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 そして主軸で動く鉄獅子は屋敷の裏口から、俺達は庭園がある方から侵入する事になった。


「よし、行くか」


 早速、広い庭園に侵入し慎重に屋敷の方に進んでいく。ちなみに庭園は荒れ放題になっている。まあ、今の俺達には隠れられて都合が良かったが。特に今の状況ならなおさら。

 草木の中で庭を当てもなくぶらぶらする庭師を見る。もちろんこいつが庭師だとは思わない。雰囲気と腰に戦闘用のナイフが見えたからだ。サリエラも同じらしく小声で聞いてくる。


「倒しますか?」

「いや、生かして捕らえたい。眠りの魔法は使えるか?」

「できますが水の精霊に頼んだ方が強力ですよ……。そうしませんか?」


 しかし、俺は首を横に振る。


「それではお前のためにならない」

「でも、失敗してしまったら……」

「安心しろ。少し技量がいるが良いやり方を教える。普段使う魔力量で相手の上半身でなく脳付近のみを狙ってやってみろ」

「さ、さすがに今の私でその技量は……」

「なら、頭全体を包む感じでやれ。それでも普段よりは密度の濃い魔法になる」

「わ、わかりました」


 サリエラは緊張した面持ちで、庭師の男に向かって魔法を唱える。


「第四神層領域より我に水の力を与えたまえ……スリープ!」


 すると庭師の男はあっという間に地面に倒れた。サリエラは嬉しそうに顔を向けてくる。


「上手くいきましたよ。早速捕まえましょう!」

「いや、待て。何かおかしい」


 サリエラの腕を慌てて掴む。そして痙攣する男を指差したのだが既に白目を剥き動かなくなっていた。


「亡くなっていますね……。私の魔法が強すぎたのですか?」

「いや、意識を失うと何かが発動する様に仕込んでいたのだろう」


 そう説明しながら男に近づく。案の定、首に魔導具がはめられているのを発見した。


「奴隷の首輪とは違うな」

「冒険者ギルドから頂いた資料には書いてませんでしたよ……」

「ああ。こいつだけが付けているのか、それとも他の連中も付けているのか……。まあ、とりあえず進んでみよう」


 俺達は頷くと屋敷の厨房窓から侵入する。中はしばらくの間、料理などは行われていない様子だった。


「最近、料理を作った形跡がないですね」

「資料通りに食事は外で済ませているんだろう」

「良い厨房設備があるのにもったいないですね。私なら毎日美味しい料理を作りますよ」


 サリエラは魔導具式オーブンや水周りを羨ましそうに見つめるので思わず聞いてしまう。


「お前、キャンプ料理以外作れるのか?」

「はい、色々作れます。もし良かったら今度作りましょうか? そうしたらエプロンとか買わなきゃ。ふふふ、キリクさん、料理にしますか? それともお風呂ですか? それとも……きゃっ」


 俺は呆れて顔を覆う。それから今だに何かぶつぶつ言うサリエラをおいて先に進むことにした。だがリビング近くで立ち止まる。武装した連中が中に見えたからだ。まあ、警戒心もなく酒を飲みながらカードゲームで遊んでいたが。

