過去編29 聖オルレリウス歴354X年五ノ月
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聖オルレリウス歴354X年五ノ月
西側のフラジアス王国にて
王都の城から隣接した教会へイライラした表情を浮かべながら向かう二人組みがいた。
一人はこの国の第一王子ジェイクで、もう一人はその護衛の騎士でもあるアーノルドである。
「おい、あいつは何やってるんだ⁉︎」
「今は結界を張る祈りを捧げている時間です」
「あいつはいつまで時間をかけているんだ」
ジェイクは教会の扉を蹴り上げながら開けるとすぐに叫んだ。
「おい、何をやっている!さっさと祈りを終わらせろ‼︎」
ジェイクは更に大股で教会内を歩き、聖霊神イシュタリア像の前で祈りを捧げている、痩せた見窄らしい格好の、白髪と青い目をした少女の背中に蹴りを入れる。
「うっ!」
少女は激しく咳き込むが、ジェイクは気にする必要もなく舌打ちする。
「ちっ、貴様舐めているのか!今日は私の誕生パーティーがあるんだぞ。貴様は私をいつまで待たせる気か!」
ジェイクはまた目の前の少女を蹴ろうとしたが、アーノルドが止める。
「第一王子、平民風情をこれ以上蹴ると靴が汚れてしまいますよ」
「確かにそうだな。すまないアーノルド」
「いえいえ。ところでこの汚らしい平民は本当にこのフラジアス王国に結界を張ってるんでしょうか?私には全く見えないですがね」
「ふむ、確かにこの魔術師の加護がある私にも見えないな……。おい、貴様!本当に結界を張っているのだろうな?嘘だったら許さんぞ‼︎」
ジェイクは高圧的な表情で少女に問いただすと、少女は怯えながらも必死に首を縦に振る。
「き、きちんと結界を張ってます。だ、だからこの国に魔物が入って来ないんです」
少女は怯えてながらも、そう伝えるとアーノルドが冷たい目で見ながら鼻を鳴らす。
「ふん、それは我がフラジアス王国騎士団に恐れをなした魔王軍が攻めて来ないだけですよ」
「そ、それでも私は結界を……」
「黙れ!これは結界に関しては一度、調査をしなければな!」
少女の言葉を途中で遮る様にジェイクが怒鳴ると、少女は絶望した表情になる。
だが、そんな事を気にする様子もなく、ジェイクは床を踏み鳴らした。
「くそくそっ、これが嘘だったら私はとんでもない無駄な時間を取らされていた事になるぞ!」
ジェイクはそう言うと、ポケットから懐中時計を取り出しまた舌打ちする。
「……何故、私がこいつと一緒に参加しなければならないんだ」
「第一王子、それは他国から客人が来るからです。一応、第一王子とこの平民は婚約者ですからね」
「ふん、体調不良で休ませれば良いのにな」
「我が国民だけならそれもできましょうが、今回は残念ながら……。それよりこの見窄らしい格好をパーティー会場に出す前にどうにかしませんとね」
「いつもの様に全身を覆うケープで隠せば良い。顔がバレると狙われるとでも説明すればな」
「なるほど、まあ、結局来る連中もこの平民の癒しの力が目的ですから姿には興味ないでしょう」
「ああ、何か言うようならご退場願えばいい。まあ、将来王になるこの私の誕生を祝う日に文句を言うものなどいないだろうがな」
「第一王子の仰る通りです」
アーノルドはジェイクに恭しくお辞儀する。
そんな二人を少女は怯えた目で見続けていたのだが、この時、少女の瞳の奥が仄暗く輝いていた事に少女本人も気づく事はなかった。
◇◇◇◇
「お集まりの皆様、第一王子ジェイク様の誕生を祝うパーティーに出て頂きありがとうございます」
パーティー会場の壇上で参加者を見下ろし、優越感に浸っているジェイクの隣りで宰相のルグラトが挨拶をする。
するとパーティー会場にいる着飾った紳士淑女達とは離れ、壁際にいた、欠損した身体を杖で支えている人物や、包帯を身体中に巻き車椅子に座って人物が一斉にジェイク達に注目する。
その表情は不安と期待が混じっていたが次に宰相が話した言葉で歓声に変わった。
「さて、まずはジェイク様を祝う前に、第一王子ジェイク達より皆様を祝福をしたいと申し出がありました。では、聖女ミラよ。前に出なさい」
「「「「「「おお!聖女様‼︎」」」」」」
宰相の言葉にパーティー会場中は歓声が沸き起こる。
すると、ジェイクの隣りに立っていた上半身を覆う程のケープを被ったミラは一歩前に出たのだが、その際にジェイクは盛大な舌打ちをした。
「ちっ、私の誕生を祝う日に目立つとは良いご身分だな。いいか失敗はするなよ」
「……はい」
ミラは震える手を握りしめ、魔法を唱えた。
「第七神層領域より我に聖なる力を与えたまえ……オール・パーフェクト・ヒール!」
ミラの魔法が完成した瞬間、パーティー会場中に淡い光りに包まれる。
そして、光りが消えると所々から歓喜の声が聞こえてくる。
「ひ、膝と肩の痛みが消えたぞ!」
「私は魔物に喰われた腕が生えたぞ!」
「ああ、俺の両足がある……」
「私の火傷が治っている!」
ミラの魔法で完治した者達は次々と涙を流し喜ぶ。
すると、宰相が手を叩き大声で叫んだ。
「皆様!喜んでいるところ申し訳ありません!本日は、第一王子ジェイク様の誕生日を祝う……」
ルグラトは慌てた様子で喋っていると、ジェイクが手で制しパーティー会場に笑顔を見せながら言った。
「良いではないか、ルグラト!皆、失ったものを取り戻したのだ!私は皆に喜びを存分に味わって頂きたいのだ!」
「おお!第一王子ジェイク様たっての申し出で皆様を祝福されるだけじゃなく、ご自分の誕生を祝うパーティーなのに皆様の喜ぶ時を優先されるなんてなんと優しき方なのでしょう!」
二人はオーバーに大きな声で喋り、パーティー会場にいた何人かはまるで舞台の劇を見ている様に見えたが、怪我が治った連中は涙を流しながらジェイクを見つめて叫ぶ。
「第一王子ジェイク様万歳!」
「第一王子ジェイク様誕生おめでとうございます!」
「第一王子ジェイク様とフラジアス王国に栄光あれ‼︎」
それから次々とジェイクを称える声が聞こえ、最終的に大喝采になる。
その様子を見ていたルグラトはミラに近寄り呟く。
「もう、お前は部屋に帰れ」
「……はい」
ミラは頷くと静かにパーティー会場の裏側から外に出ようとする。
その際、ミラはほんの少し期待してしまう。
誰か自分を引き止めてパーティーを楽しまないかと誘ってくれないかを。
しかし、誰もミラがパーティー会場を出ても引き止める者はいなかった。
「うう……」
ミラは溢れ出る涙を拭くこともせず一瞬だけパーティー会場を睨むと部屋に早歩きをしながら戻るのだった。
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