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「驚きましたよ。キリクさん、あなたこれがわかるんですか?」

「……かじった程度だがな」

「いやいや、加護無しでこれがわかるのは相当でしょう。あなた知識に関しては錬金術の中でも上級レベルはあるんじゃないですか? いやあ、廃れた錬金術を私以外にも学ばれてる方がいるなんてこんなに嬉しい気持ちになったのは久々ですよ!」


 タクロムは上機嫌にそう言って手を広げる。だが、俺は剣先を向けながらにじり寄っていくとタクロムは残念そうに頭を振った。


「……あなたとは色々と話をしたかったのですがねえ。まあ、またの機会に……」


 タクロムは素早く後ろに飛び、持っていたデモン・セルを投げてくる。俺はすぐさまデモン・セルに斬りかかったが一歩足りなかった。

 地面に落ちたデモン・セルは赤く光り、梟頭に熊の姿をした魔物が現れたのだ。しかも、邪魔するように俺とタクロムの間に立つ。


「この子に私が逃げる時間を稼いでもらいましょう」


 タクロムはそう言うと踵を返し走り出す。もちろん、俺は視線でしかタクロムを追えなかった。


「やれやれ」


 仕方なく俺は邪魔してきた相手に剣先を向ける。

 アウルベア。ミスリル級の強さを持つデカくて知性のない凶暴な魔物。だが、目の前のアウルベアは飼い慣らされてるのか俺に襲いかかることなく主人の逃げる時間を稼いでいるような動きをする。

 だからこそ、勝機を見た俺は力のアミュレットを発動させる。一気にカタをつけるためだ。案の定、アウルベアの動きは精細さをかいており俺はすぐにその首を斬り落とすことに成功した。


