15
「……もしかして精霊の仕業かもしれませんね」
「なるほど、確かにありえるな」
サリエラの言葉に腑に落ち、俺は頷く。
本来、精霊は精霊使いやエルフ、または特殊な目や耳を持っている者のみが見聞きする事ができるからだ。ただし、例外はあるが。
それが精霊と波長が合いやすい子供達だ。特に自然がある場所だと子供は精霊を見たり話しができたりすることもあるのだ。
「でも精霊が人に危害を加えるって相当酷い行いを精霊にしてるって事ですけど、ラニ村の人達がそんな事をしてるとは……」
「とにかく調べるしかないな」
俺達は頷き合うと結界が張られた境界線を見にいく。だが、めぼしいものは何も見つからなかった。
「魔法や魔導具を使ったなら境界線のどこかに魔術文字が刻まれてるはずだ。だが、これにはない。そうなると錬金術で作った可能性があるな」
「キリクさん、錬金術で結界って張れるんですか?」
「ああ、精霊の嫌う物をいくつか配合して地面に埋めたり物の中に入れるんだ。ちなみに触媒に必要な魔力は魔石で代用できるが効果は使う素材次第になる」
「あの……それって錬金術師の加護がなくてもできるものなんですか?」
サリエラは申し訳なさそうに見てくる。だから俺は首を横に振った。
「俺の事は気にするな。そもそも世の中の大半は加護とは無縁の生活をしているんだぞ。このラニ村のように」
「確かにそうですね。みんながみんな現れた加護の通り生きてるわけではないわけですし」
「そういう事だ。だから加護が無い者は神に見捨てられたとか言ってる奴の言葉なんて気にするな。加護がない俺にとっては必要ない加護を付けられてる方が呪いや烙印を付けられた可哀想な奴だと思っているからな」
肩をすくめてみせるとサリエラは吹き出してしまう。
「ふふ、確かにそう言われるとそうかもしれませんね。でも、そういうのは絶対に他では言わないで下さいよ」
「わかってる。まあ、話しを戻すが加護がなくても基本の錬金術はできるということだ」
「じゃあ、店に売ってる回復薬や治療薬は錬金術の加護がなくても材料と道具があれはできるって事なんですよね? そうなると錬金術師って……」
「ああ、世間的には外れ加護だな。だから錬金術師の加護を持っていても誰も深く学ぼうとしないんだ」
だから回復薬や治療薬以外の錬金術の本はどんどん少なくなっていきそれが余計に錬金術を外れ加護にしてしまっているのだ。
「しっかりと学べば魔法並とはいかなくても役に立つんだがな」
「でも魔法があればいらないと」
「ああ。簡単な薬でも錬金術は材料集めや配合などに手間がかかる。それなら店で購入したり神殿で治療を受ける方が圧倒的に効率が良い。言ってしまえば商売以外で錬金術はやる意味がないってことだな。ちなみに他にも外れ加護はあるんだが……まあ、今はそれより目の前の事だな。おそらく、この件に関しては間違いなく錬金術をかじってる奴が関わっている」
「それに精霊に関してもですね。キリクさんどうしますか?」
「結界を破壊するのは簡単だが先に犯人探しだな。サリエラには手伝いがてら覚えてもらう。上手くいけば明日には帰れるはずだ」
「そ、そうなんですか⁉︎ やはりキリクさんは只者じゃないですね!」
「サリエラが無知すぎるだけだ。しっかり覚えろよ」
「……はい」
それから俺達は村に戻り色々と用意をした後、夜を待つ事にした。
◇
日が落ち、辺りが暗くなると村人は村長の家に集まってきた。そして、しばらくすると何者かが扉を激しく叩き始めたのだ。
部屋の隅で怯えている村人達を見ると、その中にいた村長が俺達に向かって頷いてきた。要はこいつが化け物がなのだろう。サリエラに視線を移す。
