手配される元勇者
31
見張りを続け空が少しだけ明るくなった頃、シャルルが起き出してきた。
「どうやら襲撃はなかったみたいね」
「ああ。だが、なるべく早くネドから出た方がいい」
「確かにそうね」
シャルルは頷くとマルーを揺する。すぐにマルーは上半身を起こし背伸びを始めた。
「はーーあっ、シャルルおはよう。まだ外は暗いんだね」
「うん、今のうちにネドを出た方がいいってキリクがね」
「キリク? あっ……」
マルーは俺の存在を思いだすとすぐに俯いてしまった。まるで顔を見られたくないとばかりに。だから気づかないふりをして収納鞄に手を入れる。
そして食べれるものを取り出しテーブルに置いたのだ。二人はすぐに駆け寄ってくる。
「食事⁉︎」
「たいしたものじゃないがな」
「全然、豪華な食事よ!」
「うんうん」
「なら、全部食べておけ。俺は見張り中に食べ過ぎたからな」
「あ、ありがとう」
二人は頭を下げる。それから朝だと言うのに勢いよく食べ始めたのだ。今まで摂っていなかった量を取り戻すように。きっと死霊術師に追われて今までまともに食べれなかったのだろう。
いや、もしかしたらほとんど食事をしていなかったのかもな。
食事風景を見てそう思っていると、あっという間に二人は食事を終わらせ立ち上がった。いつでも行けるという表情で。俺は内心苦笑しながら頷く。
「行こう」
そしてまだ日が昇らない暗いうちに宿を出発したのだ。
「キリク、レドを出たらどうするの?」
「森の中を通り抜けながら王都に向かう」
「なるほど。それなら死霊術師に見つかりにくいものね」
「それに闇人にもな」
「次に会ったらどうしよう……」
「なんとかするさ。それよりもネドを出る前に問題が起きそうだ」
そう言って二人の前に手をかざす。立ち塞がる者が現れたから。
「おい、こいつらそうじゃねえか?」
一人の冒険者が俺達を指差す。仲間が持っていた紙と俺達を交互に見て頷いてきた。
「間違いないよ」
「当たりか。おい、おとなしく投降しろ。じゃないと痛い目を見るぜ」
「はっ、投降って何よ?」
シャルルが問いかけると冒険者の一人が紙を丸めて投げてくる。そして拾って見てみろと言わんばかりに投げた紙に視線を向けたのだ。シャルルは警戒しながら拾う。すぐに驚いた表情を向けてきた。
「なんで私とキリクの手配書が出てるの? だって昨日会ったばかりでしょう……」
俺は冒険者達に視線を向ける。
「誰がその手配書を頼んだ?」
しかし、冒険者は問いには答えず剣を抜く。そして一斉にマルーに向けたのだ。シャルルが慌ててマルーの前に出る。
「ち、ちょっと待ってよ!」
「うるさい。魔族をかばうなんて何を考えているんだ!」
「だ、だからその……」
シャルルは言っている途中で黙ってしまった。冒険者が俺を睨んでくる。お前は何か言うことはあるのかと。
しかし俺はシャルルだけに聞こえる声で喋った。
「目を瞑ってマルーを抱えろ。そして俺があることをしたら後ろを向いて全力で走れ」
そしてシャルルが返事をする前にもう一歩踏み出したのだ。すぐに冒険者の一人が剣先を向けてきた。
「それ以上近づくな! 斬られたいのか⁉︎」
「もちろん斬られたくはないな」
肩をすくめると冒険者達全員の視線が俺に向く。もちろん敵意の視線である。まあ、俺にとってはどんな視線でも良かった。皆に注目されないといけないから。効果が十分に効かないからだ。
そんなことを知るよしもない冒険者達は更に睨みつけてくる。だから頃合いとばかりに閃光弾を取り出すと地面に叩きつけたのだ。
「なっ⁉︎」
「目がっ! 目がああぁーー‼︎」
辺りが眩しく輝く。直後シャルルがマルーを抱き上げ走りだした。もちろん俺も後を追う。隠れられる場所を探しながら。
そして、良い空き家を見つけると立ち止まりシャルルに声をかけた。
「あの空き家に入るぞ」
シャルルは無言で頷き中に入っていく。俺も後に続くと大きく息を吐いた。
「どうやら撒けたらしいな」
「よかった……」
シャルルはマルーをおろし座り込む。しかし、すぐに顔を向けてきた。
「ファレス商会の仕業じゃないの?」
「いや違う」
「根拠は?」
「まず、ファレス商会はシャルル達のことを知らないに等しい。それに俺は一応ナディアにとって命の恩人だ。だからあり得ない」
