17
目が覚めるとなぜかサリエラに膝枕をされていた。しかも頭まで撫でられていたのだ。全く思考が追いつかなかった。
だから、慌てて目を閉じ寝たふりをする。まあ、正直、心地良い気持ちもありしばらくこうしていたいという邪な気持ちもあったのだが。
だが良くないな。
そう思い起きようとする。しかし、その前にサリエラが俺の頭を膝から枕に替えると部屋を出ていってしまったのだ。
多少の罪悪感を抱えながら起き上がる。しかし、すぐにその気持ちが消えてしまうほど驚いてしまった。それは身体の疲れがとれ軽くなっていたからだ。
しかも二時間ぐらいしか寝ていないのに。
どういうことだ?
時計を見ながら悩む。しかし、先ほどのことを思い出し納得することにした。サリエラ様々ってやつである。
だが、やはりよくないな。
何せサリエラは俺と違い将来がある身だから。だから昨晩のことは本来あってはいけないのだ。特に俺みたいな存在とは。洗面台にいき鏡を見る。そこには中性的な若い男が映る。しかし、ハーフエルフで年をとるのが遅いとはいえ、人族でいえば本当は四十を超えておりサリエラの倍以上の年をとっている。
まあ、エルフにとっては些細な年齢差だから気にならないだろうが、俺は加護無しであり問題を抱えている。
そして、その問題を誰かに背負わすわけにはいかない。だから誰かと共に生きるという事は決してあってはならないのだ。
「忘れるなよ……」
鏡に映る自分にそう呟いた後、軽く身体を拭いて着替えを済ませる。それから近くのテーブル席に座ったところでサリエラが部屋に戻ってきた。
「あっ、キリクさんもう起きました?」
「……ああ」
「それなら朝食をもらってきましたので、一緒に食べましょう」
サリエラは鼻歌を歌いながら、収納鞄からサンドイッチなどを取り出していきテーブルに並べていく。その姿を見て思ってしまう。早くこいつのためにも離れようと。
「なあ、サリエラ」
「なんです?」
「……食事が終わったら冒険者ギルドに行こう」
「はい!」
それから俺達は朝食を食べ終わると冒険者ギルドに行くため宿を出た。だが、入り口付近で満面の笑顔の女将に素早く道を塞がれてしまったのだ。
「あらあら。二人ともお出かけ?」
「はい、女将さん。私達、これから冒険者ギルドに行くんです」
「そう、気をつけてね。ふふふ」
女将は俺だけに見えるようにピースしてくる。もちろん意味を理解して溜め息を吐くと俯いた。
これは絶対勘違いされてる……
だから女将に昨晩の説明しようとしたのだがその前にサリエラが俺を覗き込んできた。
「キリクさん、大丈夫ですか? も、もしかして昨日全然寝れなかったから疲れが取れてないあんですか?」
「まあまあ! 二人共、昨晩はそんなに⁉︎」
女将は片手で口元を隠していたが明らかにニヤついていた。間違いなく変な事を想像しているだろう。だから再び誤解を解こうとしたのだがまたサリエラが先に話しだしてしまったのだ。
「いえ、私が一方的に絡んでしまって……」
「あらーー! サリエラちゃんから⁉︎ グフフふっ」
女将は口元を隠すのを忘れて完全にニヤつき出し、遂には空を見上げながら変な笑いをし始める。それを見てもう説明するのは諦めることにした。
何せこの手のタイプは何を言っても駄目だろうからだ。
だからすまん。
俺はサリエラに心の中で詫びると歩きだす。
「さあ、後、もう一組いたけど、あの後はどうなったのかしらね」
後ろで女将の声が聞こえてくる。おそらく、こういう話しを聞いて妄想するのが女将の趣味なのだろう。
まあ、客の秘密を話すのは法律で禁止されてるから問題ないだろうが。
やれやれ。
俺は溜め息を吐き、昨晩から今の光景までを頭から振り払っているとサリエラが心配そうに声をかけてきた。
「キリクさん、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ。それより、今日はサリエラ一人で依頼をこなしてもらう」
「えっ! も、もしかして私の事が嫌になったんですか⁉︎」
サリエラは泣きそうな表情で腕にしがみついてくる。おかげで周りの連中に睨まれてしまったので慌てて首を横に振った。
「……違う。今日は簡単な依頼を一人でやってもらう。ただし、緊急時以外は精霊を使わずにな」
「そ、そうでしたか。すいません……」
「いや、言葉足らずでこちらも悪かった。今日は傷薬の納品をやってもらう。ただし、素材集めからだ。エルフだから簡単な傷薬は作れるだろ?」
「はい。ただ、最近はやってませんでしたね」
