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「キリク、しんがりを守ってる連中に追いついたみたいだ」


 少し前を走っているオルトスにそう言われ俺は先を見る。確かに先の方に魔物と戦う冒険者らしき姿を確認する事ができた。


「ふう、やっと追いついたか」

「どうやら戦闘中みたいだから参加してくるぜ。お前はゆっくり来いよ」

「ああ、そうさてもらう……」


 去っていくオルトスに俺は頷くと素直に走るペースを落とす。そして、ゆっくりと合流する頃にはほとんど片付き、最後の魔物に知った冒険者がとどめを刺しているところだった。


 トランゼル……

 

 ダマスカス級ランクで剣術師の加護を持つ大男であり、北側で俺達勇者パーティーと一緒に前線で戦った仲間だ。

 トランゼルは自分の背丈もある両手剣についた血を軽く振り払うと、こちらを一瞥してさっさと先に歩きだしてしまった。まあ、今は知った仲じゃないからあの態度はしょうがない。それに俺も他の人物に用があったので丁度良かった。

 俺はトランゼルからオルトスに視線を移す。丁度、ローブを来た女冒険者と話しながらこちらに歩いてきているところだった。


「キリク、こいつはしんがりを纏めてるマーズ婆さんだ」


 どうやら気を利かせて呼んできてくれたらしい。感心しているとマーズが声をかけてきた。


「よろしくね、キリク」

「ああ、よろしく」

「それで、あなたは先頭を進んでる仲間達と合流したいのでしょう? ただ、残念ながら今は無理よ」

「どうしてだ?」

「この先に突然、壁の様なものが現れて先頭と分断されちゃったからよ」

「なるほど。罠が発動した感じか」


 しかし、マーズは首を横に振る。


「それがよくわからないの。だから壁のようなものとしか……」

「それならキリクに見せたらどうだ? そういうの解くのが好きだろ」


 オルトスがさも当然のように言ってくる。しかし、俺は思い切り否定したかった。オルトス達が調べたりするのをやらなかったから仕方なく俺がやっていただけだからだ。

 だが、今回は喉元まで出かかった言葉をなんとか抑え俺は別の言葉を言った。


「……まあ、わかるかもしれないから見せてもらえないか?」

「ええ、見てわかる可能性があるならもちろんよ」

「やっと役に立つなキリク」


 オルトスはニヤニヤ笑う。おかげで我慢できなくなりオルトスの足を蹴ったのだが痛くも痒くもないのか笑いながら他の冒険者達の方に歩いていってしまった。


「ずいぶんオルトスさんと仲良いわね」


 驚いた様子でマーズが見てくるので俺は顔を顰める。


「今のを見て仲が良いというのもどうかしてるぞ」


 するとマーズは首を横に振り真剣な表情で言ってきた。


「普通、オルトスさんにあんな事したら殺されちゃうわ。それをあんな風に笑って気にしないどころか楽しそうにしてるんだから仲か悪くないわけないじゃない」

「……たまたま機嫌が良かったんだろう」


 俺が肩をすくめるとマーズは考える仕草をした後、頷いた。


「なら、そういう事にしておくわ。それじゃあ早速、案内するわね」


 そう言って微笑んだ後、背を向けたのだ。正直、もっと詮索されると思った俺は拍子抜けしたが、すぐにそんな余裕はないのだと案内された場所を見て理解した。

 通路を塞ぐように現れた透明なクリスタル状の蔦の壁があったからだ。


「これか……」


 俺の言葉にマーズは困った顔で頷く。


「そうよ。わかるかしら?」

「見てみよう」


 俺は壁の側に寄る。そして、すぐにある事に気づきマーズの方を向いた。


「壁に文字の様なものと紋様が浮き出ているな。魔法で作られた壁か?」


 するとマーズは迷ったように頷く。


「多分ね。けれど文字と紋様が読めないからわからないの。ただ、わかってるのはクリスタル状の蔦のようなものは間違いなく物質ということ。まあ、鑑定したら不明って出たけれど」

