51


「ラナルカ男爵。後は引き受けよう」


 俺が間に入るとラナルカは安堵し、クズマは訝しげな表情で俺を見てきた。


「なんだこの小さい奴は?」

「アーリエ嬢の護衛だ」

「はっ、そんな大きさで? おい、聞いたか?」


 クズマは後ろを振り向くと騎士二人は笑みを浮かべた。


「あり得ませんね。きっと何かの余興でしょう」

「なるほど。だが、今の俺様にそんな暇はない。おい道化師! さっさとどけ!」

「言っただろう。俺はアーリエ嬢の護衛だ」


 腕を組み淡々と言うとクズマは顔を顰めた。


「……どうやら中に勘違いしたガキが入っているらしい。いや、それとも土臭いドワーフか? まあ、頭が悪いのは確かだから心の広い俺様が教えてやる。ニールズ王国の次期国王になるこの俺様がどけと言ってるんだ。死にたくなければ早くどけ」


 もちろん俺は退かず、出て行けとばかりに外を指差す。


「貴様……」


 クズマはわなわなと震え出し腰の剣に手を持っていく。だが、俺は気にせずラナルカに向きなおった。


「この領地とはもう接点は切れるんだろう?」

「あ、ああ、そうだ」

「何かこいつらに弱みを握られてるとかはないよな?」

「大丈夫だ……ってアレス殿危ない!」

「おい、無視するんじゃない!」


 後ろでクズマが武器を抜き斬りかかってきた。しかし、俺は気にせずにいるとバキッという音とともに折れた刃先が床に落ちる。


「俺様の剣が……」


 呆然とするクズマに俺は向き直る。そして剣が当たった肩付近を払いながら口を開いた。


「そんなものは効かない。それといい加減、道化師は自分だと理解してお家に帰るんだな」


 そう言って手で追い払う仕草をする。するとクズマは驚いた表情から真っ赤な顔に変わる。更には地団駄を踏みならし怒鳴ってきたのだ。


「ふ、ふざけるな! 俺様はニールズ王国王太子だぞ!」

「俺にとってはどうでもいい肩書きだ。怪我をする前にさっさと帰れ。それとアーリエ嬢はお前に興味はない」

「う、嘘を吐くな! 俺とアーリエは愛しあって……」

「そんなの嘘です‼︎」


 クズマが喋っている最中、後ろの部屋の扉が開きエルフの女性が出てくる。おそらくアーリエなのだろう。

 アーリエはそう言うとクズマを睨んだ。しかし、当のクズマはニヤけ顔になる。


「アーリエ!」


 そしてアーリエに向かっていこうとしたのだ。もちろん俺は仕事をするため、アーリエの壁になる。ついでにクズマに軽く威圧した。


「ひーー‼︎」


 クズマは恐怖の表情を浮かべ飛び上がる。そして尻餅をつき後ずさると騎士の足にしがみついた。

 それを見たアーリエは口角を上げる。


「本当に口先だけの情け無い男。そんな男を好きになんてならないわ。なのに愛しあってる?  寒気がするわ‼︎」

「な、な、な、何んだと⁉︎ この俺様が……」

「黙って! そもそも、あなたは私にしつこく付き纏って来ただけじゃない。いくら言っても理解しない! もう顔も見たくないし声も聞きたくないの! 出ていって‼︎」


 アーリエは捲し立てるように喋ると荒い息をする。しかし、その表情は言ってやったぞと満足気だった。

 それを見た屋敷の住人は堪えられなかったらしい。笑いだしてしまったのだ。だが、アーリエは不満だったらしく頬を膨らませる。


「笑い事じゃないわ」


 するとラナルカが慌ててアーリエに駆け寄る。


「す、すまないアーリエ」

「お義父様。本当に悪いと思うならどうにかして下さい。じゃないと私が魔法で解決するしかありませんよ」

「ああ、その時は私も手伝おう。もうニールズ王国に義理だてする必要はないからね。だが、その前に彼をお前の護衛として雇った。彼の働きを見てからにしないか?」


 ラナルカが俺の方を向くためアーリエも連れれて顔を向けてきた。


「この方が私の護衛……」

「護衛に雇われた冒険者のアレスだ」

「……そう。アレス、よろしく頼むわ」


 アーリエは何か言いたそうにしたがそれ以上は言って来なかった。それで顔合わせが済んだと判断したラナルカは連れの騎士に抱きつき震えるクズマに顔だけ向けた。


「さてと、王太子殿下……。もうアーリエには近づかないで頂きたい。それと今は魔王軍がニールズ領に攻めてきています。少しでもご自分の住まわれている場所に愛着があるなら考えた方がいい。まあ、私はあなたや全く対策を考えない国王の所為でこの場所に愛着などなくなりましたけどね」


 ラナルカは最後は吐き捨てる様にそう言うと、クズマは顔を真っ赤にさせ立ち上がる。


「ラ、ラナルカ! 貴様、その発言は許さん! 逆賊だぞ!」

「全く話を聞かれない方だ。私達は既にニールズ王国とは縁を切ってます。あなたの父でもある国王とも話はついてますからね。それに逆賊って……勝手にこの屋敷に不法侵入して騒いでるあなたに言われたくないんですが……。はっきり言いましょう。クズ王子はさっさと帰りなさい」

