26


 直後、身体全体に絡みついていた魔王カーズトの呪いが抑え込まれ、対照的に封じられた膨大な力や魔力が身体から溢れ出した。ブレドが驚いた顔を向けてくる。


「遂に呪いの解き方がわかったのか⁉︎」

「いや、これは一時的に勇者の加護を無理矢理引き出してるだけだ。しかも限られた時間な」

「なら、出し惜しみはできないということか」

「ああ、だからさっさと終わらせるぞ」


 俺達は剣を構えるとテドラスが震えながら俺を指を差してくる。


「な、なんだその力は? いや、知ってる……でも、なぜ知ってる? なぜ、この不快な力をわしが知ってるんだ⁉︎」

「それはこの力に一度お前が敗れているからだ」

「敗れているだと……ま、まさか貴様は勇者アレスだというのか⁉︎」

「元だけどな……」


 そう答えると一瞬でテドラスの懐に移動し腕を斬り落とした。


「ぐぎゃあ! 腕がああああぁぁーーーー‼︎」

「続けていくぞ。第六神層領域より我に風と炎の力を与えたまえ……フレア・トルネード!」


 魔法を唱えるとテドラスを囲うように炎の竜巻が現れる。そして身体を切り刻みながら傷口を燃やしていった。


「ぎぎゃあああああーー‼︎」


 テドラスは絶叫をあげながら炎の竜巻から逃げる。もちろん逃すわけには行かない。だからすぐに前に回り込むと再び魔法を唱えた。


「第六神層領域より我に雷の力を与えたまえ……エンチャント・サンダー!」


 剣に雷の力を纏わせるとテドラスの肩から腹までを斬り裂いた。


「い、いだいよおぉぉ……」


 身体中を放電させながらテドラスは床に膝をつく。そんなテドラスから離れブレドの側に移動すると待ってたと言わんばかりにブレドは持っていた剣、宝具クラレンツを掲げた。


「クラレンツ宝具解放! 堕ちし者に聖なる救済を、迷いし者に光りの道を示せ‼︎」


 クラレンツの刀身が光り輝く。神が作りし宝具の持つ本来の力が引き出されたのだ。

 ブレドはクラレンツをテドラスに向けて振り下ろす。光の刃が現れテドラスに突き刺さると辺り一帯を光で包み込む。そして光が収束していくともうそこにはテドラスの姿は跡形なく消え去っていた。


「やったか……」


 呟いた後、剣を握る自分の手を見つめる。一瞬だけだったが、かつての重みを感じたのだ。沢山の人々の声も。思わず唇を噛んでしまう。

 いったいどちらが呪いなんだと。溜め息を吐いていると霊薬の効果が消えたらしく、不快な感覚と共に俺の力も再び封じられていった。そして最後には命が削れる感覚も。


「だが生きている。要はこの場所は違うということだろう……」


 剣を鞘に収めるとブレドが声をかけてきた。


「隠し球とは卑怯だぞ」

「別に隠してたわけじゃない。使いどきを見ていただけだ。何度も使えるものじゃないからな」

「……それは大丈夫なものなんだろうな?」


 しかし、俺は答えずある方向に視線を向ける。ブレドは不満気な顔をしながら仮面を付けた。


「……後で答えろよ。それとテドラスの件は内密にな。後でこちらで色々と考える」


 そう言うとこちらに向かってくるナディアやラハウト達に手を振る。


「もう敵はいないから安心していい。この白銀の騎士が退治したからな!」


 そう言ってポーズをとると皆は安堵した表情を浮かべた。ただ、ナディアは俺に気づくと慌てて駆け寄ってくる。


「キリクさん、大丈夫なの⁉︎」

「ああ、大丈夫だ……」

「そんな傷だらけで大丈夫なわけないじゃない! すぐに治療をしないと!」


 しかし俺は首を横に振った後、視線を神殿奥に向ける。


「それより早く精霊王ケーエルを降ろすんだ。それがお前の仕事だろう」


 ナディアは驚いた顔を向けてきた。


「……キリクさん、あなた知ってたの?」

「薄々だがな。お前達はギダンを餌にしながら参加した冒険者全員を疑うつもりでいたんだろう。まあ、保険としてギダン以外の敵じゃない精霊使いが狙われた場合は、こいつが助けに行く算段だったんだろうが」


