85


 先ほど凱旋パレードが終わったのだが、その内容は俺達の時とは比べものにならないぐらい感動的だった。間違いなく後世にも語れるだろう。俺達のような作り話ではなく真実のものとして。


「いやあ、勇者アレス様の凱旋パレードよりも豪華絢爛だったな」

「私も見たことがあるけれど比較にならないわよ」


 帰り途中、前を歩く住民の声が聞こえてきた。正直これには同意せざるおえない。それにしょうがないとも。

 何せスノール王国で行われた凱旋パレードは国民の熱量に負けて渋々開いただけで望まれて行われたものではないから。だから費用なんかはかなり安く済まされたのだ。要は比較する意味すらそもそもないのである。

 まあ、だからって彼らにそんな説明をしたところで言い訳にしかならないだろう。なので俺はさっさと宿へと戻り、日課の薬品作りを始めることにした。

 まあ、本音はさっさと試し斬りに何処かへ行きたい気分だったが。だがしばらくすると部屋に勢いよくミナスティリアが入ってきたのだ。俺は思わず睨んでしまう。


「おい、ノックぐらいしろよ」


 しかし、ミナスティリアは逆に俺を睨んできた。


「……聞いたわよ。あなたの凱旋パレードに参加できなかった理由」

「当然の理由だろう」

「それでも、みんなあの場所であなたと一緒にいたかったと思っていたわよ」

「まあ、そこは悪かったと思ってるさ」

「……私が不甲斐なかったのが原因よね」

「そんな事はない。お前は立派にやり遂げた。自分達を誇れ」

「……キリク」

「さあ、どうせパーティーを抜け出して来たんだろう。早く戻るんだ」

「うっ……バレてたのね」

「魔王討伐を二回やった経験者だからな」

「わかったわよ。先輩」


 最後は笑顔でそう言うとミナスティリアは笑手を振りながら部屋を出ていった。だが、その後、すぐにファルネリア、そして現在はサリエラが目の前で同じ事を繰り返していた。

 思わず溜め息を吐いてしまう。


「お前らどれだけ暇なんだ……」

「皆さん、キリクさんとパーティーを楽しみたかったんですよ」

「だが、主役が抜け出せば周りに迷惑がかかるだろう。だからさっさと戻れ」

「いいえ、私は体調不良で先に上がらせてもらいましたから今日はこちらでゆっくりさせて頂きます」


 サリエラは笑顔でそう言うと隣りに座ってきた。おそらく何を言ってもてこでも動かないだろう。仕方なく俺はサリエラに作業を手伝わせることにした。

 まあ、すぐにミナスティリア達が来て滅茶苦茶にされた挙句パーティー会場にされてしまったが。

 もちろんその日の作業は全て駄目になったのは言うまでもない。



「やれやれ」


 昨日のことを思い出しながら溜め息を吐いているとサリエラの声が聞こえてきた。


「ずいぶんと集まりましたね」


 そう言われ王都の外れにある広場を見渡すと確かに大勢の冒険者達が集まっていた。おそらく全員、穢れた血縁者を潰しにいく冒険者だろう。


「この人数が他の町や国でも集まっているのか」

「そう考えると進軍部隊は参加しなくても大丈夫でしたね」


 サリエラの言葉に先ほど力をつける為、レオスハルト王国を旅立っていった進軍部隊を思い出す。まあ、一人は残っているが。俺はサリエラに視線を向ける。

 だが、思っていたことと別のことを口にする。


「更に現地には高ランク冒険者が待機している。だから、あいつらは自分達のことに専念すればいい」

「そうですね。でも、この人数、絶対逃がさないって感じですね」

「これ以上の被害は防ぎたいからな」

「確かにそうだ。だから参加したのかキリク」


 俺達の会話に同じく参加していた鉄獅子のリーダー、ランドが入ってきた。俺は肩をすくめた。


「俺達はなるべく戦闘は避けて情報収集をするつもりだ。そちらは?」

「自分達は戦闘に追跡だな」

「なるほど、鉄獅子は追跡ができるのか」

「ケンとルイがその手の行動が得意で助かっている。それでなんだがキリク達が探索ができるなら自分達と組むか?」

「俺達と組まなくても問題はないだろう。それとも何か問題があるのか?」


 そう聞くとランドはゆっくりと頷くだけに留まる。要はここでは喋れないということだろう。サリエラの方を見ると頷いたのでランドに返事をする。


「わかった。組ませてもらう」

「ありがたい。では、ギルド長から話しが終わったら合流しよう」


 ランドはそう言うと仲間達の元へと去っていく。だが、それと入れ替わる様に会いたくない奴がこっちに歩いてくる。そして驚いた顔を向けてきたのだ。


「何故、お前がいるんだ⁉︎」