「どうだ?」
「間違いなく精霊です」
「なら手はず通りいくぞ」
俺達は裏口から外に出ると表口に回り込み扉の前を確認する。いたのは通常の大きさの五倍はあるだろう巨大な鹿だった。そんな巨大鹿にサリエラは早速精霊語で話しかけた。
『お願い。何があなたにそうさせてるの? 私はあなたを助けたいの』
すると巨大鹿はサリエラと見つめ合った後に苦しげに答えてきた。
『……私達をこの身体に無理矢理閉じ込めて苦しめてるの。倒されると……また他の身体に飛ばされ他の精霊も取り込もうとする……』
『支配系の精霊魔法ね。それは辛いわ……。いったい誰にそんな事されたの?』
『……魔法でわからなくされてる。でも人がやったのは間違いない。うう……人は許さない』
巨大鹿は苦しいのか頭を大きく振りまわす。しかし、攻撃してくる気配はなかった。きっと助けてくれるかもしれないサリエラのために苦しい思いをしながら抗ってくれているのだろう。
しかし、人がやった事だけ覚えさせて村の人達を襲わせているのか。悪趣味な奴がいるな。
顔を顰めながら銀の試験管を取り出す。状態異常を打ち消す対魔法薬だ。それを巨大鹿に投げるとすぐに巨大鹿から沢山の色とりどりな小さい光り……精霊達が飛び出してきた。
『私達、自由よ!』
精霊達は支配系の魔法から解放され、嬉しそうに俺達の周りを飛び回る。巨大鹿の方は元の大きさに戻ると何処かに走っていってしまった。俺はすぐにサリエラに顔を向ける。
「誰に支配系の魔法をかけられたか聞いてくれ。それと犯人の場所まで案内できるかも」
「はい」
サリエラは頷き精霊達に話しかける。
『皆、誰に魔法をかけられたか覚えてる?』
『ええ、覚えてるわ! あいつ許さない! でも、結界があるからあいつの場所に行けない!』
「サリエラ、精霊達にその結界を壊してやるから、俺達をそいつの場所まで案内するように伝えてくれ。その間に村長達を呼んでくる」
「あ、はい。あれ? 何でキリクさん精霊の言葉が?」
サリエラが何か言ってくるが俺は無視して家の中に入った。
「村長、とりあえず化け物の件は終わった」
「ありがとうございます! では、次ですね」
「ああ」
「すぐに用意します」
村長は側にいた村人の一人を連れて外に出ていった。するとノルが俺に駆け寄ってくる。
「ねえ、冒険者の兄ちゃん、化け物倒したの?」
「ああ、でもこれからが本当の化け物退治だ。だから、お父さん達にも手伝ってもらう」
「えー! 俺も行きたいよ!」
「お前には大事な仕事がある。お父さんがいない間、ここにいる人達を守ってもらわないといけないんだ。できるか?」
「も、もちろんだよ! 俺がここを守る」
ノルは持ってた木の棒を掲げた。
「お前は立派な戦士だ」
「へへへ」
俺はノルの肩を軽く叩いた後、表口から外に出る。既にサリエラと村長と五人の村人が集まっていた。
「キリクさん、村の者達の準備ができました」
「キリクさん、こちらも精霊との話はが済んでますよ」
「わかった。後は結界を壊す」
俺は弓を出し対魔法薬を塗った矢を真上に向けて放つ。矢はドーム状の膜に刺さりヒビが入ると音をたてて割れた。
「あ、私の精霊が来ました!」
「上手く結界は破壊できたみたいだな。早速、案内してもらおう」
『お願い。あなた達を苦しめた者達の場所まで案内して』
サリエラが精霊達に頼むと頭上に浮いてる小さな光達は、ゆっくりとある方向に向かいだした。
「この方向は……」
村長の呟きに村人達の表情が強張る。おそらく、彼らは何処に向かうかわかったのだろう。とりあえずは黙ってついて行く。しばらく山道を歩いて行くと寂れた村に到着した。
「この村とはどういう関係なんだ?」
