30


シャルルside


 後ろを振り向くとネドの町の明かりが見えた。おそらく彼らには明日の朝まで部屋にいると思われているだろう。

 若干の罪悪感はあるが仕方ない。私達がいることで彼らに迷惑がかかる可能性もあるからだ。


 だからこれで良かったのよ。


 そう思いながら隣りで静かにしているマルーに視線を向ける。


「この先に目的地のスノール王国の王都があるから、そこに着いたらゆっくり休みましょう」


 マルーはすぐに頷いてくる。けれど、しばらくして顔を向けてきた。


「……ねえ、あのファレス商会の人達って良い人そうだったよ。相談しなかったのはぼくがいたから?」


 そして俯いてしまったのだ。だから、私はマルーの頭を撫でながら首を横に振る。


「ネドを出たのは彼らに迷惑をかけたくなかったからよ。きっと追っ手はまだ来るから今まで通り二人で行動した方が良いでしょう?」

「……確かに迷惑はかけれないね」

「そうよ。それに王都さえ行けば安全なんだからもう少しじゃない。それとも、まだあの冒険者の事が気になるの?」


 するとマルーは勢いよく顔を上げる。


「ち、違うよ!」

「でも、あなた馬車でじろじろ見てたでしょ。あ、もしかして⁉︎」

「だから違う! なんだか不思議な雰囲気を感じたから気になっただけ!」

「ふーん。そういう事にしてあげるわ」

「も、もう! からかわないでよ!」


 マルーは頬を膨らませ何度も叩いてくる。正直、全然痛くない。でも、私はすぐにマルーの手を掴むとやめさせた。突然、声が聞こえたからだ。


「そうですよおぉーー。からかっちゃああああ駄目じゃあああああーりませーーんかあぁああ」

「誰⁉︎」


 マルーを体で隠しながら声が聞こえた方を向く。思わず驚いてしまった。死霊術師だと思っていたのにかけ離れた姿……赤い風船の紐に掴まり樽のような体型をした道化師の男が浮いていたからだ。


「……なんで道化師?」


 すると道化師の男は月明かりに照らされながら赤く塗った口を歪めたのだ。私は後ずさってしまう。昔見て泣いた怖い劇、人喰い道化師を思い出したから。

 でも、すぐ頭を振りマルーを抱え全力で来た道を走りだす。間違いなくあの道化師は敵。そして強いと判断したから。

 だからレドまで逃げるのが最善の手だと判断したのだ。レドが危険になるのはわかっていても。


 だってマルーが向こうの手に渡ってしまったら全てが終わるから。


 私は無理矢理納得しながら走る。しかし、しばらくして立ち止まる。もう行けないと悟ったから。距離を離せたと思っていた道化師がいつの間にか先の道に立っていたからだ。


「くっ、なんて速さなの!」

「わたしから逃げようなんてだめだめですよぉーー! ということで追いかけっ子はおわーーり」


 そう言うと道化師は私達に向かっておどけてきたのだ。

 正直、ゾッとしてしまった。死霊術師の不気味さを何度も見てきたのに目の前の道化師からは更に突き抜けたものを感じたから。

 だが、それと同時に疑問も生まれる。この道化師は何者なのかと。そして気づいてしまった。


「この闇の力……闇人なの?」


 道化師は大袈裟に拍手してくる。


「おおおぉおおーーーーめでとうございまーーすうぅ。正解ですよ! 凄い凄いすごーーい‼︎」

「……そう、死霊術師達じゃ役に立たないから、あなたみたいな危ない仲間が出てきたって事ね」

「はて? 仲間? 仲間ってなんでしょーーね? それ、食べれます?」


 そして口が裂けるほど満面の笑みを向けてきたのだ。ただ、マルーの怯える姿に気づくと同じように怯える仕草をする。まるで自分こそ被害者であるとばかりに。思わず睨んでしまう。


「ふざけるな!」


 すると道化師は真顔になり頭を下げてきた。


「はい、すみません! ちゃんと仕事しまあーーす。回収回収かいしゅうぅううう」


 そしてどこらともなく複数のボールを出し、ジャグリングしながらこちらに向かってきたのだ。私はマルーから離れ剣を抜く。


「第三神層領域より我に炎の力を与えたまえ……エンチャント・ファイア!」


 すると持っていた剣が炎を纏う。魔法剣士の加護を持つ私の得意な魔法の一つ、剣に火魔法を付与させたのだ。これで少しはこちらに引きつけられる。

 何せ闇人は興味が引きつけられると目的を忘れる場合があると本に書いてあったから。そして、それは当たっていたらしい。ただし想像と違うことをしてきたが。


「わーおー! 明るくなりましたねーー! 暗くてボールを落としてしまわないか心配だったんでぇーーすよ。これで落としても探せますう!」


 思わず溜め息を吐く。でも、目的は達成したのでこのまま話を合わせることにした。


「……それなら、もっと見やすいようにあなたも燃やしてあげる」

「うわあ、怖い怖いこわーいぃ……のかな?」


 道化師はジャグリングをしながら首を傾げる。その際に視線を私から外すのを見逃さなかった。一気に踏み込み道化師に剣を振り下ろす。確実にやれた。そう思ったのだが道化師は既にそこにいなかった。