 ダッツは俺を指差す。正直、面倒臭かったが馬鹿な行動をされると困るので答える事にした。


「……今回の件に参加してるからだ」

「嘘をつけ! 加護無しの役立たずが参加できるわけないだろう‼︎」


 ダッツの反応に返事をしてしまった自分を心の中で罵倒しているとサリエラが怒った顔で前に出ようとした。すぐに手で制して首を横に振る。


「キリクさん……」

「話しが通じない奴だ。時間の無駄になるからほっとけ」

「なんだとてめえ‼︎」

「騒ぐのは良いが、周りを見るんだな」


 そう言うとダッツは先ほどの勢いが一気になくなった。周りの厳しい視線に気づいたからだ。

 だからこれで静かになるだろうと思っていたら片割れが現れてしまったのだ。


「何故、お前がここにいるんだ?」


 俺は呆れた表情だけ向けるとバナールは舌打ちした後、ダッツに顔を向ける。するとダッツは周りを気にしながら口を開いた。


「俺達と同じらしい。まあ、どうせ卑怯な手段で仕事を手に入れたんだろうぜ」

「やはりそうか。おい、悪い事は言わない。このままここを立ち去れば今回の悪事は見逃してやろう。だから去れ」


 バナールはそう言うと冷たい目で睨んできた。だが俺は答えずに放っておいた。どうせ周りの状況に気づいてまた立ち去るだろうからだ。

 なのにサリエラが怒った顔で二人の前に出てしまったのだ。


「さっきから、あなた達は何を言ってるんですか! キリクさんは卑怯でも悪事もしてません‼︎」


 するとダッツが怒りの表情を浮かべサリエラを指差す。


「おい女! このダッツ様の言ってる事が間違ってるとでも言うのか!」

「ダッツだかナッツだか知りませんが大間違いですよ!」

「なっ……おい、バナール。お前も何か言ってやれ!」


 ダッツはサリエラの鬼気迫る表情に怯んだのか、横にいたバナールに声をかける。しかし、バナールは目を見開きサリエラを見つめているだけだった。


「お、おい、バナール?」

「……美しい」

「はっ?」

「なんて美しいエルフなんだ……」


 バナールはそう呟くと目を見開いた状態でサリエラの方にゆっくりと近づいていく。するとサリエラは表情を強張らせ俺の背中に隠れてしまった。


「キリクさん、何かあの人、気持ち悪いです」

「やれやれ」


 思わず溜め息を吐いてしまっているとバナールが俺を指差し睨んできた。


「貴様、後ろに隠した女性を離せ!」

「断る。それに隠したんじゃなくて隠れてるんだ。俺の両手は空いてるだろう」


 手を広げて見せるとバナールは顔を真っ赤にしながら怒鳴ってくる。


「どうせ貴様が脅して彼女に言うことを聞かせてるんだろう! なんてひどい奴だ。待っててくれ、今助けてやる!」


 そして、あろうことか武器に手をかけたのだ。ダッツが慌てて止めに入ってくる。


「バナール、止めろ。ここでは不味い!」

「しかし、彼女は苦しんでるんだぞ!」


 そう叫び武器を引き抜こうとする。だが、その行動は突然止まった。ギルド長のブロックが現れたからだ。


「またお前達か……」


 ブロックはバナールとダッツを眼鏡ごしに睨みつける。しかしバナールは状況を理解していない様子で俺を指差した。


「その男が卑怯な手を使ってその女性に言う事を効かせているんだ!」

「ほお、魔王討伐に参加したダマスカス級のサリエラをシルバー級のキリクが何かできるとでも?」

「なっ、そんなに凄い女性なのか⁉︎ それなら言うことを聞くように家族を脅しているか何かの薬を飲ませているんだ!」

「はあっ……。それは絶対にない。なんなら私がキリクの名誉を保障しよう」

「何故だ⁉︎ ギルド長ともあろう者が何故その男の事を信じる⁉︎」

「実績だよ。彼は色々と冒険者ギルドに貢献してくれている。お前達問題児と違ってな。これ以上、馬鹿な事を続けると冒険者ライセンスを剥奪するぞ」


 ブロックはそう言うと威圧しながら一歩足を踏み出す。バナールは悔しそうな表情を浮かべ後ろに下がった。


「くっ、冒険者ギルドさえ騙すとは何処までも卑怯な男だな……。俺は絶対にお前を許さないからな。必ず彼女を救い出してみせる」


 そう言って俺に憎悪の目を向けると同じように睨むダッツと共に去っていった。そんな二人の後ろ姿を呆れながら見ていたらブロックが目頭を押さえ呟いてきた。


「全く、冒険者を初めた頃は純粋で真面目だったんだがな……」

「最初は皆そんなものだろう」

「確かにそうかもしれないな……。しかし成長が速いバナールには期待していたんだが君の様にはならなかったらしい」


