過去編

27


 聖オルレリウス歴154X年九ノ月


 ネイダール大陸西側の高い山脈と広大な森に囲まれたオルフェリア王国領は西側の中でも指折りの小さな領地である。

 けれども西側諸国全てから羨ましがられているのだ。地形のおかげで魔物や魔族が侵入できないから。

 だから、王都の外れに子供一人で出歩いても大丈夫なのである。ただし、それも今日までだったが……



 今日も木の上でいつも通り本を読んでいると下の方から幼い少女の声が聞こえてきた。


「キール兄様どこにいるの?」


 俺は頬を緩ませる。ハーフエルフの妹、アリシアが金色のふわふわな髪をなびかせ俺を探し回っているのを想像できたから。だから、すぐに木の上から飛び降りた。


「アリシア」

「あ、キール兄様! また木の上に!」

「仕方ないだろう。この上にいると落ち着くんだから」


 木の幹を叩いているとアリシアが勢いよく飛びついてくる。


「もう! 少しはバロン兄様達みたいに剣のお稽古をしたらどうなの?」

「稽古ね……。こんな平和な場所でする意味が? それにそういうのは騎士団に任せれば良いだろう」


 肩をすくめるとアリシアは俺の持っている本を見て溜め息を吐いた。


「全く本の虫は何を言っても駄目ね」

「おいおい、姉上の口癖がついに我が妹にも……世も末だな」


 オーバーに手を広げ悲しそうな表情をするとアリシアはお腹を抱えて笑った。


「ふふふ、それって最近来た劇の人達の真似?」

「似てただろう」

「うん!」

「それは頑張って練習したかいがあった。ところでまた誰かに探すように言われたのか?」

「バロン兄様よ。なんだか約束を破ったから連れて来いって」


 アリシアの言葉を聞き思わず額を打つ。稽古の約束を昨晩していたのを今更思い出したから。俺は溜め息を吐くとアリシアの頭を撫でた。


「仕方ない行こうか」

「うん!」


 元気良く頷くアリシアと手を繋ぎ中庭の稽古場まで向かう。すぐに稽古をする同年代の姿が目に入った。


「熱心なことで……」


 木剣を一心不乱に振るう様子を面倒臭気に見ていると突然、後ろから襟首を掴まれ持ち上げられてしまった。

 まあ、誰がやったかはすぐにわかったが。一回り年が離れた腹違いの兄、人族のバロン王太子殿下だろう。何せこんなことできるのはこの場で一人しかいないからだ。

 案の定、兄上は怒った顔を向けてきた。


「キール、お前は俺との約束はどうしたんだ?」

「ははは……」

「はははじゃない。全くお前は自分の立場を理解しろ!」

「いやいや、俺は脳筋の兄上を補佐する役目として日々勉学をしているのですよ」

「誰が脳筋だ!」


 兄上は空いているもう一方の手で頭を叩いてきた。


「あいたっ! それですよ……。俺を掴んで持ち上げながらもう片方の手で殴れるなんて脳筋そのものじゃないですか」

「はあ……全く、お前は何を言っても響かないな」


 兄上は呆れながら掴んでいた襟首を突然離す。おかげで受け身を取れず尻を打ってしまった。


「いたたたっ……」

「ふん、ちゃんと稽古をしてればそんな事にはならないんだぞ。全く、お前はしっかり稽古すれば良い線いくと思うんだけどなあ」