 おかげで連中をゆっくり観察することができた。特に連中が付けている首輪も。


 皆同じものか。


 それなら生きて捕えたい。そう考え収納鞄からある薬が入った試験管を取り出す。そして中に小さい魔石を入れ連中の足元に転がした。

 しばらすると小さい音と共に連中は倒れこむ。どうやら上手くいったらしい。


「何をしたのですか? 眠りでも麻痺でもないですよね」


 追いついてきたサリエラが聞いてきたので同じものを取り出し説明する。


「これはあいつらの周りの酸素濃度を弄って意識を一瞬で刈り取ったんだ。まあ、どうやら失敗してしまったらしいが」


 泡を吹いてる連中を見るとサリエラが首輪を指差す。


「この人達も首に魔導具を付けていますね……。これってどういう事なんでしょう?」

「今はまだわからないがここを制圧した後に調べてみよう」


 そう言って再び慎重に屋敷の中を進んでいく。しかし、その後は人の気配もなく情報になりそうなものも見つけれなかった。なので予定通り俺達は一階の階段近くに隠れる。

 鉄獅子が降りてくるのを待つことにしたのだ。だが待つ事なく彼らはすぐに降りてきた。


「八人いて一人だけ尋問の為に捕まえようとしたが首に付けていた魔導具の所為で死んでしまった。そっちはどうだ?」


 ランドは降りてくるなりそう聞いてくる。俺は肩をすくめた。


「五人いたが同じ感じだな」

「なんだかキナ臭いな……」

「ランドもそう思うか?」

「ああ、だからもう少し屋敷内を調べてみるつもりだ」

「わかった」


 頷くと俺も本格的に調べるためにペンデュラムを使用する。だが、やはりというか穢れた血縁者に関するものは何も見つからなかったのだ。ランドは渋い顔で屋敷内を見回す。


「うーん、何かあると思ったのだが……」

「ランド、魔力残滓もなかったわ」


 ルイが残念そうにモノクルをポケットにしまう。俺もペンデュラムをしまうと内心舌打ちした。あまりにも徹底しているから一つの考えに行き着いてしまったからだ。


「……首の魔導具はきっと全員がしてるかもしれない」


 するとランドが訝しげな表情を向けてきた。


「どういう意味だキリク?」

「情報を一切喋らせない。または蜥蜴の尻尾切りだ」


 そう答えるとランドは納得した表情になる。


「東側の賊は全員、蜥蜴の尻尾か……。しかし、よく首の魔導具を付けた奴は納得したな」

「付けたら効果が上がるとか言われたのかもな」

「なるほど、しかし、そうか……」


 ランドは腕を組み難しい表情をする。それからしばらくして顔を向けてきた。


「今回の件、情報漏れをした可能性がある……」

「あの時、言えなかった事か?」

「ああ、そうだ」


 ランドは頷くと説明してくる。この件を進めている最中に何人かの冒険者が怪しい行動をした後にいなくなったと。しかも計画書が見られた形跡がなかったのでそのまま今回計画は実行されたとも。


「なるほど。だからあの場では言えなかったのか」

「ああ、そういうことだ」


 ランドは頷き、悔しげに首輪を見つめる。しかしすぐに表情を戻すと口を開いた。


「さあ、自分達は仕事を終えたと報告しに行こう」


 俺達は頷く。そして屋敷から出たのだが俺は帰り道を歩かず別の方向へ走り出した。遠くに救援要請の狼煙が上がっているのが目に入ったからだ。


 どこだ?


 走りながら頭の中に入ってる地図を引っ張りだす。そして場所を把握したのだがすぐに疑問が浮かんでしまった。人身売買をしている孤児院には大人数の冒険者が向かっていたからだ。

 しかし、すぐに資料の内容を思い出した。アダマンタイト級並みに強い存在を。


 接触したというのか?


 そう考えていると追いついてきたサリエラが声をかけてくる。

 

