52


 ラナルカ達がマトナを去る日がきた。俺は荷物を馬車に運ぶ手伝いをした後、庭でくつろぐラナルカ達の元へ行く。


「荷造りは終わった」

「すまないね。そんなことまでさせて」

「いや、暇だったから問題ない。それよりいつ出発する?」

「いつでも大丈夫だ。アーリエは?」

「ええ、私も……」


 アーリエは頷くがなぜか浮かない表情だった。すると、原因を知っている様子のラナルカが優しくアーリエの背中に手をまわす。


「アーリエ、ここを出るのが寂しいんだね」

「……はい。それと私達が出ていった後、このマトナがどうなってしまうのか気になってしまって……」

「おそらく解体されて各町を囲いこむ壁の材料になるだろうね」

「魔王軍の侵入を防ぐ壁ですか?」

「ああ、ちなみに他の住民が居なくなった小さな町もそうなるみたいだ。まあ、何かに使ってもらえるならここも本望だろう」


 ラナルカは周りを見まわし寂しそうに微笑む。

 

「お義父様……」

「良いんだ。私には義娘と長年側にいてくれた者達がいれば良いんだからな」


 ラナルカの言葉にアーリエと近くにいた使用人達は涙ぐむ。だが、しんみりしたムードはすぐに壊されてしまった。


「旦那様、魔物の群勢がこちらに向かっていると報告が!」

「なんだと⁉︎ おい、馬車はもう出せるか⁉︎」

「はい! もう用意はできております!」

「わかった。最後のティータイムだったのに邪魔されてしまったな。アーリエと戦闘ができない者はすぐに馬車に乗り込め! アレス殿、済まないがニールズ領を出るまで護衛を頼む」

「わかった」


 俺は頷くとラナルカ達と一緒に馬車に乗り込む。すると待っていたとばかりに馬車が走り出した。

 きっとラナルカ達が早くマトナを出れば後ろにいる者達も早く撤退できるからだろう。


 良い判断ができる御者だな


 俺はそう思いながら、馬車の外を見ているとラナルカが声をかけてきた。


「アレス殿、どうだい?」

「魔物との戦闘は回避できたはずだ。今、気配を探ったらこちらには来ていないからな」

「そうか。なら、後は南側まで何事もなく行ければ……」

「どこまで行くんだ?」

「精霊の森だよ。知っているかな?」

「エルフしか入れないのと、ネイダール大陸中にある精霊の森全てが繋がっているぐらいしか知らない」

「十分じゃないか。まあ、全てが繋がっているというのはその時々って感じだけれどね」

「どういうことだ?」

「長老次第で繋げたり外したりできるんだ」

「そんなことができるのか……」

「詳しくは長老を束ねる最長老にならないと知る事ができないみたいなんだ。ちなみに私は精霊神オベリア様の領域の一部を使ってると見てる」

「この世界に神々の領域を干渉させるのはできないんじゃないか?」

「じゃあ、アレス殿はどう考える?」

「ダンジョン核みたいなものを森に使用してると思う」


 俺がそう答えるとラナルカは感心した様子で手を打つ。


「なるほど。森をダンジョン化してるということか。確かに見た目にたいして中は広大だからね。それに魔神グレモスがダンジョンを創り出してるわけだから精霊神オベリア様ができないわけない。実に興味深い考察だ。はっはっは」


