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 しかし、すぐにバランスを崩して周りの魔王信者達に支えられる。だが俺達はその光景を冷静に見ていた。


「キリク、私の聞き間違いじゃなければ、テドラスは魔王になると言っていたが……信じられるか?」

「あんな感じだが灰色ネズミのように慎重に行動する奴が、堂々と魔王信者を連れて出てきたんだ。本当だということだろう」

「ちっ、では話を聞を気だそうと思ったがやるしかないな」


 白銀の騎士は俺の前から突然消えるとテドラスの側に現れ剣を振り下ろした。しかし見えない壁のようなものに阻まれる。


「くそっ! 結界か……」

「当たり前だろう。このわしが何もせずに人前になど出ぬわ。それよりも貴様らには冥途の土産に良い物を見せてやろう」


 テドラスは黒い水晶玉が付いた短杖を取り出し床に向ける。直後、黒い煙の渦が床下から現れ勢いよく黒い水晶に吸い込まれていった。

 俺は嫌な予感がしてしまう。それは白銀の騎士も同じだった。


「テドラス! いったい何をした⁉︎」


 するとテドラスは笑みを浮かべ短杖を見せびらかすように掲げてきた。


「これは人造魔王器というものだ。そして今集めたのはこの一帯に残っていた魔王の残渣だよ。ぐははは! これで最後のピースが揃ったぞ」


 そう言うと近くにいた魔王信者達が大量に魔石をばら撒き自らの胸にナイフを突き立てたのだ。しかしテドラスは気にすることなく笑みを浮かべる。

 それどころか両手を広げ物騒なことを言ってきたのだ。


「見せよう。人が魔王になる歴史的瞬間を!」


 直後、テドラスの足元に魔法陣が現れる。おそらくは闇の儀式が行われたのだろう。確信できないのは今まで見たことないものだったから。だがすぐにその考えが間違いないと判断する。

 魔法陣から闇の力を感じる赤黒い液体が溢れ出しテドラスと倒れた魔王信者を包み込んだからだ。ただ目の前の光景に疑問も感じていた。テドラスは騙されたのではないかと。

 しかし、その考えはいったん脇に置く。赤黒い液体が触手の様ななりこちらに手を伸ばしてきたからだ。まるで死霊術が失敗した時のように。俺はすぐに対死霊薬を取り出すが白銀の騎士が止めてくる。


「それより私の聖属性の盾の方が強力だ。側に来い」

「わかった」


 素直に頷き側に寄るとすぐさま白銀の騎士が魔法を唱えた。


「第六神層領域より我に聖なる力を与えたまえ……ホーリー・シールド!」


 白銀の騎士を中心に光りの盾が現れる。そして赤黒い触手の攻撃を次々と防いでいった。


「やはり北の魔王カーズトの力と言っても残り滓みたいなものだからな。私の聖属性の前では何もできないだろう」


 得意げにこちらを見る白銀の騎士に肩をすくめる。

 そして内心舌打ちしてしまった。別に白銀の騎士に対してではない。東の魔王、狡猾のバーランドの目的が人造の魔王を作りだすことだったとわかってしまったからだ。


「やれやれ、厄介なことをしてくれるな」

「だが私の聖属性魔法が効くなら問題ないだろう。まあ、あの結界を先にどうにかしないとならないが……」

「それにこの触手もな」

「全くやることが多すぎる」


 溜め息混じりにそう言うと白銀の騎士は手をかざす。だが魔法を唱えようとする前に赤黒い触手がなぜか戻っていってしまったのだ。

 しかも戻ると同時にテドラスの身体を包み込んだ赤黒い液体が固まっていったのである。俺はその光景を見て顔を顰めた。闇の力が高まったのがわかったから。すぐさま視線を白銀の騎士に向ける。