「未知の物質か、またはこの世界のものじゃないかだな。破壊はできなかったのか?」

「かなりゴリ押しで破壊できるのだけれど、すぐに新しいクリスタル状の蔦が生えてきて穴を塞いじゃうの。しかも奥にも同じ壁があるから今はダンジョンの至る所に出来てるんじゃないかしら」

「なるほど。ちなみに触れて大丈夫か?」

「ええ」


 マーズの答えに俺は更に壁に近づく。しかし、触れる寸前に手を止めた。後ろから声を掛けられたからだ。


「触ったって何も起こらんよ」


 俺は後ろを振り向き溜め息を吐く。過去、西の龍の森に調査隊で参加した時に暴走され俺や参加した調査隊を何度も危ない目にあわせたノリスが立っていたからだ。


 なぜここに……


 そう思ったがまあ魔導師としても研究者としても優秀な人物だったことを思いだし納得する。


 まあ、それでもここは解けなかったみたいだがな。


 俺はノリスから視線を外し再び壁の方を向く。それから収納鞄から一冊のノートを取り出した。ある事に気づいたからだ。俺はしばらくノートと壁を交互に見続けた後、頷く。


「やはり、これは旧ロゼリア文明で使用されたと言われる文字だな」

「なんじゃとっ⁉︎」


 後ろでノリスが耳が痛くなるほどの大声で叫び俺からノートを引ったくる。そしてノートに顔を押し付け読み始めてしまったのだ。

 俺は相変わらずだなと呆れていると苦笑しながらマーズが頭を下げてきた。


「ごめんなさいね。あの人に悪気はないのよ」

「わかっている。ただ頭のネジが外れてるだけだろう」

「ふふ、優しいわね。で、先程言ってたあれって……」

「ああ、そんなものは存在しない事になってる。そうだな」


 俺の言葉にマーズは頷く。


「だから、場合によっては皆にはこれに関しては黙っててもらう事になるかも」

「その方が良いだろう。何せ神々の歴史を否定する事になるからな」

「ええ、でも、まさか本当に存在するなんて……」

「何を言ってるんだ。中央には沢山証拠があるって噂じゃぞ。神々が恐怖し破壊したというロゼリア文明の残骸が」


 ノートを読んでいたノリスが顔を上げてこちらを見る。マーズは耳を塞ぎノリスを睨んだ。


「ノリスさん、私は余計な事は聞きたくないわ」

「忘れりゃ良いだろう。嫌ならそうやって耳を塞いどけ。それより小僧、このノートはお前さんが書いたのか?」

「ああ」

「ふむ。お前さん中央にいたのか?」

「いや、違う」

「なら、神々の恥になる行為を隠したいがためにロゼリア文明を話す事を禁忌にしたという説と、異界の門に関しての考察じゃが……」

「やめて下さい」


 マーズが慌てて俺達の間に入る。しかしノリスは不満そうにマーズを睨んだ。


「なぜ邪魔をする?」

「それ以上深入りしたらノリスさん行方不明になりますよ」

「ワシは気にせん」

「私は気にします。この隊のリーダーなんですから。それよりキリクさん」


 マーズは俺を見てくる。だから、俺は頷き口を開いた。


「間違いなく旧ロゼリア文明で使用された文字だ」

「なぜ、この文字が魔王のダンジョンにあるのですか? 今までの魔王のダンジョンにはなかったはずですよ」

「わからない。だが……」


 俺はヨトスという存在を思い浮かべる。それから、かつてこの世界で栄華を極め想像できないほどの技術力を誇っていた文明……危険視した神々によって一夜にして滅ぼされたロゼリア文明を。