「このトキ村は私達が生まれ育った村なんですが父から引き継ぎ兄が村長になってからは滅茶苦茶になりましてね。それに嫌気がさした者達で村を出たんです。それでラニ村を作ったのですが、しばらくするとトキ村からどんどん村人が来てしまいまして」
「トキ村の村長の横暴さに嫌気がさしたんだな」
そう言うと村人の一人が頷く。
「あいつ、自分の考えが全部正しいと思いこんでんだ。だから皆出て行ったのさ。なあ」
すると側にいた村人達が何度も頷いた。おかげで、何となくだが今回の騒動の原因が見えてくる。だから答え合わせをするために俺は村長達に視線を向けた。
「それからいざこざがあったんじゃないか?」
「はい。私が皆を唆していると難癖を……」
「それに嫌がらせもな」
「ああ、石を投げてきたり毒蛇やボアを村の近くに離したりしやがったんだ」
皆の言葉にサリエラは呆れた表情をする。
「それ、もう犯罪じゃないですか……」
「だが、その行動もある日を境に止まったんだろう?」
そう聞くと村長は頷いた。
「はい。三年半前に急にぱったりと。更にラニ村に近づく気配すらなくなって……。だから、今回の件は違うと思っていたんです。そもそも、あんな化け物を兄が操れるとは思わなかったですし……」
「まあ、それに関してはこれからわかるはずだ。サリエラ、精霊達に連中を外に連れ出すよう伝えてくれ」
「はい」
サリエラは精霊達に話しかけると沢山の小さな光は明滅した後、消えてしまった。まあ実際は消えてるわけでなく俺達に存在をアピールしなくなっただけである。だがサリエラには見えているらしく目で追っていた。
「キリクさん、精霊達が行きましたよ」
「わかった。じゃあ、俺達はここで待っていよう」
それからしばらくすると、一軒の家から三人の男が悲鳴を上げながら飛び出して来た。そして俺達の目の前で倒れると地面をのたうち回ったのだ。
「ぎゃーー! 助けて‼︎」
「痛い! 痛い!」
「熱い熱い! 冷たい‼︎」
姿は見せてないが精霊達が攻撃しているのだろう。何せ次々と三人の体に火傷や凍傷などが増えていくのが見えたからだ。
「サリエラ、そろそろやめさせてくれ」
『もうやめて』
サリエラがそう言うと精霊達は攻撃をやめ三人はのたうち回るのをやめぐったりして動かなくなった。しかし、すぐに俺達に気づくと村長似の男が痛みで顔を歪めながら怒鳴ってきたのだ。
「き、貴様らか! 俺達をこんな酷い目に会わせたのは!」
「酷い目? そもそも酷い事したのはお前達だろう」
「はっ? 何をわけのわからないことを言ってる! 言いがかりはよせ!」
「ほお。はっきりお前達の所為だとわかっているものがいるのにそう言うのか?」
俺が上を指差すと、村長似の男の後ろにいた二人の顔色が真っ青になった。それで確信する。二人が結界を張り精霊に魔法をかけて動物に閉じ込めた犯人だということを。
案の定、精霊が教えてくれた。
『私達を動物に閉じ込めて命令した奴!』
『結界を張った奴だ!』
『二人に命令したやつだ!』
精霊達はまだ怒っているらしく頭上で光り出すと三人は悲鳴を上げる。
「ひぃぃーー‼︎」
それから固まって震え出したが俺は一人ずつ淡々と縄で縛っていった。すると村長似の男が今度は俺に向かって怒鳴ってきたのだ。
「な、何をしやがる貴様! これは間違いなく犯罪だぞ! 絶対に訴えて……」
「黙れ‼︎」
しかし喋り終わる前に村長が横っ面を殴り飛ばしてしまったのだ。だが、村長似の男はすぐ睨み返してくる。
「痛えっ! くそっ、俺を誰だと思ってる。お前の兄だぞ。俺を敬え!」