「お前なら倒せるか?」

「まだ、大丈夫だ」


 白銀の騎士が頷く。その言葉に俺は安堵した。慎重に行動したいからだ。隣にいる奴を死なせないためにも。

 そう思いながら剣を抜くと赤黒い液体……今は殻のような状態のものがひび割れ剥がれ出す。そして中から角を生やし倍以上の体格になったテドラスが現れたのだ。


「ぐははははは! なんだこの力は! 素晴らしい! 素晴らしすぎるぞ‼︎」


 テドラスは殻から飛び出す。そして楽しそうに宙に浮く。俺達の存在など忘れたように。だが都合が良かった。俺は白銀の騎士に視線を向ける。


「まさか本当に人造の魔王が作れるとは……」

「人造の魔王なんて冗談ではないぞ。あれはまずい。絶対にここで抑えなければスノール王国……いや、このネイダール大陸の危機になる」

「ああ、だが魔王化したばかりの今なら倒せるかもしれない。俺が結界を調べてる間、あいつの気を引いておいてくれ」

「わかった」


 白銀の騎士は付けていた仮面を外す。そして床に投げ捨てシワが刻まれてはいるが歴戦の猛者の顔をテドラスに向けた。


「私はスノール王国の国王ブレド・スノール・シュタイナーズだ! 魔王テドラスよ、我が宝具クラレンツの錆にしてくれる!」


 するとテドラスは手を叩いて喜びだした。


「まさか仮面を被ったおかしな奴がスノール国王とはな! 愉快愉快! いいだろう。最初に魔王に殺されるものとしてとっておきのプレゼントをくれてやる‼︎」


 テドラスは黒い刃を生み出すとブレドに放つ。だが、ブレドは黒い刃を力任せに弾き飛ばすと再びテドラスに向かっていった。


「無駄無駄! この魔王テドラスには何も効かんよ」

「やってみなければわからんぞ」


 ブレドは結界を斬りつける。もちろん結界が壊れることはなかったが十分に仕事はこなしてくれていた。テドラスの視線がブレドに集中していたから。

 まあ、今の俺なんか気にとめるまでもないと思っているのかもしれないが。


 だが、それでもいい。


 俺は早速ペンデュラムを取り出し質問を繰り返す。そして、すぐに弓を取り出すと何もない空間に向かって素早く矢を放った。

 すると額に小指の先ほどの角が生えた紫髪と肌をした男の姿が突然現れ倒れたのだ。どうやら上手くいったらしい。

 俺はゆっくりと近づき男を確認する。そして溜め息を吐く。階級制で生活し角が大きければ大きいほど長寿で魔力量も高くなる危険な存在、倒した者が魔族だとわかったから。


 やはりいたか。


 魔王絡みだからいるとは思っていた。だが魔族の角を見て思わず首を傾げてしまう。なぜ弱い魔族一体しか連れてこなかったのかを。その時、ある考えが浮かぶ。他の奴が考えたのではと。

 何せ狡猾と言われた魔王バーランドが考えたにしては雑すぎると思ったからだ。

 しかし、すぐに考えるのをやめた。ブレドが吹き飛ばされるのが見えたから。だからすぐにテドラスに矢を放ったのだ。まあ身体に当たっても傷一つつけられなかったが。


 だが、今はそれで十分だ。


 ブレドを見ると頷いてくる。


「でかしたぞ!」


 そしてテドラスの近くに一瞬で近づき斬りつけたのだ。


「ぎぎゃあーー! 何故、結界が? き、貴様か!」


 俺に気づいたテドラスが向かってくる。しかしブレドの方が動きが速かった。


「行かせるか!」


 一瞬でテドラスに追いつき背中を斬りつけたのだ。


「ぐぎゃあああああーーーー‼︎」


 テドラスは痛みで床の上をのたうちまわる。それを見たブレドは満足そうに頷いた。


「どうやら魔王の力を取り込んでも結界がなければたいしたことなさそうだな」

「そんな馬鹿な⁉︎ わしは魔王になったんだぞ!」

「所詮、魔王の残渣を取り込んだだけだ。本物の魔王になれるはずないだろう。テドラス、止めをさしてやるから覚悟をしろ」

「くそーー! わしはこのままでは終わらん! 終わらんぞおぉーー‼︎」


 テドラスが叫ぶと身体中にヒビのような線が入り赤黒い光が漏れ出す。更にはテドラス自身を包み繭状のようなものになった。


「なにが起きている?」


 ブレドが顔を向けてくるがもちろん俺にもわからない。だが、まずい状況なのだけはわかるため、すぐに魔石を力のアミュレットに持っていった。能力が解放され俺も直接戦うため剣を構える。だが繭状のものが割れ中から赤黒い皮膚の色をした骨と皮だけの痩せ細った姿のテドラスが現れると一歩だけ後ずさってしまったのだ。見た目以上にまずいと感じたから。


