18


「ラド、今のはなんだ?」

「わからん。何かの魔法か? うーむ」


 ラドが腕を組み唸っているとグッタが慌てて顔を向けてきた。


「……おい、もしかして……誰かが三階層のロックゴーレムに手を出したんじゃないか?」

「まさか、そんな……」


 ラドの表情は真っ青になっていく。その様子に俺はすぐロックゴーレムの情報を頭から引き出す。強さはミスリル級、三メートル程の大きさで石のように硬い皮膚で覆われた人型の魔物。倒したら心臓部であるコアをすぐに取り出すか破壊しないと爆発する。更にその爆発は他の魔物を引き寄せる。だからロックゴーレムは別名動くダンジョントラップと言われ冒険者の間では面倒臭がられている。


 倒し損ねて爆発をしたか。この日に……


 俺はラドに顔を向ける。


「今日は間引きの日って言っていたな?」

「……ああ。だから嫌なことを想像しちまった。こうしちゃいられねえ。グッタにガッタ! お前ら、念のため外に出て兵士に話してこい!」

「話すったって何を? グッタはわかるか?」

「馬鹿ガッタ、魔物の集団暴走が起こるかもしれないんだよ!」

「えっ、なんで⁉︎」

「いいから行くぞ!」

「わ、わかったよ!」


 グッタとガッタは慌てながら部屋を飛び出していく。するとラドは不安気な顔を向けてきた。


「ありゃグッタ頼みだな。まあ、あの音と揺れなら地上でも気付いてるだろうが。ちなみにこれからどうする? 俺は少し奥の様子を見に行くが」

「俺も気になるから行こう。逃げ遅れた冒険者もいる可能性があるしな」

「じゃあ、一緒に行こうぜ」

「ああ」


 俺達は頷くと部屋を飛び出す。それから逃げ遅れた冒険者がいないかダンジョン内を探し回った。だが、今日が間引きの日なのか先ほどの揺れで逃げたのか人はいなかった。

 なのでそろそろ戻るべきかと考えているとラドが先の方を指差し言ってきたのだ。


「もう少し先に行くと広いところに出る。そこは冒険者や坑夫が良く休憩場所に使ってるんだ。そこを見たら戻らないか?」

「わかった」


 俺は頷き言われた休憩場所に向かう。だが、しばらく進んでいると先の方で悲鳴が聞こえた。ラドが驚いた表情を向けてくる。


「おい、まさか魔物が来ちまったか?」

「いや、この気配は魔物じゃない。だが、急いだ方が良さそうだ」


 そう言うないなやすぐに走り出した。おそらくもっとタチの悪いことが起きていると思ったからだ。

 案の定、悲鳴が聞こえた場所に辿り着くと、ガラの悪い冒険者の男女が女冒険者を追い詰めているところだった。


「おい、お前が金持ってんだろ。さっさと出さないと殺すぞ!」


 軽装鎧の男が血のついた剣をチラつかせているとローブを着た女が舌打ちして俺達を指差す。


「トーゴ、誰か来ちゃったみたい」

「なんだと?」

「でも、炭鉱夫とシルバー級の二人だから私達ゴールド級の敵じゃないわね」


 するとトーゴと呼ばれた男はニヤっと笑う。


「ウルネ、それならこいつらもやっちまって金を奪おう。まだ下から魔物が来るまで時間があるからな」

「そうね、今の私達は逃走資金が沢山必要なんだから」


 ウルネと呼ばれた女は頷くと醜悪な笑みを浮かべた。ラドが渋い表情をする。


「……キリク、あいつら物騒なこと言ってるぞ。どうなってんだ?」

「こいつらは下でロックゴーレムを爆発させたクランの生き残りだろう。今は失敗した責任をとりたくないから逃走資金を貯めるために犯罪中ってところだろうな」


 離れた場所で血溜まりに倒れている冒険者達に視線を向けるとトーゴは舌打ちした。


「ちっ、バレちまったな」

「いいじゃない。どっちみち殺すんだから! 私の魔法でねえ! 第二神層領域より我に氷の力を与えたまえ……アイス・ランス!」


 ウルネの詠唱が終わると同時に氷柱が俺を襲ってきた。だが俺は氷柱を避けずに走りながら剣で弾くとそのままウルネに斬りかかる。すると慌てたトーゴがウルネを守るように間に入ってきた。