「なるほど。それなら信じるわ。私達にとってもあなたは命の恩人だから。ね、マルー」
しかしマルーは黙ったまま立ち上がる。そしてしばらくするとフードを弄りながら言ってきたのだ。
「……どうして? なんで? あの人達、魔族って言ってたよ」
「そういえば言っていたな」
「そうだよ。ぼく魔族なんだよ」
「そうか。なら黒魔法はできるよな?」
「……えっ」
マルーは黙ってしまうため、俺はもう一度質問した。
「マルー、黒魔法は使えるのか?」
「……つ、使える。いや、そうじゃないよ! ぼく魔族だよって言ってるの!」
「ああ、聞いた。それで黒魔法が使えるならネドを出るために使ってもらいたいんだ」
するとマルーは身体を震わせる。そして大声で叫んできたのだ。
「魔族! 魔族なの! ぼく魔族‼︎」
「声がでかいぞ。シャルル、こいつを静かにさせろ」
しかしシャルルはなぜか腹を押さえて笑い出してしまった。
「ぷはっ、だめ。もうだめ。ははははっ!」
「おい……」
「ははっ! はあ……ごめんごめん。だって二人のやりとりがあまりにもおかしかったから」
「別におかしくないだろう」
「いやいや、おかしいって。ねえマルー」
しかしマルーは答えずに後ろを向き座りこんでしまった。シャルルが苦笑しながら隣に座る。
「あなたの負けね」
「べ、別にぼく勝負なんてしてないよ!」
「したわよ。そして見事に負けたの。ただ、私が予想してた斜め上の事をキリクは言ってきたけどね。私的には魔族だろうが気にしないぞ、大好きマルーぐらいしか言ってこないと思ったのにね……ぷっ!」
「シャルル!」
マルーは勢いよく立ち上がりシャルルを叩く。しかし、シャルルも笑いながらマルーを叩き返した。もちろん二人とも本気ではない。ただし、シャルルの方が力が強かったが。
だから次第にマルーは痛がりだし遂には俺の後ろに隠れてしまったのだ。
「あ、逃げるなんて酷いじゃない」
「シャルルが馬鹿力なんだよ!」
「マルーが元気になる様に力を入れてあげたのよ。だから、元気になったでしょ?」
「うっ……」
「それと、キリクに見せてあげたら?」
シャルルに言われマルーはゆっくりとフードを下ろす。紫の長い髪に白い肌、そして額から伸びた長い角を持った少女が現れる。俺は目を細めた。
「肌が白い……。ハーフか?」
「違うよ。ぼくみたいなのは先祖がえりって言うんだって」
「ちなみにマルーの家族は一人を除いて人族と変わらないわ。私も親族だから」
「なるほど。先祖がえり……覚醒遺伝で生まれてきたのか。なら、魔族じゃなくてハーフに近い魔人じゃないか」
すると二人は顔を見合わせる。
「え、魔人って何?」
「私も初めて聞く。皆マルーの事は魔族って言ってたから」
「それは仕方ない。魔人はこの大陸では数が少ない。だから知らない者の方が多いんだ。ちなみに魔人は魔族と人、両方の力を持っている。マルーは加護があるだろう?」
「うん。治療師の加護を持ってるよ」
「ほお、治療魔法に万能な黒魔法か。優秀すぎる人材だな」
「ほ、本当?」
俺の言葉にマルーは嬉しそうな表情をする。しかし、すぐに俯き自分の髪を弄り始めた。きっと見た目で色々言われたのだろう。俺はマルーの頭に手を置き口を開く。
「まあ、そのフード付きマントの魔導具以外にも沢山姿を隠す方法はある。ものによっては顔を隠す必要だってなくなるからな。それに最悪、俺が安全な場所に連れて行ってやる。だから色々と将来の事は考えておけ」
「将来の事、考えて良いのかな……」
「当たり前だ。だが、まずは今の状況をどうにかしないとな。そのためにはなぜ死霊術師と魔族に狙われているのか教えてくれ」
視線を向けるとシャルルは頷き口を開いた。
「私達、レオスハルト王国領南東にある小さな田舎街出身なの。そこで平和に暮らしていたのだけれど、数ヶ月前に死霊術師達が襲ってきて先祖帰りしてた伯父とマルーを連れさってしまったのよ。それで戦える私は死霊術師達の後を追ってマルーだけは取り戻す事はできたのだけれど……」
「マルーだけしか助けられなかったと」
「ええ、伯父はレクタルで不死の領域に繋がる門を開くための生贄にされてしまったから……」