「厄介なことを……」


 ブレドも危険を感じたのか距離をとるとテドラスは口角を上げた。


「くっくっく、弱者の行動だな」

「慎重に行動をしているだけだ。それより、ずいぶんと貧相になったな」

「……真の魔王だ」

「何?」

「わしは真の魔王になったのだ。スノール王国の国王ブレドよ。貴様によってな。感謝するぞ。礼に貴様の頭は部屋の飾りにしてやるからありがたく思え」

「ふん、悪趣味さは真の馬鹿になって更に悪化したな!」


 ブレドは叫ぶとテドラスに向かっていき剣を振り下ろす。しかし、テドラスは杖でブレドの攻撃を防ぐと、軽く力を入れて吹き飛ばしてしまった。


「ぐわっ!」

「弱いな……いや、わしが強くなりすぎたか」

「なら、これはどうだ」


 ブレドの攻撃に合わせテドラスの死角に入りこんでいた俺が剣を振り下ろす。しかしテドラスに素早い動きで避けられてしまう。更には離れながら大量の黒い刃を飛ばしてきたのだ。

 俺はすぐさま後ろに下がり剣で防いでいく。だが、全ては防げずにいくつかの刃を受けてしまった。


「くっ……」

「キリク! 大丈夫か!」


 慌てて声をかけてくるブレドを手で制す。


「……傷は深くはない。ブレド、次は別の手でいくぞ」

「わかった」


 俺達はもう一度、テドラスに向かって走り出す。しかしテドラスは笑みを浮かべる。


「何度来ても同じだ。闇よ全てを切り刻め!」


 するとあらゆる場所から黒い刃が現れ飛んできたのだ。ブレドが俺の方に駆け寄り魔法を唱える。


「防いでみせる! 第六神層領域より我に聖なる力を与えたまえ……ホーリー・ウィンド‼︎」


 俺達の周りを聖なる力を帯びた風が包み込んでいく。しかし、いくつかの刃は中まで入ってきて俺達を切り裂いていった。


「くそっ、なぜ防ぎきれなかったんだ?」

「それは、お前の力がわしより弱いからだ」

「く、そこまで力の差が……」

「残念だな。最初にすぐに殺しておけば、わしに勝てたかもしれんのにな。ぐはははははっ!」

「……すまん、キリク」


 ブレドは頭を下げてきたが首を横に振る。


「最初の方でも余裕はなかった。もし、責任があるなら早く攻撃に参加しなかった俺にある。だから気にするな」

「……相変わらずだな。全部自分の責任にしようとするところはお前の悪いところだぞ」

「……事実を言ったまでだ」


 そう言って唇を噛み締めているとテドラスがゆっくりとこちらに歩いてきた。


「話は終わったか? ではそろそろ貴様らに止めを刺し王都スノールに挨拶にいってやろう。もちろん国王の生首を手土産にな! ぐははははは‼︎」


 テドラスは笑いながら向かってくる。するとブレドが盾になるように間に立つ。


「キリク、私が足止めするからお前は勇者パーティーを呼んでこい。これは王命だ」

「……死ぬ気か?」

「お前にだってわかるだろう。あれは怠けて力が落ちてしまった今の私では無理だ。だが、勇者なら確実に勝てるだろう。時間稼ぎはしてみせる」

「ブレド、お前はまだ死ぬべき男じゃない。国王としてやるべき事が沢山あるだろう?」

「そんなもの息子達に任せればいい。それにこのままでは二人とも死んでしまうぞ!」


 そう言ってくるブレドの肩に手を置く。


「問題ない。俺が全力で戦えばいいだけだ」

「何を言ってるんだ? ……ま、まさか⁉︎」


 驚いているブレドを押し除け前に出ると、テドラスは立ち止まり笑いだした。


「ぐははは! なんだ? お前が時間稼ぎでもするのか?」

「時間稼ぎじゃなくてお前を倒す」

「なるほど、恐怖で頭がおかしくなったわけだな」

「違う」


 俺は殺気を込めてテドラスを睨む。するとテドラスは目を見開き後退った。


「な、なんだこの恐怖心は? なぜわしがこんな奴に……」

「きっと覚えているからだろうな。お前の中にある残滓が」

「ど、どういうことだ?」


 だが、俺は答えずに花模様が描かれた金の小瓶を取り出す。


 魔王カーズト……お前の死に際の呪いで俺は加護を失った。だが、その時に得たものがあるんだ。


「だから、感謝するよ」


 そう呟くと小瓶の蓋を開け中身を飲みほしたのだ。

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