「まあ、回復魔法もあるし安く売ってるから買えば済むからな。だが、これからは依頼で森や山に入る場合は素材を採るクセは付けとけ。そうする事で、緊急時にすぐ対応できるからな」
「確かにそうですね」
「それとこれからは色々な薬を作る知識をつけてもらう」
「ということは錬金術を教えてもらえるのですか?」
「ああ、初歩的なものしか教えれないが回復薬、解毒薬、毒薬、麻痺薬をな。この四つでも種類が沢山あるから覚えるのは大変だぞ。まあ、使うというより材料や特性を理解して欲しい感じなんだが」
「なるほど。そういうのを知れれば対応もできますからね」
「そうだ、毒や麻痺になった時の状態でどの素材が使われているかわかれば、相手がどういう戦い方をしてくるかも理解できるからな」
「わかりました。頑張ります!」
サリエラは力を入れるポーズをする。その姿を見て俺は密かに思うのだ。きっと教えたことはすぐに覚えれるだろう。だから、サリエラのためにもさっさと離れようと。
ただその思いは隠しながら口を開く。
「では、俺は鍛冶屋に用事があるから夕方に冒険者ギルドで待ち合わせだ」
「はい」
頷くサリエラと別れ、俺は気持ちを切り替えるとボリスの鍛冶屋に向かうのだった。
◇
ボリスの鍛冶屋に到着すると、カウンターからボリスが笑顔を向けてくる。
「おっ、キリクの旦那じゃないか。今日は何用で?」
「何か良い武器がないか探しにな。あるだろう」
「ああ、あるぜ。キリクの旦那に合うのがな」
ボリスは不敵な笑みを浮かべ棚を漁りだすと一振りの鞘に入った剣を持ってきた。ちなみにボリスは上級鍛治師の加護を持ち魔導具作りに関しても大陸で五本の指に入る腕を持っている。
だからこそボリスの言葉には期待してしまう。
「俺に合う剣か」
「まあ実際に見てくれ。気にいるぜ」
ボリスは鞘から剣を抜くと俺に刃の部分が見えるように持ってくる。要は刃を見ろということだろう。早速刃の部分に顔を近づける。すぐに口角を上げてしまう。近くで見なければわからないぐらいの細い線が刃の部分にいくつも走っていたからだ。
「ぴったりどころか俺専用じゃないか……」
「まあ、そうなっちまうな」
「なんでこれを造ろうとしたんだ?」
疑問を投げるとボリスが刃先を指差した。
「前にオルトスが言ってたんだ。キリクの旦那が魔物が弱る薬を剣に塗って戦ってるってよ。だから面白そうだから造ってみたんだ。この線が入ることで効率よく全体の刃に薬がまわるだろう」
「ああ、これなら薬の量も抑えられる。だが、強度は大丈夫なのか?」
「鋼の刃の表面にはミスリル銀を薄く張ってる。だから今持ってるそれより硬いぜ。それにミスリル銀を使っているから銀の剣といちいち交換する必要もないんだ」
「なるほど。二本いらずになるのか」
「それと見えないが柄には聖属性の魔力が込められた宝石を埋めてある。要は銀の剣の上位版って考えてくれ」
「買った。いくらだ? 今なら余裕がある」
俺はお金が入った袋を取り出す。中には白金貨15枚、金貨30枚、銀貨35枚が入っている。
ちなみにこの世界のお金は鉄貨、銀貨、金貨、白金貨、ミスリル貨、ネイダール貨となっており10枚で上の貨幣の扱いになる。
ボリスはしばらく腕を組み、ゆっくりと口を開いた。
「白金貨13枚だが、その剣と銀の剣二本を下取りで10枚でいいぜ」
「よし、買おう」
「まいど。それと防具はまだそれで良さそうだな」
「ああ、十分だ」
俺は着けている軽鎧を指で叩く。ちなみに見た目はなんの変哲もない軽鎧にしか見えない。だがミスリル銀に魔獣の皮を使ったボリス作成の特注品なのだ。
アレスからキリクになった時に新人冒険者に見えるようにとのオルトスとグラドラスの案で作られたものである。
まあ、お金はしっかりと取られた。おかげでペンデュラムなどと合わせて勇者時代に稼いだお金はほぼなくなったのだがそれでも二人には感謝している。
ただしオルトスはつけあがるから絶対に礼は言わないが。そう心に誓っているとボリスが尋ねてきた。
「キリクの旦那、これからどうするんだ?」
「夕方まで適当に過ごすつもりだ」
「じゃあ、頼み事があるんだがいいか?」
「ああ、俺にできる範囲なら」
「ありがたい。お使いみたいなもんだから誰でもできる。王都南側の大門を出てすぐ近くにあるレオスハルト鉱山に行ってこのつるはしと魔石を届けてほしいんだ。場所は入ってすぐ左通路にあるうち所有の坑夫部屋だ」
そう言ってボリスが出してきたのは、柄に小さな宝石が埋めこまれた三本のつるはしと魔石が入った大きな袋だった。
おそらく効率良く掘れるように宝石に土属性の力が入っているのだろう。もちろん快く頷いた。
「任せてくれ」