「ちっ、できるやつか」

「かもな」


 そう答えながら斬り合いを始めると剣技で押され始めたトーゴが慌てだした。


「くそっ、こいつ本当にシルバー級か⁉︎ ウルネ魔法を撃て!」

「駄目! トーゴに隠れてそいつに魔法が撃てない!」

「この野郎……。俺を利用して魔法を撃たせないようにしてやがる! てめえ、何者だ⁉︎」

「名乗る必要はない」


 更にトーゴに向かって踏み込む。


「ひっ、こいつ死線を潜り抜けてるのか⁉︎」

「ほお、それがわかるのにこんなことをするか」


 俺はがっかりしながらトーゴの脇腹に柄頭を打ちつける。そして横を駆け抜けると後ろにいたウルネの横っ面に剣身の面部分を打ちつけた。


「ぐふっ!」

「うっ!」


 二人は同時に地面に倒れて動かなくなったので剣をしまうとラドが驚いた表情で駆け寄ってきた。


「す、すげえ……。お前本当にシルバー級なのか?」

「ああ、間違いない。それよりも下から音が聞こえてきた。ラド、こいつらを縛って猿轡をはめてくれるか」

「わ、わかった」

「それと大丈夫か?」


 壁にもたれかかり震えている女冒険者に声をかける。すぐに頷いてきたので血溜まりに倒れている冒険者達を指差す。


「では今のうちに仲間から遺品や必要なものを取っておけ。じゃないと魔物に奪われるぞ」


 すると女冒険者は小さく頷き仲間達の元に駆け寄っていく。そして泣きながら遺品を集め始めた。正直、それを見てなんともいえない気持ちになる。しかし気持ちを切り替えラドの方を向く。二人を縛り終えたらしく俺に親指を立ててきた。


「こっちは終わったぜ」

「悪いが女の方を頼む」


 俺はトーゴを肩に担ぐと女冒険者も遺品集めが終わったらしく駆け寄ってきた。


「行くぜ」


 ラドの言葉に俺達は頷くと出口に向かって走り出す。しばらくすると後ろの方で魔物の声が聞こえてきた。


「どうやら、集団暴走は確定みたいだな」


 するとラドが不安気な顔を向けてくる。


「逃げ切れるか?」

「危なくなったら担いでる二人は捨てるぞ。最悪、俺達が証言すれば良いんだしな」


 そう言うと目を覚ましたウルネは猿轡を嵌めた状態で助けを乞う視線を向けてきた。しかし俺は首を横に振った。


「お前らは魔物に喰われるか外へ出て首を刎ねられるかのどちらしか道はない。諦めろ」


 するとウルネは絶望した表情で泣き出してしまう。だが同情すら起きない。それどころか呆れてしまったのだ。依頼を失敗した時点ですぐに報告すればこうはならなかったからだ。