 ブロックはサリエラを見ると慌てて手を振る。


「わ、私はまだまだですよ! ねえ、キリクさん⁉︎」

「何を言ってるんだ……。短い年数でダマスカス級に魔王討伐の英雄だぞ。胸を張って誇って良いぐらいだ」

「うう……キリクさんにそう言われると恥ずかしいですよ」

「ふむ、そういう慎ましやかなところが君が真っ直ぐに強くなれたのかもしれない」


 ブロックは柔かに笑った後、俺の方に顔を向ける。


「キリク、もし彼らがまた絡んできたらすぐ報告してくれ」

「どうするつもりだ?」

「内容次第では処分する。どうやらバナールの方が歯止めが効かなくなって来てるらしい。ちなみに君が見た感じ改善できると思うか?」


 俺はもちろん首を横に振った。流石にあそこまで自分の考えに固執していたら取り返しのつかない失敗をしない限り考えを改めないからだ。

 いや、むしろ失敗しても責任転換をして結局は改めないだろう。


「……正直、難しいだろうな」

「やはり、皆と同じ考えか……。わかった、ありがとう」


 ブロックは残念そうな表情を浮かべながら去っていった。


「ギルド長って大変なんですね……」

「荒くれ者を纏める役だからな。それより、ギルド長が来たという事は説明が始まるぞ」


 そう言い終わると同時に作戦の詳細な説明が始まる。だが、その内容は想像していた以上に中々のものだった。高レベルの冒険者の緊張感が高まったぐらいだ。

 まあ、それだけ穢れた血縁者を逃がしたくないって事だろう。


 それでも段階を踏む間が早すぎるな。


 主軸で動く連中の足手まといになりそうだと感じているとサリエラが小声で話しかけてくる。


「ちょっと無茶ではないでしょうか?」

「きっと向こうに動きがあったからだろう。これは心してかからないとな」

「はい」


 俺達は頷き合うと先ほどのことは忘れ説明に集中する。そして説明が終わりしだい鉄獅子と合流し目的地の貴族の屋敷に向かうのだった。



「貴族の名前はロッツイ名誉伯爵で家族はいない。なのに最近になり頻繁に人の出入りがあったらしい。しかもこの半年近く本人を見た者がいない。そこで調べた結果、出入りした人物の一人が穢れた血縁者に属している者だとわかった」


 屋敷の近くの茂みに隠れながらランドはそう説明する。すぐにサリエラが口を開いた。


「まず私の精霊で人数を探って欲しいんですね」

「ああ、できるか?」

「もちろん」


 サリエラは頷くと同時に頭上に小さな光が二つ現れ屋敷の方へと飛んでいった。


「便利ねえ」


 ルイが感心しているとサリエラが首を傾げる。


「あれ? 失礼ですがルイさんはサーチとかできないのですか?」

「できるわよ。ただ、サーチは魔法探知に引っかかるから、あまり対人では使えないのよ」

「そうなんですか⁉︎ 知らなかったです……」

「サリエラさんは魔法はあまり使わない感じでしょう」

「はい……」

「魔力のうねりが弱いからそうだと思ったけど……なんか違和感あるわね」

「違和感ですか?」

「ええ。私、魔力が少しだけ目視できるのよ。あなたは何か顔の辺りに違和感があるの。もしかしたら私みたいに何かしらを見れる目なのかもね」

「……すみません。私には多分ないと思います……」

「そっか。まあ、皆それぞれ魔力のうねりは違うからサリエラさんのはそういうものなのかもね」


 ルイはそう言うと今度は俺を一瞥する。しかし、すぐに目を逸らした。きっと胸辺りにぽっかりと空いた穴の様なものも見えたが空気を読んで黙ったということだろう。


 もしくはやばいものを見たから関わらない方がいいと判断したかだな。


 俺は内心苦笑する。あったらあったで面倒な力だろうからだ。そんな事を思いながらルイを見ていると、精霊が屋敷から飛び出しサリエラの元に戻ってきた。


「人数は十三人で全員何かしらの武器を所持していますね……」


 サリエラが報告してくると鉄獅子の緊張感が高まっていくのがわかった。何せ、教えられた情報にはアダマンタイト級並みに強い連中がいると書いてあったからだ。


 だが奇襲できれば何とかなるかもな。


 そう判断してサリエラを見ると考えがわかるかのように力強く頷いてきた。思わず口元を緩めてしまう。サリエラが立派な冒険者に見えたからだ。

 いや、間違いなくもう立派な冒険者だろう。


 だから期待しているぞ。


 俺もサリエラに頷くと早速、鉄獅子と侵入経路に関して話しあう。

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