「キリクさん、鉄獅子パーティーは後から追いかけてくるそうです」

「わかった。では無理はできないな」

「当たり前ですよ」


 サリエラが睨んでくるが気づかないふりをする。それに今はあることを考えたかったのだ。アダマンタイト級並みに強い存在に俺達だけで勝てるかを。


 いや、サリエラだけでか……


 ダマスカス級になったとはいえまだ成り立てである。アダマンタイト級が複数で来られたらきっと難しいだろう。


 だが、今のサリエラなら。


 そう思ったがすぐにその考えを否定した。一部が滅茶苦茶になった孤児院と大量の破片に埋もれている冒険者達を発見したからだ。

 おそらく魔法で孤児院の中からここまで吹き飛ばされたのだろう。孤児院を警戒しながら破片をどかしているとサリエラが駆け寄ってくる。


「第三神層領域より我に聖なる力を与えたまえ……ヒール!」


 そして傷だらけの冒険者に回復魔法をかけたのだ。しかし全く動かない冒険者に俺は唇を噛み締めてしまった。


「助かりそうか?」

「なんとも……。それより、この人達ってほとんどミスリル級ですよ」


 その言葉に俺は答えず孤児院を睨む。中には間違いなくアダマンタイト級以上の敵がいるだろうからだ。しかも、相当の手練れが。流石に部が悪いと判断しサリエラの方を向く。


「……鉄獅子を待とう」


 するとサリエラは手を止め驚いた顔を向けてきた。


「キリクさんなら絶対に中に入るって言うと思いましたよ」

「……俺だって命は惜しい。それに怪我人の治療の方が大事だ」


 本心を隠しながらそう答えるとサリエラは納得した表情で頷き、他の傷ついた冒険者に駆け寄っていった。

 その姿を見て安堵する。サリエラこそ一人でいってしまうと思ったから。


 あいつも冷静に判断できるようになったということか。誰かさん達と違ってな……


 そう思っていると足元に矢が飛んできて地面に突き刺さった。溜め息を吐くと矢を放ったバナールの方に視線を向ける。


「何を考えている?」


 しかし答えてきたのは隣りにいたダッツだった。


「触んじゃねえよ加護無し!」

「……何故だ? 怪我している冒険者を治療したいんだが」

「ふん、怪我してる奴からものを盗もうとしてるだけだろうが!」

「言いがかりはよせ、トラブルメーカーの片割れ」

「てめえ、喧嘩売ってんのか‼︎」

「お前のその行動が問題を作っているとなぜ気づかない? 次はないと警告されてるだろう」

「くっ……」


 ダッツは悔しげな顔をするとバナールが肩を叩く。


「やめておけ。そいつは巧妙な手を使って悪事を隠すからな。お前も下手をすると嵌められるぞ」

「ちっ、そうだな」


 ダッツは舌打ちし俺から距離をとる。その様子にバナールは満足そうな顔で頷くと今度は冒険者を治療しているサリエラの方に向かっていった。


「君、あいつにそんな事をさせられているならもうしなくても良いぞ」

「えっ、何を言ってるのか良く分からないんですが……」

「あの、加護無しに脅されて仕事をさせられているのだろう。可哀想に……」


 バナールは哀れんだ目でサリエラに近づいていき手を伸ばす。しかし、すぐにその手が勢いよく弾かれた。


「くっ! いきなり手を弾かれたぞ⁉︎」

「人に勝手に触れようとするからですよ……」

「まさか、あいつは君にこんな酷い呪いをかけたのか? だとしたら許せん!」


 バナールは俺を睨みつけ剣を抜こうとする。だが、その前にサリエラが剣を抜きバナールの首筋に突きつける。


「キリクさんにふざけたことをする様なら首を斬り落としますよ……」


 そして冷たい目で睨んだのである。流石にこれにはバナールも何も言えずに抜こうとした剣から手を離した。

 しかし、すぐに悔しそうな表情で俺を睨む。


「くそっ、あいつに何か魔導具を使われて強制的に守るよう命令されてるんだな。だが、必ず救ってみせるからな」


 そう吐き捨てるように言うと孤児院の中に逃げるように入っていったのだ。するとダッツが俺を睨んでくる。


「てめえは絶対許さねえからな‼︎」


 そしてバナールの後を追いながら孤児院に入っていった。


「やれやれ」


 思わず溜め息を吐いているとサリエラが孤児院の方に何とも言えない表情を向ける。


「あそこまで思い込みの激しい人達は初めて見ましたよ……」

「長く生きていると沢山ああいう奴らに会うぞ」

「うっ……絶対嫌ですよ!」


 心底嫌そうな顔をするサリエラに思わず口元が緩む。するとサリエラが顔を覗きこんできた。


「あっ、キリクさん今笑いました?」

「さあな……」

「もう、今のもう一度見せて下さいよ」

「うるさい」


 俺はサリエラのおでこをはじく。


「痛っ、もう乙女のおでこに何てことするんですか! まあ、責任取ってもらえるならいくらでもして良いですけどねえ」

「よし、もうやらないようにするか……」

「キリクさん⁉︎ うう……それよりあの二人どうするんですか? 人数に入れて戦えば……」

「……話しを無理矢理変えたな。放っておけば良いだろう」

「でも、このままだとあの二人は殺されてしまいますよ……」

「だからといって危険な……わざわざ飛び込む必要はない」

「私はそれでも勝てる可能性があるなら行かないと駄目だと思います」


 サリエラは真剣な表情で俺を見てくる。その目は沢山見てきた真の冒険者の目だった。俺は溜め息を吐く。こういう目をした冒険者を止めるわけにはいかないからだ。


 場合によってはあいつらのように歪んでしまうからな。


 俺はゆっくり頷くとサリエラと共に孤児院に足を踏み入れた。だが、すぐにおかしいことに気づく。人の気配が全く感じなかったからだ。


「妙だな……」


 違和感を感じながら部屋の隅々を調べるているとサリエラの気配が突然消えたのがわかった。俺は急いで気配が消えた部屋に入る。直後、足元に魔力が高まるのがわかった。罠にかかってしまったのだ。

 俺は歯軋りする。こんな初歩的なミスをしたからだ。しかし、すぐに安堵した。視界が知らない場所に変わっていたから。

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