 こいつのクランはそう言うことも教えなかったんだろうな。


 二人を哀れんでいると出口が見えてきた。俺達は死に物狂いで走る。


「やっと外だ! 助かったぜ!」


 外の光を浴びたラドが嬉しそうに叫んだ。なんとか魔物達に追いつかれることなくレオスハルト鉱山の外に出ることができたのだ。

 だが安心してはいられなかった。それは外にいる連中も同じで今は全ての露店が畳まれ王都へと魔物が行かないよう沢山の兵士や冒険者達が壁になるように待機していたからだ。


「おーい、大丈夫か?」


 俺達に気づいた入り口で通行届を見せた兵士が手を振りながら駆け寄ってきた。それに気づいたラドが背負っているウルネを面倒臭気に見る。


「おい、こいつらどうするよ?」


 すると兵士が首を傾げてくる。


「ん? そいつらってクランにいた奴らだな。縛ってるってのはどういう事なんだ?」

「こいつらがロックゴーレムを爆発させて集団暴走を引き起こした犯人だ。逃走資金を確保するために彼女の仲間も殺している」


 トーゴを雑に地面に投げた後に女冒険者を見ると頷いてきた。


「わかった。その二人は仲間が城下町の兵舎に連れていく。あんたも一緒に行ってくれ」

「……わかりました」


 女冒険者は頷くとトーゴとウルネを担いだ兵士達と共に南側大門の方に走っていった。指示をした兵士が大きく溜め息を吐く。


「本当は俺が逃げる口実で連れて行きたかったけど……。仕方ない、覚悟を決めて高ランク冒険者が来るまで頑張るか。ああ、お前ら逃げたかったら逃げていいぞ」


 するとラドが怒った顔でつるはしを構える。


「馬鹿言え! 後ろは大事な親方の鍛冶屋があんだ。俺だってこのつるはしで魔物の頭をカチ割っててやるぜ!」

「まあ、俺もやるだけやってみよう」

「お前らもの好きだな。まあ、そういうのは嫌いじゃないぜ」


 兵士は笑みを浮かべるが誰にでもわかる程の作り笑いだった。俺は思わず目を細めてしまうが、すぐに別の場所に視線を向ける。グッタがこちらに歩いて来るのが見えたからだ。


「おーい! ラド‼︎」

「グッタ? お前何やってんだ。早く逃げろよ!」


 ラドが怒鳴るとグッタは申し訳なさそうに頭をかく。


「悪い、ガッタが入り口近くで盛大にすっ転んでな……。俺も巻き込まれて足を挫いちまった」

「またあいつか……で、ガッタは大丈夫か?」

「ああ、足を折っちまった以外はいつも通りだ。添木を当てて少し離れた場所で休ませてる」

「はあ……。仕方ねえな。キリク、兵士の兄ちゃん、すまねえが俺は二人を連れてく」

「気にするな。早く治療ができるところに連れてってやれ」

「おお。後は俺達寄せ集めに任せとけ」

「本当に申し訳ねえ……」

「すまねえ」


 ラドとグッタは申し訳なさそうな顔して離れていく。その直後レオスハルト鉱山内から魔物の声と足音が聞こえてきた。周りの空気が一瞬で緊張に包まれる。


 この気配。おそらく百体以上か……


 周りを見て理解する。間違いなくこの戦力では歯が立たないだろうと。俺は大きく息を吐くと花模様が描かれた金の小瓶を取り出した。


「使い時か……」


 そう呟き魔物が現れるのを待っていると目の前に突然魔法陣が現れる。しかもすぐに金色の長い髪を靡かせた狐耳族の女獣人が魔方陣の上に現れたのだ。直後、寄せ集め連中から歓喜が巻き起こった。


「おお、大魔導師ファルネリア様だ!」

「魔術師の一番上位の加護である大魔導師の加護を持つあのお方か!」

「た、助かったぞ!」


 周りにいるファルネリアを知っている者達は、あからさまに安堵の表情を浮べる。もちろん俺もその一人だった。だが、すぐにファルネリアの視線に入らない位置に移動した。

 何せファルネリア・エーリスは勇者ミナスティリアのパーティー、白鷲の翼のメンバーだから。つまり顔見知りなのだ。まあ、ミナスティリアと一緒でおそらくはバレないだろうが。だが、あることを思い出してしまうのだ。

 魔法の件でよく質問攻めをされたり付き纏われた記憶を。


 下手に答えると納得できるまで引き下がらなかったな……。今も同じことをしているんだろうか……


 そんなことを思っていたら、レオスハルト鉱山の奥から沢山の魔物が姿を現した。周りの緊張感が一気に高まる。だがファルネリアが喋りだしたことでその緊張感は解けていった。


「あなた達は戦わなくて良いわ。後は私がやるから」


 ファルネリアは長杖を魔物達に向ける。


「トルネード・カッター!」


 ファルネリアがそう言葉を発すると鉱山に向かって大量の風の刃が飛んでいく。そして鉱山から出てくる魔物を次々と斬り裂いていったのだ。

 更にファルネリアはそれを何度も繰り返す。そして鉱山から出てくる魔物を全部倒してしまったのである。


「す、すげえ! 無詠唱であんなに沢山の魔物を倒しちまった」

「やはり、前線で戦っている者は違うな!」


 皆がファルネリアを称賛していると隣りにいた兵士が駆け寄り敬礼した。


「ファルネリア様、俺はレオスハルト鉱山の管理を任されているものです。今回は本当に助かりました!」

「気にしなくていいわ。じゃあ、後は冒険者ギルドの人達に任せて私は戻るわね」

「あの、倒した魔物はいかが致しましょうか?」

「好きにしていいわよ」


 そう言うとファルネリアは短距離移動の魔法を使ってどこかに行ってしまった。去るのもあっという間の出来事だったため、誰も反応できずにいたが兵士だけは嬉しそうな顔をする。


「……やべえ、俺、ファルネリア様と喋っちまったぜ」


 そう呟くと皆ははっとなり兵士を睨む。


「くそっ! 一生、目にできないかもしれないのに会話までしやがって!」

「そうだ! 一人だけずるいぞ!」


 周りにいる連中からヤジを飛ばされるが、兵士は気にする様子もなくニヤつく。なぜなら勇者パーティーはほぼ前線にいるから会える事なんてほぼない。

 それなのに会えただけじゃなく話すことができたからだ。だからこそ、会えた人々は大概兵士みたいな反応になってしまうのだ。

 しかし、兵士は復帰するのが早かった。ヤジがひどかったからだ。周りを見て顰め面になる。


「仕方ないだろう。これも仕事なんだからさ」


 そんな事を言いながらもまたすぐに口元を緩ませたのだった。

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