「どうやら飼い慣らす魔物を間違えたようだな。そもそもアウルベアはその凶暴さと野性の本能でくる攻撃が怖いんだからな。だが……」


 俺はタクロムが先ほどまでいた場所を見る。


「立派に仕事をしたということか」


 俺は仕方なくタクロムを追うのは諦め、来た道を引き返す。この感じだとブレドが向かった先でも何かあるだろうと思ったからだ。

 そして読みは当たった。地下水路が滅茶苦茶になっていからだ。


「壁に天井がヒビだらけだな。どんな敵と戦ったんだ?」


 ブレド達と合流した俺は壁を見ながら質問する。途端に皆は俯き、中心にいたブレドが残念そうな表情で答えてきた。


「ハイ・グールにされたボナル達だ。数が多くて大変だった」

「そうか。だが、倒した方が彼らにとっては弔いにはなるだろう。それで闇人はいなかったのか?」

「残念ながら……。そっちはどうだった?」

「捕まえられなかったがギネルバ商会のタクロムがいた」


 俺はタクロムとした会話をブレド達に話す。するとベアードが腕を組み険しい表情をした。


「王都スノールを出て行くって言葉は信じられねえ。闇人だってまだこの辺にいるわけだしな」

「私も同じだ。だからベアード。今日から王都の警戒度は上げておけ」

「わかった」

「それとフォウは城内にいる連中が操られていないか今から調べてくれ」

「わかりましたあ」

「それとキリク。魔物を携帯できるデモン・セルという魔導具だが量産できるのか?」

「魔物を揃えたり材料費はかなりかかるが、錬金術師の加護を持つなら可能だ。まあ、デモン・セルを作れる知識ど技量があるのはおそらくタクロムぐらいだろうが……」

「それでも脅威だぞ。奴は闇人と通じてるんだ。もし大量に作られたものをスノール王国内で使われたら……」


 ブレドは俺を見てくるため頷く。


「ああ、かなりまずい」

「クソッ。これは緊急に対策を練らなければならない。しかし奴らはこの王都スノールに来て何をしようとしてるんだ?」

「それなら、わかる」


 俺はマルー達と出会ってから冒険者ギルドまで送り届けた話をする。ブレドは驚いた表情を浮かべた後、すぐに俺を咎めるような目で見てきた。


「なぜ、鍛治師の件の時に話してくれなかったんだ?」

「決まっているだろう。スノール王国側が闇人や死霊術師と通じてる可能性だってあったんだからな」


 俺は肩をすくめるとブレドは何も言えずに俯いてしまう。きっとあの日の事を思い出したのかもしれない。

 そんなブレドにどう声をかけるべきか迷っているとベアードとフォウの会話が聞こえてきた。


「キリクって国王の大事な秘密でも握ってんのか?」

「あれだけ言われて国王も怒らないぐらいですからただの冒険者ではないんでしょう。ただ、もうちょっときつく言って欲しいものですよお。がつんとへこむぐらいねえ」

「ああ、良いお灸になるしな」


 二人はその後もブレドの文句を言う。するとブレドは勢いよく顔を上げ二人を睨んだ。


「おい、今の私を見ていたろう! 相当へこんでいただろうが! そもそも、お前達は主の心配を少しはしろ!」

「心配してるよな。ほんの少し」

「ええ」


 二人は顔を見合わせ肩をすくめる。


「くっ……。もういい」


 ブレドは溜め息を吐くと俺に片眼鏡を投げてくる。俺はそれを受け取り理解したと無言で頷くとブレドが肩を叩いてきた。


「キリク……。ご苦労だったな。明日は謁見の間に来てくれ。今回の件の報酬を出す。それと、もうここは何も出ないだろう。だから、後は私達に任せてくれ」

「わかった」


 俺は頷くと屋敷を出て宿の方へと向かう。だが、しばらくして立ち止まった。タクロムという商人はどうやって闇人と繋がったのだろうかと疑問に思ったからだ。

 その時だった。ちょうど話を聞くのにいい相手を見つけたのだ。


「ナディア」


 酒場に入ろうとしているナディアに声をかけると手を振って駆け寄ってきた。


「キリクさんどうだったの?」

「色々あった。それでタクロムという商人について聞きたいんだが時間はあるか?」

「あるわ。ただタクロムについてなら酒場にいる仲間の方がもっと詳しい情報を知ってるわよ」

「それなら彼らからも話を聞きたい」

「任せて。まあ、もちろんあることはしてもらうわよ」


 ナディアはニヤッと笑い俺の腕を掴む。正直、嫌な予感がしたが仕方なく俺は一緒に酒場に入る。案の定、想像通りのことをされてしまった。


「乾杯」


 ナディアと仲間の商人達はエールが入ったでかいコップをぶつけ合い一気飲みする。そして、テーブルの上にある大量の料理に手をつけた。もちろん全て俺の奢りだ。


「やれやれ」

「情報代よキリクさん」


 そう言いながらナディアは笑う。仕方なく俺は降参のポーズをとっていると商人の一人が声をかけてきた。