 ラナルカは俺の考えをどうやら気にいったらしい。しかし、それを気に入らない人物がいた。

 今まで同じ馬車に乗り、静かにしていたアーリエが俺達を睨んできたのだ。


「はっはっはじゃないですわ、お義父様」

「な、なんで怒っているんだいアーリエ?」

「アレスは私の護衛なんです。私の話し相手を取らないで下さい」

「す、すまない……」

「さあ、私と話しをしましょうね」

「……あ、ああ」


 アーリエのなんとも言えない圧力に俺は頷く。するとアーリエは機嫌が良くなり俺に話しかけてきた。いや、実際は質問攻めである。

 だが、仕方なく答える。昨日のような重苦しくなる内容ではなかったからだ。だが、しばらくして俺はアーリエの前に手をかざす。

 馬車の前方に沢山の気配を感じたからだ。


「馬車を止めろ。待ち伏せかもしれない」


 そう言うと、俺は走っている馬車から飛び出し馬車の前に出る。そしてもう一度気配を探り待ち伏せだと確信する。

 なぜなら、物陰に隠れている連中も見つけたからだ。


 やれやれ、こんなタイミングに。そんなに執着しているのか。


 俺は溜め息を吐きながら前方を見ていると、馬車から降りてきたラナルカが駆け寄ってきた。


「あれはニールズ王国の騎士。まさか……」

「そのまさかだ」


 俺が頷くと、遅れてやってきたアーリエが唇を噛みしめた。


「クズマ……」

「なんてバカなことを……。自分の国はどうなっても良いと思っているのか……」

「お義父様、頭がおかしい人は時にはこちらが想像できない事をやるものよ」

「だからって、あの人数を連れ出すなんて……」


 ラナルカは呆れた表情を浮かべ顔に手を当てる。だが、すぐに真剣な表情に切り替わった。


「百人はいるな。話し合いで済めばいいが……」

「いや、無理だろう。逃げられないよう周りを囲んでいるし殺気立ってる奴もいるからな」

「昨日の対応を間違えたか……」

「いや、間違いなく昨日の対応は正しかった。この数はおそらく俺の事を警戒したか調べて用意したんだろう」

「ど、どうする……。この数は流石に……」


 ラナルカがそう呟いたタイミングで向こうの馬車が止まる。そして中から下品な笑みを浮かべたクズマが降りてきたのだ。


「やあやあ、我が愛しのアーリエ。わざわざ俺様に会いにくるなんて、なんて健気なんだろうなあ。げへへへ」


 クズマの言葉にアーリエは身震いしながら睨む。


「会いになんか来ていないわよ! そもそもそっちが私達の方に来たのでしょう!」

「おやおや、そんな態度で良いのかな? 周りを見て気づかないかなーー」

「ひ、卑怯よ……」

「あれあれ、ずいぶん威勢がなくなってるじゃないか?」


 クズマは舌なめずりしながらそう言ってくるとラナルカがアーリエを背中に隠し睨んだ。


「……王太子殿下、これはどういう事ですか?」

「あーー? 見てわからないか? 俺様の婚約者を迎えに来ただけだ」

「義娘はあなたの婚約者では……」

「うるせーーよお! これが見えないのか‼︎」


 クズマは両手を広げると周りにいた騎士が一斉に馬から降り剣を抜く。それを見たラナルカも剣を抜いた。


「アーリエを守れ」


 ラナルカの言葉に護衛の騎士がアーリエを守る様に囲う。だが、それを見たクズマは大笑いした。


「ぎゃははははっ! おいおい、お前らその人数でやるのかよ。たとえそこのチビがいてもこの数は無理だぜ。なあ、アーリエ、お前が俺様のところに来れば収まるんだよ」

「う……」


 アーリエは悔しげな表情を浮かべるが、一歩足を踏み出した。すぐにラナルカが叫ぶ。


「アーリエ!」

「お父様、ごめんなさい。それとアレスも動かないで。私が行けば皆を傷つけないわね?」

「ああ、約束するぜえーー」

「わかったわ……」


 アーリエは血が出るほど唇を噛みしめた後、ゆっくりとクズマの方に歩き始めた。


「ひひひ、ものわかりが良くていいな。最初からそうすれば良かったんだ。早く来いよアーリエ、たっぷり可愛がってやるぜ」


 クズマはいやらしい目つきでアーリエに近づいていきアーリエを掴もうとする。

 しかし、クズマは違和感を感じたらしく自分の手を見る。そして手首から先がなくなっている事に気づき首を傾げた。


「あへ? なんで俺様の手がないんだ?」

「それは俺が斬り落としたからだ」


 俺はクズマの斬り落とした手首を見せる。直後、クズマの腕から大量の血が吹き出した。