「助かる。後はこの通行届を入り口の兵士に渡せば中に入れるはずだ。頼んだぜ、キリクの旦那」
「わかった」
俺は頷くと早速ボリスの鍛冶屋を出てレオスハルト鉱山へと向かう。まあ、簡単なお使いというだけはある。十分程度歩いたらすぐにレオスハルト鉱山が見える王都南側の大門に着いてしまったからだ。
ただし、ここから先は大変そうだが。何せ巨大な岩山の周りには沢山の露店がひしめくように建っていたから。
賑わっているな。
そう思いながら露店に群がる人だかりをかき分け進んでいく。だが、進んでいるうちにこんな場所に露店を出して大丈夫なのかと心配にもなっていた。
なぜなら、レオスハルト鉱山は現役のダンジョンだから。要はダンジョン核を破壊しない限り魔物が沸いてしまうのだ。まあ、定期的に間引きして安全管理はしているのだろうが。
それでもダンジョンは魔神グレモスが創り出したものだから危険なんだがな……
露店に置かれている品物を見る。鉱物、そして魔物から取れる素材や魔石が沢山並んでいた。
要は旨味の方が優っているということか。
俺は内心苦笑しながら露店を通り抜ける。そしてレオスハルト鉱山入り口付近で暇そうにしている兵士に声をかけた。
「中に入りたい」
「ああ、冒険者か。通行証か通行届はあるか?」
「通行届がある」
「見せてくれ。お、ボリスさんとこの使いか。通ってくれ……って、一つ忠告だ。今、間引きするために中にクランが入ってる。なるべく関わるなよ」
「問題あるクランか……」
思わず溜め息を吐いてしまう。クランは個人でやる分、集まる連中はクセがある問題児が多いのだ。だが、すぐに首を捻った。何でクランが金にもならない国家事業の間引きをやるのかと。
名声目当てでも美味しくないだろうに……
そんな事を思っていると兵士が眉間に皺を寄せながら言ってきた。
「あのクランには関わらない方がいい。問題ある商人のパトロンがついているって噂だからな」
「クランを養えるほどの商人、しかも問題ありか……。わかった。気をつけよう」
俺は頷くと兵士と別れ、レオスハルト鉱山へ足を踏み入れる。すぐに体に多少の違和感を覚えた。まあ、ダンジョンに入ったということだ。
しかし、この感覚は久しぶりだな。
辺りを見回す。四、五人程の大人が横に並べるぐらいの幅。そして大人三人分の高さがあるだろう天井。まさしく魔神グレモスが作ったダンジョンだった。
ちなみにネイダール大陸中のダンジョンは基本的にこの作りである。大きな魔物が通れるようにしているのだ。もちろん俺が勇者時代に魔族を捕まえ吐かせて得た情報の一つである。
まあ、正直いらない情報だがな。
そう思いながら先へ進んでいくと目当ての坑夫部屋に到着した。
ここだな。
早速、扉の近くの壁にある呼び鈴を鳴らすと、すぐに中から仏頂面の若いドワーフが現れた。
「なんのようだ?」
ドワーフはそう聞いてきたので俺は収納鞄からつるはしを出す。するとドワーフの表情は先ほどとは打って変わって満面の笑みに変わった。
「親方のつるはしか」
「ああ、ボリスに頼まれて持ってきた」
「そうか。では入ってくれ」
ドワーフは俺を中に招き入れるとすぐに自己紹介してきた。
「俺はラドってんだ。そしてこいつらはグッタとガッタだ」
ラドは魔物避けの魔導具を弄っている二人の犬耳族の獣人を指差す。すると二人は律儀に会釈してきた。
「よろしく」
「よろしくな」
俺も頷くと挨拶する。
「キリクだ。よろしく」
「よし、自己紹介は終わり。早速持ってきた物をそこのテーブルに置いてくれ」
ラドがそう言ってきたので言われた通りにテーブルに預かっていたものを置いていく。途端に三人は上機嫌になった。
「さすが親方だな」
「魔石で採掘スピードアップか」
「やっとボロいつるはしとおさらばだな」
するとラドがボロいつるはしと言った獣人の頭を殴ったのだ。
「馬鹿やろう! ガッタ! あれは俺が丹精込めて作ったつるはしだ!」
「痛え!」
「うわ、ガッタ、痛そうだな」
「グッタ……実際、痛えよ」
ガッタと呼ばれた獣人は頭を押さえて涙目になるがラドは気にする様子もなくボリスが作ったつるはしを振り続ける。
「よし、早速試し掘りしてくるか。お前らは留守番がてら魔物避けの魔導具の整備でもしてろよ」
ラドがそう言うとグッタが頷く。
「俺達はラドみたいに戦えないから酒飲んで待ってるよ」
「酒はやめとけ。今日は間引きの日だぞ。もしもの時に酔っ払って……」
ラドが話してる最中、突然、鉱山内に大きな音が響き渡った。
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