 兄上は俺を見てくるので肩をすくめた。


「良い線いっても戦う相手がいなければしょうがないでしょう」

「何言ってるんだ。いつ何が起こるかわからないんだぞ」

「まあ、そうなんですけど……」

「なら、明日からは稽古に参加しろよ」

「……わかりました」


 仕方なく頷くと兄上は溜め息を吐きながら去っていった。まあ、ああいう態度を取られるのはしょいがない。これでサボったのは十回目だからだ。


「はあ、嵐がやっと去った」


 服に付いたホコリを払っていると、アリシアが抱きついてくる。


「可愛いそうなキール兄様、私が側にいてあげるわね」

「はいはい、何かしらにつけてすぐにくっついてくる癖は直そうな。もうすぐ七才になるんだぞ」


 そう言った後、アリシアの尖った耳を弄るとくすぐったそうな表情をして余計に抱きついてきた。

 思わず頬を緩めていると一人の少年が俺達の方に歩いてくる。そして顔をタオルで拭きながら青い瞳を向けてきたのだ。


「また、絞られてたね。第二王子」

「見てたら助けてくれよ、アレス……」


 俺と同じハーフエルフで、見た目は人族の幼馴染みアレスを睨む。するとアレスは金色の髪をタオルで粗く拭きながら苦笑した。


「はは、それはサボってる君が悪いよ」

「裏切り者め」

「何言ってるの。僕は最初から王太子殿下の味方だよ。それに強くなったら外にだっていけるんだよ。それなのになんで稽古をしないの? 第二王子は」

「俺達の時は第二王子はよせよ。別に外に出なくたって良いだろう。この領地は平和だし立派な書庫に色々な遊び場だってある。なにより豊富な食べ物だってあるんだぞ。なあ、アリシア」

「うん、でも私はキール兄様がいればどこでも良いもん」

「はは、第二王女は相変わらずだねえ。まあ、確かにオルフェリア王国領は平和で良いけどやっぱり、僕は外の世界を見てみたいな」

「外の世界ね……。そういえばアレスは冒険者にも憧れてるんだよな」

「うん、冒険者になって沢山の魔族や魔物と戦うって格好いいよね。騎士になれなかったら冒険者も良いかなって思うんだ」


 アレスは持っていた木剣を掲げて遠くを見つめる。俺はそんなアレスを見て溜め息を吐いた。


「おいおい、俺達の年齢で一番強いアレスが騎士になれなかったら誰もなれないぞ」

「それは言い過ぎだよ。それにハズレ加護が現れたら僕なんかすぐ下から数えた方が早くなるよ」

「安心しろ。お前の両親は強い加護持ちだ。もしかしたら勇者にもなれるかもしれないぞ」


 するとアレスは目を輝かせながら質問してきた。


「キールは知っているの?」

「ああ、神託があったと聖霊神イシュタリア教会から使者が知らせに来たからな。アレスも知っているのか?」

「何言ってるの……。巷じゃ今話題じゃないか。あ、君ってそういうの疎かったね」

「勇者の加護を持つ者が現れたら知らせて欲しいっていうのは知ってるぞ」

「他は?」

 

 そう聞かれ黙ってしまうとアレスは苦笑する。


「勇者の加護は複数の神々が作ったんだ。しかもその加護を持つ者はこのネイダール大陸に五人と決まってるらしい。ちなみに勇者の加護が現れると瞳の色は黄金色になり、どの加護よりも圧倒的に強い力を持つんだって。凄くない?」