「ふざけるな! お前は兄なんかじゃない! 化け物を使って母親殺しをした悪党だ! くそっ! あの人は最後までお前の事を気にしてたのに……その、気にしていた奴に殺されたなんて……」
「うるさい! うるさい! お前が全部悪いんだ!」
「この……!」
村長は顔を真っ赤にさせながら拳を振り上げたので俺は腕を掴んだ。
「もうやめておけ」
「キリクさん離してください! こいつは痛みで理解させるしかない!」
「いや、世の中には何を言っても響かない奴もいる」
俺は今だにこちらを睨んでくる村長の兄を見る。すると村長は肩を落とし項垂れた。
「……そうですね。それでこれからどうされるのですか?」
「今回の件でこいつらが犯罪をしているのは確定になった。だから冒険者ギルドに引き渡す。まあ余罪も考えると二度とここには戻れないだろうな」
そう説明すると村長の兄が再び怒鳴ってきた。
「ふざけるな! トキ村から村人を奪ったから俺は仕返ししただけだ! 俺は悪くない‼︎」
「言い訳は冒険者ギルドでするんだな。まあ、その前に彼らにもしないといけないだろうが……」
頭上を見つめると三人は顔を真っ青にさせ震え出してしまった。頭上に真っ赤に輝く光がいくつも見え、怒りを明確に感じたのだから。
俺は三人の馬鹿さ加減に溜め息を吐いた後、村長達に声をかける。
「これからあいつらは精霊と大事な話し合いをするらしい。しかも長話になるそうだ」
既に話し合いが始まり三人の悲鳴が聞こえてきたが、俺はそちらを見ずに言うと村長達は苦笑しながら頷いた。
「わかりました。では、私達は村の中を人がいないか隅々まで探してみます」
「じゃあ、俺達も探してみる」
それからは皆で時間をかけ家を見て回る。もう誰も人がいないのをわかっているのにだ。何せ壮絶な話し合いが行われている光景を見たくなかったからだ。
俺は近くにあった椅子に座り、悲鳴が聞こえる方に視線を向けた。
やり過ぎないようにしてくれればいいが。
そう思いながら連中を冒険者ギルドに引き渡す方法を考えているとサリエラが側に来て話しかけてきた。
「あの……私、今回ほとんど何もしていない様な気が……」
「何を言ってる? 精霊達と会話していたろう。むしろ今回はお前一人でもできたはずだ」
「いえいえ、結界解除は強引に出来たとしても動物に閉じ込められた精霊を解放するなんて私には無理です! キリクさん私をかなり過大評価していませんか? いいですか。私は精霊頼りの斬って終わりの討伐依頼ばかりをやってるアダマンタイト級ですよ」
サリエラは自虐気味にそう言ってくるが俺は肩をすくめた。
「斬って終わりの討伐依頼だって大変だろう」
「それだって精霊のフォローがあってできてるんですよ」
「精霊のフォローか。ちなみに精霊の属性はなんだ?」
「風と水です」
「攻撃系も治療系もできるってことか」
「はい。私もできますけど精霊の方が効果が高いんです」
「要は三人パーティーをしてるようなものか。なるほど、色々納得した」
「でも、今回のように結界によって精霊達と離れて一人になってしまった事で、自分が何もできない事がわかりました」
「なら、自分に何が必要か見えただろう」
「はい。知識に経験に魔法にキリクさんです!」
「知識に経験に魔法を頑張れよ」
「ちょっと、最後が一番大事なんですよ!」
「魔法は確かに大事だな。解除系の魔法をしっかり覚えろよ」
「うーー……。わかりましたよ」
サリエラは恨めしそうに見てくるため、俺は面倒臭げに溜め息を吐く。本音は久々に充実した一日だと感じていたが。
だから、もう少しだけサリエラに冒険者の基本を教えていこうと思うのだった。
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