると表現しても差し支えがないだろう。クラスの中心グループ、色々とオシャレな人間でコミュニケーション能力も抜群の彼、彼女らではある。
「キミも違和感なく溶け込めそうだけど? お友達じゃないの?」
そうは言いつつも、アマトの答えを知っているように愉しそうな目つきで、そして僕の主観ではあるけど彼らのことを軽蔑しているような視線で眺めていた。
「ハァ? 俺が西野たちと映画について語ってたらよぉ、あの高坂が『オタクみたいでマジキモイんですけど』つってきたんだぞ?」
教室内で専門科がドン引きするレベルで映画、ラブコメ、戦隊モノのことを語っているのは、それはそれでキモイのかもしれないけど。
「ふぅん、そうなんだ。キミって意外とインドア派? スポーツとか苦手? で、バカそうに見えて勉強が得意だったり?」
「俺って言うほどアウトドア派に見えるか? 中学一年でサッカー部辞めて、その後ずっと帰宅部だったんですけど?」
たしかに、アマトが体育の時間ではっちゃけてる姿は見たことがない。運動神経も特別悪くは無いと思うけど、良くもないとは思う。
アマトは困ったように茶髪を弄り片目を瞑って、
「それよりもさぁ神様? 攻略対象変えないか?」
「それは無理。私が一度決めた相手はしっかりと攻略しないとね。恨むなら昨日の自分を恨むこと。ハリウッド女優なんてナンセンスなお願いしたのは自分だよ?」
「はぁ……、片瀬を攻略するくらいなら神様がいいわ。神様より美人な女なんてよっぽど近くにいないだろ? まったく、隣に神様がいるだけでモチベーション下がるぜ」
神様はジト目で呆れたようにアマトを捉えて、
「急に変なこと言わないでよ。そんなこと言ったって、『ラブゲーム』を取りやめることなんてしないからねっ。ていうか、お世辞見え見えなんだけど。私を褒めたって何も出ないし」
「別にお世辞じゃねーよ。教室全体眺めた後、適当に鏡でも見てみろ。神様より美人な人間なんて滅多にいないことが分かるだろうがよ」
アマトはそっけなく言った。お世辞でもない、本当の言葉のように。
神様は反応に困ったのか、ジト目のまま右側の頬に空気をぷくぅと注入した。
「あっ、それにヘアバンド昨日と違うな。昨日は水玉模様で今日は虹模様か。まるで日替わりランチだぜ。……へー、神様も普通の女の子なんだなぁ、オシャレに気を遣うのって」
「……やれやれ。そんなに女の子を口説きたいなら、片瀬さんにその素晴らしい口説き文句を使えばいいのに。何度も同じ口説き文句垂れてると、女の子幻滅するよ?」
両手でガッチリと虹模様のヘアバンドを隠し、神様は冷静に述べた。
「たしかに、片瀬あずみは経験が豊富そうだもんなぁ……。この程度の殺し文句に心を動かされることなんざねぇか」
ピクリと細く整えられた眉を動かしたのは神様。だが、アマトは気にせずに続ける。
「大きな声では言えないが、俺は恋愛経験なんざしたことねぇ。もしかしたらずっと前は恋をした経験があったかもしれないけど、今はそれもない。さて、気持ちが乗ってない俺の告白に相手は動かされるか?」
久しぶりに僕に話を振ってきたので、
「うん、やっぱり気持ちが篭ってないと女の子は嬉しくないと思うよ? アマトだって、自分が騙されてると思う告白なんてすぐに分かるよね?」
「そう、その通り。俺が適当に思いついた攻略方法なんて幼稚すぎて笑われるレベルだ。――――だが、別に俺だけの考えじゃなくても構わないんだよな?」
しかれど神様はゆっくりと首を横に振った。
「他人との相談は無しで。まぁ特別に、そこのちんちくりんとの相談は許可してもいいけど?」
……、僕だって力になりたいところだけど、恋愛経験は0ではないものの、力になれることはほとんどない。0からの関係の女の子と数日以内で恋人同士になれる方法は、僕が考えても難しい課題だ。
だが、アマトは悲観する様子は見せない。
「――――いや、違う」
ほくそ笑むアマト。小さく人差し指を神様に向け、彼は明確に否定の意を露わにした。
そして彼は廊下から教室に入って普段通りに、特別な行動をせずに自分の席に着いた。僕も神様も黙って彼に付いて行く。神様の行動に合わせ、教室内の面々、特に男子の視線がこちらに集まるのが分かった。けど、それは不審者を見る目ではなく、あくまでもクラスメイトとしての、平凡なクラスメイトが図抜けた女の子を思わず追いかけただけの視線。
神様は集まり出す視線に構わず、アマトに対して訝しげに、
「あれ? 片瀬さんに話し掛けないの?」
チッ、チッ、とアマトは指を振り、
「先人たちは焦って自分から動こうとした。そして見事にド壺に嵌り、ピンチに陥ってしまう傾向が強い。だが、俺はその先人たちの経験を基に行動をするまでだ」
アマトは自信満々に、それこそ勝利を確信しているみたいに言った。そのことが気に障ったのか、神様は眉をピクリと動かし、
「先人先人言ってるけど、まさか『ラブゲーム』の先人を知ってるハズないよね?」
そう、そのはずなのだ。アマトが『ラブゲーム』を経験した先人など知る由もないはず。
「――――篠宮天祷はここから動かない」
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