「凄いがそんな加護が現れたら魔族との戦いに駆り出されるに決まってる。俺は絶対いらないね」

「はあ、君っていう男は……」


 アレスは呆れた顔を向けてくるが俺は気にせずに持っていた本を見せる。


「俺は学者とか鑑定ができる加護が欲しいんだ。最悪、農業関係でも良いぞ。新たな農作物を作るのも楽しそうだしな」


 するとアレスは納得した顔で頷いた。


「確かにキールは頭を使う加護は合いそうだね。何せ政治に口出しして実績まで作ってるしね」

「ふっ、だから俺は頭を使って脳筋兄上を支える。だからアレスは騎士団長として俺達を支えてくれよ」


 俺は離れた場所で木剣を一心不乱に振っている兄上に視線を向ける。アレスは再び呆れ顔になった。


「……そんなこと言ってるから王太子殿下に叩かれるんだよ」

「ああ見えて軽く叩いてるから痛くないんだよ。それより、これからドングリやクルミを取りにいこう。すり潰して蜂蜜で固めると美味しいんだぞ」

「……稽古は?」

「明日からって兄上も言ってたから大丈夫だ」

「……やれやれ。お供しますよ」

「私も私も!」

「もちろんだよ、お姫様。さあ行こうか」


 手を差し出すと嬉しそうにアリシアが掴んでくる。そんな俺達を先導するようにアレスが歩き出した。

 その時、一瞬兄上が睨んできたがアリシアの表情に気づくと苦笑して背を向けてくれた。見なかったことにしてくれるらしい。

 アリシアに心の中で礼を言うとアレスが振り向いてくる。


「多分、後でキールは何かやらされるよ」

「残念ながら俺は忙しいんでね」

「何かするの?」

「ちょっとな」


 アリシアを見つめるとアレスは納得した表情を浮かべた。


「なるほど、僕に手伝えることある?」

「できれば形の良いドングリと綺麗な花が欲しい」

「了解、任せてよ」


 アレスは頷くと走り出す。するとアリシアが俺の手を引っ張ってきた。


「私達も急ごう!」

「はいはい」


 俺は苦笑しながらアリシアと一緒に走る。そして王都から少し離れた森に移動し、早速目当てのものを探し始めたのだ。


「アレス。どうだ?」


 しばらくしてアレスに声をかけると笑顔で頷いてきた。


「結構あったよ。後、キノコもいくつか拾っておいた。焼くと美味いんだよね」

「おい、脱線するなよ」

「はいはい。キールはこういうところは真面目なんだよなあ」

「良いか、何事もやる時はしっかりやるんだ。そうすれば短期間で覚えるスピードも上がる」


 そう力説するとアレスは溜め息を吐く。


「木の実を拾うスピードを上げてもね……」

「キール兄様、私も拾ったわ!」

「お、それは胡桃だな。良い形をしてるから間違いなく実がしっかり入ってるぞ」

「やったー! もっと拾ってくるね!」


 アリシアは飛び跳ねながら、また木の実を探し始める。その姿を眺めていたらアレスが胡桃を見せてきた。


「僕もほら」

「駄目だな」

「えー、第二王女と同じくらいのを出したんだけどなあ」

「色が悪い」

「……君って第二王女には甘々だよねえ」

「仕方ない、拗ねると痛い思いをするのは俺だからな……」

「なんかごめん……」

「別に気にするな……。それより、さっきの門番同士の会話を聞いたか?」

「魔王ってのが現れたって話? そうなると魔族にも国王様や騎士みたいに役割をする者達が現れるってことなのかな?」

「役割か。そういえば魔族は力や魔力が強いものが偉いみたいな階級はあったはずだけど、基本的に集団行動をしないって本には書いてあったな。そんな魔族に王が現れたって事は……」


 ある仮説が頭に浮かびアレスを見ると俺と同じような表情をしていた。


「アレスもわかったか……」

「うん……」

「力も魔力も人族より優れているらしい魔族が、統率された軍隊のように攻めてきたら相当危険だな……」

「だから、しっかりと稽古をして強くならなきゃ!」

「そうだな。アレス達には期待してるぞ」

「あのね、君も頑張りなよ……」


 呆れ顔を向けてくるアレスだったが突然森に響き渡る悲鳴に驚く。


「今の悲鳴は?」

「アリシアだ!」


 俺達はすぐに声が聞こえた方向に走るとアリシアはすぐ見つかった。ただし、その近くに小柄で緑色の皮膚をした魔物も一緒に見つけてしまったが。


「な、なんでこの場所にゴブリンが……」


 アレスが驚いた表情を向けてきたが、もちろんわかるわけなかった。ただしやるべき事はわかっていたが。


「おい、こっちだ!」


 手を叩きながら俺は必死に叫ぶ。すると注意を引きつけることはできたらしくゴブリンが棍棒を振り回し向かってきてくれたのだ。

 後はゴブリンを引きつけながら門兵のところまで連れていければと思ったのだが、アレスは違ったらしい。

 木剣でゴブリンを攻撃しようと向かっていってしまったのだ。

 しかし、初めて魔物と戦うことへの恐怖なのか、その動きは稽古でやっているものとは比べ物にならなかった。


「うわあーーー!」


 やみくもに木剣を振り回す感じで突っ込んでいく。もちろんそんな攻撃当たるわけもなく、ゴブリンは軽く避けるとアレスの背中に棍棒を叩き込んでしまったのだ。


「ぐはっ!」


 アレスは地面に叩きつけられ動かなくなる。


「アレス!」


 俺は急いでアレスの方に向かう。しかしゴブリンが前に立ちふさがり威嚇するように棍棒を向けてきたのだ。


「行かせない気か……。それなら」


 足元に落ちていた木の棒を拾う。しかし、ゴブリンは笑みを浮かべる。俺にそれが使えるのかと。思わず睨むがゴブリンは気にする様子もなくむしろ馬鹿にするように笑いながら棍棒を振るってきたのだ。