「き、貴様。この俺様に向かって! もう許さないぞ。おい、アーリエ以外こいつら全員斬れ‼︎」


 クズマは唾を飛ばしながら二人の騎士に命令する。騎士は命令にしたがいすぐに剣を抜こうと手を伸ばしたが、その前に俺が殴って気絶させた。


「な、なんでいきなり倒れたんだ?」


 クズマは倒れた騎士を見て驚いている。どうやら、俺の動きが見えなかったらしい。そんなクズマの頭を鷲掴みして軽く揺する。クズマはあっという間に白目を向き気絶した。


「全く、面倒な奴らだ」


 俺はそう呟くとクズマと二人の騎士を外に止めてある馬車に投げ入れる。そして御者を見ると空気を読んだのかすぐに走り去っていった。


「アレス殿、助かった。だが、また来るだろうな……」


 屋敷に戻るとラナルカが話しかけてきた。


「また追い返せばいい。ただ、次は喋りだす前に叩きだすがな」

「それは心強い。アレス殿よろく頼むよ」

「ああ」


 その後、俺は正式な手続きをしてアーリエの護衛を開始した。まあ、アーリエの部屋に入らず扉の近くに椅子をおいて座ってるだけだが。

 そんな簡単な護衛任務をしていると扉が開きアーリエが顔だけ出してきた。


「少しあなたと話しがしたいのだけれど良いかしら?」

「……今、必要な会話か?」

「ま、まあ、そうかも……」

「わかった」


 俺が頷くとアーリエは扉を更に開ける。


「じゃあ、部屋に入って」

「中に侍女はいるのか?」

「私一人よ」

「……なら、無理だ。未婚という自分の立場を考えた方がいい」

「別に平気でしょう。屋敷の者はあなたが私の護衛だってわかっているのよ?」

「そういう問題ではない」


 俺はそう答えるとアーリエは溜め息を吐いた。


「……あなた、なんか真面目というか重いわね。わかったわ。庭に行きましょう。それなら良いわね」


 アーリエはそう言うとさっさと歩いて行ってしまう。どうやら拒否権はないらしい。仕方なく後を着いていき森の様な庭に向かう。


「はあ、明日でここも見納めね。ねえ、アレスは森とか好き?」


 木々を眺めながらアーリエはそう聞いてくる。俺は近くの木に手を置く。


「……別に。それを話したかったのか?」

「会話のとっかかりが欲しかっただけよ。まあ、あなたには単刀直入で言った方が良いわね。あなた勇者の加護を持ってるでしょう」


 俺は思わずアーリエの方に顔を向ける。アーリエは苦笑しながら軽く手を振った。


「安心して。誰にも言わないから。それにしてもびっくりしたわ。まさか勇者の加護持ちがここに来るなんて」

「……何故わかった? 鑑定でも見れないように半年程考えて細工したんだが」

「私、見えるのよね」


 アーリエは自分の目を指差す。それで俺は思い出した。全てを見通す力があるといわれる目を。


「真理の目か……」

「そうとも言うわね。エルフの中では精霊眼って言うの。でも、流石は勇者様」

「……戦いには知識も必要だからな。それでどうするつもりだ?」

「うーん、特には。ただ、勇者が現れたのって二年前よね。なぜ今まで隠してたのかなあって。あっ、もしかして二年前に滅びてしまったオルフェリア王国に関係あるのかしら。確か勇者が生まれると神託があったのはオルフェリア王国よね?」