 チラッと口笛を吹くブレドを見るとナディアは感心した表情を向けてきた。


「やっぱり、あなた只者じゃないわね」

「俺はサリエラの弟子でポーターだ」

「その師匠をおいてくる弟子はいないでしょう……」


 ナディアは呆れ顔で神殿入り口を見る。どうやらサリエラが到着したらしい。手を振りながらこちらに駆け寄りってきた。


「キリクさん! って、その傷は大丈夫なんですか⁉︎」

「……俺は大丈夫だ。それよりこれからナディアが精霊降ろしをする」

「ナディアさんが? やはり精霊使いだったのですね」


 サリエラがナディアを見るとバツが悪そうに頷く。


「ええ。黙っててごめんなさいね」

「いえいえ、気にしないで下さい。それより、ここで精霊王ケーエルを下ろすのですか?」

「ふふ、良い場所があるのよ。来て」


 ナディアは俺達を神殿奥に案内する。到着した場所は大海原が見える広いテラスだった。


「凄い良い場所。精霊王ケーエルを下ろすにはうってつけの場所ですね」


 サリエラが感嘆の声を上げるとナディアは満足気な表情を浮かべる。しかし、すぐに真面目な表情で俺達を見回した。


「さあ始めるわよ」


 そして精霊の森の原木で作った器にハイエルフの血を入れ、精霊石を入れると祈りを捧げ始めたのだ。直後、辺りの空気が変わり沢山の小さな光……精霊と共に台座の上に淡く輝く水の球が現れたのだ。それも神殿と同じぐらいの大きさの。ブレド……今は白銀の騎士が腕を組み言ってくる。


「今なら精霊達が見えるようだな」

「ここは半分精霊界に繋がっているようなものだからな」

「なるほど。だから力がなくても見れるのか。む、あの水の中から何か来る」


 ブレドがそう言うと同時に大きな白い鯨……精霊王ケーエルが現れる。しかも、しばらくすると俺達の心に語りかけてきたのだ。


『我は精霊神オベリアを支える三柱の一柱、精霊王ケーエルである。よくぞ災厄を払い除けた。誠に見事なり』


 精霊王ケーエルは優しさに満ちた大きな目で俺達を見てくる。するとラハウト伯爵が前に出て精霊の言葉で話しだした。


『精霊王ケーエルよ。このラハウト、貴方様のお言葉通りやらせて頂きました』

『うむ、これで我ら三柱が揃ったことで、この一帯にある魔神グレモスの力を弱める事ができた。我が子エルフの民の血を引くラハウトよ、よく頑張ってくれた』

『ありがたき幸せにございます』


 ラハウトは涙を流しながら喜ぶ。そんなラハウトの肩を労う様に叩いた後、白銀の騎士は精霊王ケーエルに顔を向けた。


「精霊王ケーエルよ、私は白銀の騎士と言う。今回、あなたが降りたのは別の件もあったのではないか?」


 白銀の騎士の言葉に精霊王ケーエルは満足そうに頷く。


『東の魔王が北の魔王の残渣を使い悪巧みを考えていたので我が降りて消し去ってやろうとしたのだ。だが、お前が見事阻止をしてくれた』


 そう言ってブレドだけを見る。ブレドは何か言いたそうにしたが諦めたように溜め息を吐く。


「ふう。では、この近辺はもう危険はないと認識して良いわけだな」

『うむ、我ら三柱の力であのような悪さはもうできまい』

「それを聞いて安心した」

『だが、東の魔王は何かよからぬ事を考えておる。神々の子と、古き民よ。気をつけるのだぞ』


 そう言うと精霊王ケーエルはゆっくりと消えていく。そして水の球は光の粒になると台座の上に集まり精霊王ケーエルの石像になった。

 ブレドが手を叩きラハウトを見る


「これでこちらと精霊界は繋がった。ラハウト伯爵、後はここの管理を頼んだぞ」

「わかりました、白銀の騎士様」


 ラハウトは白銀の騎士に恭しく頭を下げる。それを見ていたサリエラが首を傾げた。


「キリクさん、ラハウト伯爵が頭を下げるって、あの仮面をした人は誰なんでしょうか?」


 しかし、俺は答えることができずにいた。霊薬の副作用が現れ、視界がぼやけて平衡感覚もわからなくなっていたから。要は立っているのが精一杯だったのだ。

 ただ、すぐに立ってもいられなくなる。しかも意識も一瞬飛んだらしくいつの間にか倒れていたのだ。


「キリクさん!」


 サリエラが心配気に覗きこんでくる。しかし、俺はその隣にいる黒いシルエットの人物が気になってしまった。


 誰だ?


 するとそいつが俺の腕を掴んで言ってきたのだ。忘れるなと。俺はすぐに理解し頷くと深い闇へと落ちていくのだった。

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