「うわあっ!」


 思わず横に飛んで避ける。だが、ゴブリンは逃がさないとばかりに追撃してきた。正直、攻撃する暇なんてなかった。

 しかも避け続けているうちに体力が底を尽いてしまったのだ。おかげで動きが鈍りゴブリンの体当たり攻撃を喰らって吹き飛ばされてしまう。

 しかも、吹き飛ばされた時に左足首を挫いてしまったのだ。


「ギギャギャッ!」


 ゴブリンは勝ちを確信したのか手を叩き踊りだす。それを見て俺は歯軋りしているとアリシアが抱きついてきた。


「駄目えぇーー!」

「アリシア、逃げるんだ!」

「やだやだやだ‼︎」

「お願いだ。門番がいるとこまで走るんだ」

「やだーー! キール兄様と一緒じゃないとやだーー‼︎」

「……アリシア」


 俺はアリシアを抱きしめた後、ゴブリンを睨みつける。するとゴブリンは踊りをやめてゆっくりと近づいてきたのだ。もちろん慎重にではなく俺達を少しでも長く怖がらせるために。

 しかし、チャンスと感じた俺はポケットから拾った木の実を掴めるだけ掴むとゴブリンに投げつけたのだ。


「グギャッアアアーーー⁉︎」


 見事に顔や目に当たる。ゴブリンは顔を押さえながら絶叫を上げた。俺は今のうちにとアリシアに顔を向ける。

 しかし、すぐに別の場所に視線を向けた。


「うおおおおぉーーーー‼︎」


 倒れていたはずのアレスがこっちに向かってくる。そして木剣をゴブリンの頭に思い切っり叩きつけたのだ。ゴキッという鈍い音が響く。それからゴブリンは目を見開きながら地面に倒れた。


「や、やったのかな……?」

「ああ。見事だったよ」

「……良かった。キールとアリシア第二王女は大丈夫?」

「俺は足を挫いたぐらいだけど、アリシアは大丈夫か?」

「うん……う、う、うわーん! キール兄様ー! 怖かったよー!」


 アリシアは俺の胸の中で泣きじゃくる。相当怖かったのだろう。だから頭を優しく撫でようとしたのだがアレスの言葉で手が止まる。


「ここは危ない。肩を貸すからとりあえず人がいるとこに移動しよう」

「ああ、頼む」


 俺は頷くと泣きじゃくるアリシアの手を引いて歩き出す。

 それから門番のところまで行き事情を話した。


「なんてことだ……」


 門兵は慌てた様子で上に報告にいく。すぐに大規模な部隊が作られオルフェリア王国領の探索が行われた。

 結果、かなりの魔物が入り込んでいることがわかりオルフェリア王国領は一時期軽いパニック状態になってしまった。

 ただ、数日でその状態も収まる。騎士団が統率して魔物退治を行い周辺は再び平和になったからだ。

 ちなみに俺は足の治療もあり部屋で読書をしながら休んでいる。だが、ゆっくりとは休んでいられなかった。隣で定期的にボヤキを入れる奴がいるからだ。


「はあ、僕も参加したかったな……」

「二十回だ……」

「えっ?」

「今日、同じ事を言った回数だ」

「二、三回しか言ってないはずなんだけとなあ。そんなことより、なんでゴブリンを倒した僕達を連れていってくれないんだろう」

「達じゃなくて僕だけだろう。それは、俺達がまだ八才で加護が現れてないからだろう」

「加護がなくったってゴブリンは倒せたよ! まあ、不意打ちみたいなものだったけど……」

「だがアレスは倒したんだ。あれは凄かったな」


 俺は本を木剣のように振るとアレスは照れながら笑う。


「よしてくれよ。君と一緒に倒したようなものさ」

「ああ、俺の木の実魔法で目潰しを決めたからな」

「ははは! 確かに凄い魔法だった! でも、キール、僕達だってやればできるのにさ……」

「まあ、焦るなよ。加護が現れる十才までに大人が驚くぐらい強くなれば誰も文句は言わなくなるさ」


 するとアレスは納得したようで頷いてくる。


「そうだね。剣士の加護を持つバロン第一王子も十才で外に行ってるしね! なんかやる気出てきたよ」

「それは良かった。そこでだが、アレスには俺の稽古相手になってほしい」

「えっ、キールもやる気出たの⁉︎」

「やる気というか、今回の件で自分の力のなさに反省したからな」

「頭を打っておかしくなってるかと思ったけど、まともな考えだったんだね」

「失敬な。怪我をしたのは足だけだ。まあ、とにかく足が治りしだい始めるからよろしくな」

「御意!」


 アレスは真顔て敬礼してくる。俺はその姿を見て頼もしく感じながら頷くのだった。

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