「ぎゃあああああーーーー! 俺様の手がああ! 何しやがるんだああぁ‼︎」

「お前が汚い手で俺の護衛対象に触ろうとしたからだ」


 俺は手に持っていたクズマの手首を適当な場所に投げ捨てる。それからアーリエを抱き寄せるとラナルカの方に飛んで移動した。


「アーリエ!」

「お父様!」


 二人は涙を流しながら抱擁する。しかし、すぐに俺の方に心配そうな表情を向けてきた。


「アレス、ありがとう。でも、これではあなたも……」

「どうするつもりだアレス殿?」

「問題ない。それより怖い思いをさせて悪かった。今、その傷も治そう。第四神層領域より我に聖なる力を与えたまえ……ヒール」


 俺の魔法がアーリエの唇の傷を癒す。すると、それを見たクズマが叫んだ。


「き、貴様! この俺様も治せえぇぇ! 痛ええよ‼︎」

「なぜ、お前を治さなきゃいけないんだ? 自分で治せ」

「ふ、ふざけるな! 俺にできるわけないだろ! そ、そうだ! お前ら俺様を治せ‼︎」


 クズマは思い出したかのように後ろを振り向く。しかし、周りにいる騎士達は全く動かなかった。


「何黙ってんだ! い、痛えよおお……。早くしないと死んじまう」


 クズマは顔を真っ青にしながらも騎士達に詰めよっていく。すると騎士達は次々と倒れていったのだ。


「な、何でこいつら倒れてんだ?」


  突然、目の前で起きた事にクズマは痛みすら忘れて驚く。そのため俺は説明してやることにした。


「そいつらは全員、俺が気絶させておいた」

「な、なんだと⁉︎ 貴様、さっきまでそこにいたじゃないか‼︎」

「何言ってんだ? アーリエ嬢がお前の方に歩いてる時に俺は色々と動いてたぞ」


 俺がそう説明するとクズマだけじゃなく、ラナルカやアーリエも驚いた顔を向けてくる。


「アレス、あなたはあの短時間であの数を倒してしまったの⁉︎」

「ああ、隠れてる奴も含め当面は起きてこないはずだ」

「そこまでの力を持ってるの? あなたの加護は……」

「……俺の事はいいだろう。さあ、後はこいつらをどうするか決めてくれ」


 俺はクズマや倒れてる騎士達を見る。すると、ラナルカはクズマを睨みつけ剣を向けた。


「正直、ここで逃がすとまた何かしてくるだろう……」


 ラナルカは剣を向けたままクズマの方に歩きだす。


「ひ、ひーー! 助けてくれえ‼︎」


 クズマは向かってくるラナルカから必死に逃げようとする。だが、すぐにふらつき倒れてしまった。

 すると、何を思ったのか俺達の方に涙と鼻水を垂らしながら懇願するような仕草をしてきたのだ。

 もちろん、俺に助ける気はない。しかし、アーリエは違ったらしい。ラナルカの腕を掴み頭を振ったのだ。


「……お義父様、もういいわ。放っておきましょう」

「アーリエ、いいのか?」

「お義父様の手を汚い血で汚したくないの。それにどうせ精霊の森に入ってしまえば彼らは追ってこれないわ」


 そう言った後にアーリエはポケットから回復薬を取り出すと、クズマの方に投げた。


「それを飲めば止血はできます。皆さんが起きたらさっさとお帰り下さい。さあ、私達はもう行きましょう」

「ああ、そうだな。では出発しよう」


 ラナルカの言葉に俺達は頷くと馬車へと戻る。その際、俺はクズマの方に警戒する。何をするかわからないからだ。

 だが、結局、馬車が動き出しても何もしてこなかった。


「さすがに一人では来る勇気はないか」


 ラナルカがそう呟くとアーリエが反応する。


「無理だと理解してるわよ」


 アーリエはそう言いながら俺を見つめる。きっと、更にこう言いたいのだろう。勇者の加護を持っているのだからと。

 俺は顔を背けながら口を開く。


「……念の為、俺は御者台に移動して警戒する。だから、アーリエ嬢は横になっておけ。精神的にも疲れているだろうからな」

「私は大丈夫よ。それより……」


 アーリエは何か言おうとしてきたが、その前に俺は扉を開け御者台に移動する。正直、アーリエの話を聞いたら自分の考えが鈍ってしまいそうだと思ったのだ。


 全く情けない……。もう決めただろう。俺の進む道を。


 俺は俯き拳を握りしめる。だが、握りしめた後、思い出してしまったのだ。アーリエの言葉とあの花々を。

 俺はゆっくりと手のひらを広げる。すると花の香りが漂った気がしたのだ。


「皆……」