 だが、すぐに溜め息を吐いた。いくら考えても無駄だからだ。散々ロゼリア文明については調べた。そして、神々の信奉者や中央の所為でほとんど情報がないのを知っている。

 だから、今は目の前の事に集中するため俺はノートを見ながら壁に浮き出ている文字を読んでいく。そして全て読むとマーズに顔を向けた。


「この文字はクリスタル状の蔦を召喚し維持する言葉が書かれている。そして、この紋様は魔力を周りから吸い出す為の役割を担っているみたいだ」


 そう説明するとマーズが不安そうに聞いてくる。


「壊せそう?」

「これを作った大元の魔法陣を壊さない限り難しい。普通ならな」

「なら手はあるのね」

「ああ。まあ、成功するかわからないが」


 俺はそう答え収納鞄から魔力を通す魔鉄でできた針と魔銀で作られた糸を取り出す。それからダンジョンの壁に針を突き刺し針と蔦を糸で繋ぐ。

 これを更にいくつも作り、そこに旧ロゼリア文明文字で魔力が逆流するように書いた魔法紙を貼り付けると口を開いた。


「しばらく様子を見る」


 そして離れた場所に座った。すぐにマーズが湯気がたっている飲み物を差し出してくる。


「あなた体調が悪そうだからこれ飲みなさい」

「……助かる」


 俺はマーズから飲み物が入ったコップを受け取ると、強い香草の香りが鼻にきた。


「香草茶よ」

「……この香り、竜草も混じってるな」

「あら、良くわかるわね。紅茶に竜草、天灯草を混ぜたのよ」

「一杯辺り金貨一枚ってところか。金は取らないでくれよ」

「ふふ、自分で採ってきたのだから大丈夫よ」


 マーズはそう言いながら俺の横に座ると同じく香草茶を飲み始める。それからしばらくして溜め息を吐いた。


「不死の住人だけじゃなく旧ロゼリア文明まで絡んでくるなんて。帰って孫の顔が見れるかしら……」

「……危険を感じたら撤退すれば良い。しんがりは情報を冒険者ギルドに伝えるというのも立派な仕事だろう」

「あなたはどうするの? 不死の住人と対話したら逃げるんでしょう」

「出来たらな」

「そう……」

「まあ、我らが勇者様が魔王だろうが不死の住人だろうが倒してくれるから心配はしてないさ」

「ふふ、優しいわね。少し元気が出たわ……」

「元気が出たならあれを見るといい」


 俺は蔦の壁を指差すとマーズは手を叩いて喜ぶ。


「蔦が萎れ始めてる。皆に声をかけてくるわね!」


 マーズはそう言うと仲間達の元に走っていってしまった。

 俺も念の為、蔦の壁を調べにいく。既に先に萎れた蔦の壁を虫眼鏡で観察していたノリスが俺に気づき声をかけてきた。


「浮き出てた文字や紋様が消えてる。要は大元が破壊されたのじゃろう。しかし、その若さで良くここまでの事ができたな」

「見た目程、俺は若くはない。それより、あんたは魔王のダンジョンにあるこれをどう考えている?」

「魔王が旧ロゼリア文明の遺産を手に入れたというのはないな」

「何故だ?」

「手に入れていたらもっと早く使ってる。おそらく誰かが最近持って来たのだろう」

「なるほど。まあ、何はともあれこれで他の蔦の壁も破壊できたはずだから、問題なくなったはずだ」


 俺は先の方も見て、他の蔦の壁も同じような状態になっているのを確認する。それから他にも罠がないか調べているとマーズがしんがりの冒険者達を引き連れてきた。


「やったわね!」

「ああ、それに他に罠はないから先に行けるぞ」

「では、進軍再開するわよ!」


 マーズの言葉に冒険者の表情は一気に引き締まる。するとその中からニヤついた表情のオルトスが現れた。


「やるじゃねえか。お前をここまで連れてきた俺も鼻が高いぜ」

「お前に高い鼻は必要ないから俺がへし折ってやるよ」

「まあ、そう言うな。それより俺達はこいつらにちんたら付き合ってる暇はないんだろ。先に進もうぜ」

「ああ、そうだな」

「てことだ。マーズ、しんがりは頼んだぜ!」

「はいはい。二人とも気をつけてね」

「おう」

「ああ」


 俺達はマーズ達に挨拶した後に走り出す。


 その後ろ姿を懐かしそうに見る人物がいた。


「あの二人を見てると、あの頃を思い出すな……。それとキリクとか言ったか……。あの小僧と話している時、まるでアレス殿、あなたと話しをしているようでしたよ」


 ノリスはそう言うと楽しそうに遠くを見つめるのだった。

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