「……簡単な答えだ。俺に勇者を名乗る資格がないからだ」


 俺はそう言った後、顔をそらす。精霊眼から逃れる事はできないのに。するとアーリエは俺に近づき顔を覗きこんできた。


「あなたから良くないものが沢山見える。憎悪、後悔、絶望、でもね。今一番大きいのは虚無。そんなの抱えてたらいつか心を壊すわ」

「……」

「ねえ、アレス。私って本当は王女だったの」

「……王女?」

「そう、西側の端にあった小国の。二年前に滅びてしまったわ」


 アーリエの言葉に俺は俯き拳を握りしめる。


「……魔王軍か」

「ええ。ただ、半数以上の国民は逃げる事ができたの。私以外の家族は全員殺されてしまったけれど……」


 俺は思わず顔を上げる。しかし、アーリエの表情を見て驚いてしまった。なぜなら、悲しげな表情をしていると思ったのに穏やかだったからだ。


「……なんでそんな顔ができる?」


 思わず聞いてしまう。するとアーリエは微笑みながら答えてきた。


「それは、生き残った私が彼らの分まで幸せにならなければいけないからよ」

「……幸せ?」

「そうよ。あなたは亡くなった皆に苦しんで不幸になれって言われた? 逆にあなたが死んだ場合、生き残った人に苦しんで不幸になれって言う?」

「……」

「多分、あなたは私なんかより大変な思いをしたのかもしれない。けれど、自分を卑下したり悪い方向に考えたりするのは亡くなった人達に対しての冒涜にしかならないわよ」

「……冒涜」


 アーリエの言葉は俺の心に突き刺さってくる。きっと頭の中で納得してしまっているのだろう。


 だが、それでも……


 俺は拳を握りしめる。するとアーリエが庭に咲いてる花をいくつか摘み、俺の手を広げてのせてきたのだ。

 俺はその花を見るとアーリエが言ってきた。


「アーリエの花は希望、ミラの花は再生、ポメラの花は勇気、サリエラの花は慈愛。この花達にはもう一つ花言葉があるの。あなたが幸せになりますようによ。はい、あなたにあげるわ。これで少しは負の部分が消えれば良いわね」

「……」

「さあ、私の話しはお終い。戻りましょう」

「……わかった」


 その後、会話する事なく屋敷に戻るとアーリエは部屋に戻り、俺は部屋の前に置いてある椅子に座った。


「ふう……」


 俺は大きく息を吐く。正直、アーリエとの会話は戦いよりも疲れを感じてしまったから。だが、すぐに落ち着いてくる。

 きっと花の香りのおかげだろう。しかし、俺はすぐに眉間に皺を寄せた。アーリエとの会話を思い出したからだ。


「……冒涜。だが、すぐに考えを変えるなんて無理だろう……」


 何せ俺の心は壊れ始めているから。だから、俺は手のひらの上にある花を握りつぶす。今の俺の考えとは真逆だから。


「すまない、皆。向こうに行ったらいくらでも責めてくれ」

 

 俺はそう呟くと魔法で握り潰した花を燃やすのだった。

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