 掠れるような声で呟く。すると頭の中で声が聞こえた気がしたのだ。しかも、あいつの声で『犠牲者が出ない世の中にして欲しい』と。

 俺は口元を歪める。


 死ぬ気でやってるさ……


 だが、あいつは首を横に振った気がしたのだ。俺は溜め息を吐く。しかし、すぐに気持ちを切り替えた。

 先の方に看板が見えてきたから。どうやら、無事にニールズ領を出ることができたらしい。

 俺は御者に声をかけて止めさせる。するとラナルカ達が出てきて笑顔になった。


「これでもう安心だな」

「旦那様、良かったですね」

「ああ。これも全てはアレス殿のおかげだ。後は近くの町で腕の立つ知り合いと合流して南側の精霊の森に向かうよ。本当にありがとう」


 ラナルカ達は深く頭を下げてくるので俺は首を横に振った。


「仕事をしただけだから気にするな。では俺は戻らせてもらう」


 俺はそう言ってその場を去ろうとするとアーリエが腕を掴んできた。


「……なんだ?」

「アレス、あなた、これからどうするつもり?」

「……今まで通りやってくさ」

「加護の事も黙っているの?」

「……」

「ネイダール大陸の人々はあなたを待っているのよ」

「俺には関係ない。それに魔王軍とは誰よりも戦っているのだから問題ないだろう」

「違うわ。あなた自身がネイダール大陸の人々に加護を名乗る事に意味があるの」

「……なぜだ?」

「あなたが希望だからよ」


 俺はアーリエの言葉を聞き俯く。するとアーリエが俺の手をゆっくり握りしめた。


「本当はわかっているのでしょう? でも、許せないのよね……」

「……」

「それでもお願いよ。苦しんでいる人達には関係ないわ」


 アーリエの言葉にあいつの言葉が重なる。俺は溜め息を吐くと頷いた。


「……わかった、考えておく」


 俺はアーリエの手をゆっくりと剥がすと再び歩きだした。もうアーリエが追ってくることはなかった。

 だが、後ろの方で祈るような声が聞こえたのだ。


「勇者アレスに祝福を……」



 あれから一週間経った。俺はいつも通り冒険者ギルドで依頼を探していたが、相変わらず掲示板には魔王軍関連の依頼しかなかった。


「アレスさん、ちょっといいですか?」

「……ああ」


 俺は受付に声をかけられカウンターの方に向かう。一枚の依頼書を渡された。


「アルマー王国にある砦の一つを死守しろか」

「至急、向かってほしいんです。あそこが落とされるとアルマー王国も終わりですから」

「そして次に狙われるのはこの町か」

「そういうことなんです! 助けて下さい!」


 受付嬢はカウンターに頭が当たりそうなぐらい下げてくる。更に他の受付嬢達も俺に頭を下げてきた。

 もちろん断る理由もないので俺は頷くと、なぜか受付嬢は驚いた表情を浮かべたのだ。


「ウソ⁉︎ 絶対、断られると思っていたのに……」

「俺はそこまで冷たくない……。こういう依頼があれば気にせず俺に言え」

「えっ、あなたは本当にあのアレスさんですか?」

「ああ、そうだ」

「おかしいですね……。アレスさんはこんなに優しい方ではなかったと思うのですが……」

「仕方ない、別の冒険者ギルドに……」

「わ、わ、わーー! いつもの優しいアレスさんです‼︎」

「やれやれ。じゃあ、行ってくる」

「あっ、アレスさん」

「なんだ?」

「今のアレスさん、なんだか凄く良い雰囲気ですよ。何かあったんですか?」

「……お節介な奴にガツンとやられた」

「えっ、アレスさんボコボコにされたんですか⁉︎ 私も加わりたかったです!」

「よし、この冒険者ギルドは……」

「わー、わー、嘘ですよ! 私はむしろギルド長をボコボコにしてやりたいですからあ! アレスさん一緒にやりません?」

「……気が向いたらな」

「えっ、アレスさんにもそんなノリが……」


 口を開けて驚いてる受付嬢を残して俺はさっさと冒険者ギルドを出る。外は相変わらず沢山の人で賑わっていたが、前と違ってどこか明るく感じた。

 俺は空を見ながらアレスとアーリエの言葉を思いだす。


 ……わかったよ。すぐは無理だが、やれるだけやってみる。


 俺はそう心の中で呟いた後、ゆっくりと人混みの中に向かって歩きだした。

 それから数ヶ月後、大陸中に一人の勇者が現れたと知らせが駆けめぐり、人々の心に希望の光りが灯ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る