「ボナル伯爵のところが騒しくなってるみたいですね。もしかしてギネルバ商会が関係しているんですか? それとも……闇人になりかけてる元冒険者ですかね?」


 商人は笑みを浮かべてコインで遊び出す。誰かから情報を買ったということだろう。俺は呆れながら頷くと、途端に皆は真顔になり顔を寄せ合った。


「そうなると、この町にもう闇人が入っているということか……。明日からうちの店の警備を増やした方が良いな」

「はあ、うちの店はボナル伯爵の屋敷から近いから当分閉めた方が良いな。いや、隣りの小国にしばらく逃げるか……」

「ファレス商会は在庫を色々な国や町に持ってるから羨ましいよ」

「まあ、その分運ぶのが大変なんだけどね」

「しかし、闇人もそうだけどギネルバ商会のタクロムにも気をつけないとね。なんせ、あいつの情報が途切れちゃったからなあ」

「タクロムか……。なんかその人って本当に本人なのかな? 僕が知ってる奴とはちょっと違う感じがするんだけど……」

「違う? どういう感じに違うんだ?」


 突然、彼らの会話に割り込んだので皆は驚くが、マリィに教えてもらったタクロムの話しをすると何人かは神妙な顔になった。


「確かにその話しの通りクズの悪人ではあるけど、魔族関連に関わるほどの度胸はないはずなんだけどな」

「ああ、人に対してはどこまでも強く出れるけど、魔物はからっきしっていうからな。そういえばあいつビッグラッドに遭遇しただけで失禁して気絶したって聞いたぞ」


 それから皆の知っているタクロムの話しを聞いたが、俺が会ったタクロムとはずいぶん印象が違っていた。


 間違いなく俺が会ったのは別人だな……


 俺はエールを一口飲んだ後、溜め息を吐く。ここまで色々とありすぎると西側に行きずらくなったからだ。するとナディアがニヤニヤしながら肩を叩いてきた。


「キリクさん、そんな辛気臭い顔はしちゃだめよ。そうだ私が元気付けてあげるわね」


 ナディアはそう言うと、派手な格好をした男の吟遊詩人を手招きして呼び寄せる。もちろん俺は顔を顰めた。

 ダシに使われただけだと理解したからだ。案の定、もう俺は蚊帳の外でナディアは商人達と一緒に吟遊詩人にリクエストをする歌を相談しあっていた。

 仕方なく俺はホットエールをちびちび飲んでいると商人の声が聞こえてくる。


「たまにはオルトスの酒浸り生活にします?」

「いきなり、あれはきついよ。ブレド国王の奥様は恐妻家はどうかな?」

「私は見た! 勇者アレスの○○はどうでしょう?」


 商人達は真剣な表情で話あう。そんな彼らを呆れながら見ていると、途中から話に入らずに黙っていたナディアが口を開いた。


「まずは勇者アレスの英雄譚じゃないかしら? 酒場の皆だって聴きたいはずよ」


 すると商人達は周りを見回した後、納得した表情になった。


「確かに酒場は冒険者だらけだしね」

「間違いなく好きだろうね」

「ああ、嫌いな奴いないだろう」

「では勇者アレスの英雄譚だね」

「決定ね……」


 ナディアは口角を上げる。その瞬間、俺は理解する。途中から黙っていたのは皆を納得させるタイミングを狙っていたのだと。


 全く、気が抜けないな。


 俺は溜め息を吐いていると耳元で不穏な言葉が聞こえてきた。


「ふふ、もっと信者を増やさなきゃ」


 俺は多めにお金を置くとすぐさま立ち上がった。正直、面倒なことになりそうだったから。だが逃がさないとばかりにナディアは勢いよく顔を向けてくる。


「キリクさんどこへ?」

「……明日、城に行かないといけないから俺はもう帰る」


 視線を合わせずにそう答えるとナディアは俯いた。


「……残念だわ」


 そして小さく舌打ちしたのだ。一応、冷静な考えはできるらしい。俺はホッとしながらも急いでその場を離れる。

 まだ何か仕掛けてくるかもと思ったからだ。だが、何事もなく酒場を出ることができた。


「助かった……」


 俺は溜め息を吐きながら歩き出す。しかし、途中で立ち止まると遠くに聳え立つ城を見つめた。

 心なしか城の方が騒しく感じたからだ。いや、きっとボラルの件で間違いなく忙しくしているのだろう。

 しかも、明日はマルーが来る。どう保護するか話し合われるだろう。


 なるべくなら、問題が解決するまでミナスティリアの側に置くのがいいんだろうが……


 きっと難しいだろうと思ってしまう。ミナスティリア達も忙しいからだ。

 だから、考えてしまうのだ。マルーの為にしばらく残るべきかを。


 だが、残った所為で西側に人造魔王が生まれてしまったら……


 俺は自分の両手を見つめ思い出す。この手からこぼれ落ちていった沢山の命を。だが、同時にマルーの泣きそうな顔も思い出してしまう。


「全く、どうすればいいんだ……」


 俺はそう呟くがもちろんその言葉に答えてくれるものは誰一人いないのだった。

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