 しかも剣の軌道にはボールが一つあり斬った直後、弾けて爆発したのだ。


「うわぁ」


 私は爆風で吹き飛ばされる。でも、思っていたよりダメージが少なくすぐに体勢を立て直すことができた。すると道化師は驚いた表情をしてくる。


「あれれれぇ?」


 しかしすぐに手を打つと笑みを浮かべる。そして言ってきたのだ。


「ああ、そういえばあぁあ。殺さない様に力を抑えていたんでしたあーー! でも、あなたは殺しても良かったんでしたねぇ」


 私は剣を構え走り出す。


「なら、こちらも同じことをしてあげるわ!」


 そして道化師に斬りかかる。しかし、道化師はいとも容易く攻撃をかわし、こちらに隙が出来ると体当たりしてきたのだ。


「死んでくださーーい!」

「くっ」


 咄嗟に剣を盾にする。そして衝撃に備えた。だが当たる寸前どこからか矢が飛んできて道化師の尻に刺さったのだ。


「ぐぎゃあーー!」


 道化師は尻を押さえながら飛び跳ねる。私はそんな道化師から目を離す。そして驚いてしまった。

 なぜなら月夜に照らされたキリクという冒険者が立っていたから。



 俺は驚いた顔を向けてくるシャルルに声をかける。


「大丈夫か?」

「え、ええ。危なかったけれど、あなたのおかげで助かったわ。それより、あいつ闇人よ。気をつけて」


 シャルルの言葉に尻に矢が刺さった状態のまま痛みで飛び跳ねてる道化師に視線を向ける。


「確かに闇の力を感じるな」


 それならばと特製の煙玉を取り出し、道化師の足元に投げつけた。すぐに白い煙が上がり道化師が苦しそうに喉をかきむしりだす。


「ぎゃあああぁーー! 苦しーーい‼︎」

「対魔族用に作った煙玉だ。闇人のお前にも十分効くだろう」

「ふ、不意打ちなんて卑怯でーーすよ!」

「悪かったな。次は正々堂々と戦ってやる」


 そう言って剣先を向けると道化師は慌てて沢山のボールを投げつけてきた。シャルルが叫んでくる。


「あれは当たると爆発するから気をつけて!」

「ちっ」


 俺はすぐさまボールを避け再び剣を構える。しかし溜め息を吐くと剣を鞘にしまった。もう道化師は空高く舞い上がってしまったからだ。

 要は逃げてられてしまったのだ。


 いや、助かっただけかもしれないな。


 道化師からたまに漏れる殺意を思いだしているとシャルルが頭を下げてきた。


「あらためて礼を言うわ。ありがとう」

「気にするな。それより急いだ方がいい」


 ネドに視線を向けるとシャルルは頷きマルーを抱えながら走りだした。なので俺も後から続いたのだが走っている最中に考えてしまったのだ。

 このままネドに戻ればナディア達と合流できると。しかし、その考えはネドに入ってからすぐ捨てた。

 だからネドに着くとナディア達が泊まる宿とはかなり離れたところにしたのだ。

 まあ、シャルルはそれを疑問に感じたらしく宿に入ると顔を向けてきたが。俺は肩をすくめる。


「わざわざ、あいつらを巻き込む必要はない。それにまた狙われるなら少ない人数で移動した方が良いだろう」


 シャルルはすぐに納得した表情を浮かべる。


「確かにそうね。でも、あなたは良かったの?」

「死霊術師に魔族が絡んでるなら見過ごせない。今回の件、王都スノールの冒険者ギルドに報告するからな」


 視線を向けるとシャルルは怪訝な表情を浮かべる。


「……なぜ、ここの冒険者ギルドじゃないの?」

「ネドに着いた時、複数の視線に気づいたか?」

「……ええ。でもガラが悪い連中でしょう?」

「明らかに一部から異質な視線を感じた」

「まさか、ここにも敵がいるって事⁉︎」

「わからない。なので明るくなる前にここを発つ」

「だから王都スノールの冒険者ギルドなのね。良かった。実をいうと私達が行くのもその場所なの」

「信頼できる知り合いに会うためにか」

「そう」


 シャルルは嬉しそうな表情をする。よほどの人物なのだろう。マルーの秘密を話せるぐらい。


「わかった。では、後は俺が見張りをしておくから休んでおくといい。明日は一日中お前がマルーを守るんだからな」

「わかったわ。お言葉に甘えて休ませてもらうわね」


 そう言うとシャルルは既に眠っているマルーの隣で横になる。ものの数分もしないうちに寝息が聞こえてきた。きっと緊張と戦い続きで疲れていたのだろう。

 俺は目を細めると窓際に椅子を持っていく。念のため、外を見ておこうと思ったのだ。

 しかし、しばらくして視線をマルーに向ける。気になったからだ。死霊術師と闇人から狙われる存在を。両方から狙われるなんてよほどのことである。


 いや、魔王が関係しているなら指示している連中は同じかもな。


 そう考えると想像以上にまずいことが起きているのかもしれない。そう思ってしまうのだ。


「やれやれ……」


 俺は深く溜め息を吐く。それから、二人が起きるまで外の監視を続けるのだった。

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