「なるほど、魔人が領域を開く鍵だったか。そうなると死霊術師は今だにマルーを使ってどこかで門を開こうとしてるのか」
「そうなるわね」
「じゃあ、道化師の闇人はなぜ二人を狙った?」
「あれも死霊術師の仲間でしょう。それとも違うっていうの?」
シャルルの問いに俺は肩をすくめる。
「可能性はあるが闇人と死霊術師は基本仲が悪い。それどころか闇人は死霊術師をゴミ程度にしか見てないからな」
「じゃあ、仲間じゃない可能性もあると……」
「ありえる」
「そうなると敵は一つじゃないってことね。でも、基本的にやることは変わりないわよ」
シャルルはマルーを見る。要はマルーを守るということだろう。だから俺はそれでいいと頷く。それからマルーに顔を向けた。
「マルー、話を戻すが幻惑系の黒魔法は使えるか?」
「恐怖と沈黙なら。範囲は狭いけれど……」
「武器付与はできるか?」
「うん、できる。でも戦いなんかしたことないよ……」
「問題ない。武器付与をしてくれればな」
「それなら……」
マルーは頷いたので今度はシャルルに顔を向ける。
「では町の外に出よう」
「動くなら夜の方が良いんじゃないの?」
「夜だとあの道化師が回復して現れるかもしれない。それなら人と戦った方が楽だからな。まあ、それに上手くいけばあまり戦闘をしなくても町の外には出れる」
そう言って小袋を取り出し部屋に投げる。シャルルが不思議そうに眺めてきた。
「それは何?」
「ある程度、時間が経つと大きな音と煙が出る簡易魔導具だ。これを至る所に投げて町を混乱させる。それじゃあ二人共出るぞ」
「わかったわ」
「うん」
俺達は頷くと空き家を飛び出す。そして人気のない通路を通りながら町の外に向かっていった。
「どうする?」
大通りに出るとシャルルが不安気な顔を向けてきた。冒険者がいたからだ。しかも手配書を持って。
だが、俺は心配するなとばかりに親指で後ろを指す。空き家の方向から大きな音と煙りが上がったからだ。早速、冒険者達が反応する。
「なんだ?」
「まさか手配書の連中が……」
「おい、行くぞ!」
そして我先にと空き家の方に走っていったのだ。
上手くいったな。
周りに冒険者がいなくなったのを確認すると再び移動を再開する。すぐに別の仕掛けが起動し、大きな音と煙りが上がった。
「順調ね。これなら行けるんじゃない」
「いや、もう罠と気づいた連中もいるかもしれない」
「それなら、あの壁を登った方が楽じゃない?」
シャルルはネドの町を囲う大人の背ぐらいある壁を指差す。俺は首を横に振った。
「あの壁には警報が鳴る魔導具が組み込まれているかもしれないからな」
「えっ、そうだったの? だから、すぐ捕まったのね……」
「なんだ、お前やった事あるのか?」
「子供の頃に一回だけ。あの時の衛兵長の拳骨は死ぬかと思ったわ」
「本来なら独房行きだ。拳骨だけで済んだんだから衛兵長に感謝しろよ」
「そうだったのね……」
「シャルルは今もお転婆だからね。ぼく見てて心配になるよ」
「あ、酷いわね。ねえ、キリク、マルーってねえ、今だに夜……」
「わあ! わあ!」
マルーは声を上げながらシャルルの口を塞ごうと飛び跳ねる。おかげで入り口近くまで来たのに周りからかなり目立ってしまった。
「おい! あいつら三人ともフードをかぶってなんか怪しくないか?」
「手配書の連中かもしれないな」
入り口近くにいた冒険者パーティーが近づいてくる。俺はシャルルとマルーを睨むとすぐに目を逸らされた。仕方なく木の棒を取り出す。
「始めるぞ」
「う、うん」
マルーが慌てて手をかざす。
「あ、暗黒領域より我に恐怖の力を与えたまえ……エンチャント・フィアー!」
魔法を唱えると木の棒が黒く輝く。それを見た冒険者達は驚き各々武器を抜こうとした。
だが、もう遅かった。既に俺は彼らの間合いに入り木の棒で適当に身体を叩いたから。
「う、うわーー」
「ぎゃあああーー!」
冒険者達は恐怖の表情を浮かべ方々に散っていく。俺は二人に顔を向ける。
「このまま外まで走る」
「わかった。マルー手を繋ぐわよ」
「うん!」
そして全力で走り、町の外へと向かうのだった。
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