第8話 ベネフィット教団 その二
「何を言ってるんだ。ムチャすると傷口がひらくかもしれないぞ。青蘭は待っててくれ」
「そうだ。青蘭。私たちに任せて」
龍郎と神父が二人がかりで止めたが、青蘭はきかなかった。
青蘭は今回、限界まで追いつめられている。生きていく上で必要なすべての力を奪われたのだ。あせる気持ちはわかる。が、龍郎は心配でならなかった。
しかし、どんなになだめても聞いてくれないので、けっきょく、しかたなく青蘭もつれていくことになった。鎮痛剤を買って飲ませたものの、青蘭のひたいにはうっすらと汗が浮かんでいる。手をにぎると熱っぽい。
「青蘭。しんどかったら言うんだよ? いいね? 絶対にムリはしない」
「うん。わかってる」
とは言うものの、今の青蘭は立っているだけでつらいはずだ。すでにムリはしている。
それにしても、ほんとにここがベネフィット教団の教会なのだろうか?
「フレデリックさん。ここは……」
「まちがいない。この地下に教会がある」
神妙な表情で言う神父のおもてを、赤い色のネオンが照らした。と思うと、次にはピンクが。
道の両側にビッシリと建物がならび、そのそれぞれにネオンが輝いている。
客引きや酔客で通りはにぎわっていた。
新宿歌舞伎町。夜の街。
バーやクラブが軒並みつらなっている。
目的の場所は六階建てビルの一階にあるガールズバーだ。
「ちょっと待ってください。ビルの地下なら、何もバーに入らなくてもいいんじゃないですか?」
「バーのなかで合言葉を言うと通してくれるらしい」
「ああ……目に見えて怪しいですね」
じつを言うと、龍郎はこの手のところに来るのは初めてだ。兄が生きていたころは二人で居酒屋に行って飲んだこともあったが、女が接待につくようなバーではなかった。
大学を卒業すると同時に青蘭とつきあいだしたから、必要性も感じなかったし、何より、青蘭にバレたら殺される。
なれないので、潜入調査のためとは言え緊張した。
青蘭の手をにぎったまま、神父のあとについていく。
薄暗い照明の店内には、変なカッコをした女の子が目につく。よくわからないが、なんらかのコンセプトなのだろう。ピンクや紫の髪をポニーテールやツインテールにしたロリ娘が、けばけばしい色のアンティークドール風衣装を着て、さらには眼帯や包帯をつけていた。ギプスをはめた子もいる。怪我ドールだ。
やっぱり東京で暮らすことは自分にはできそうにないと、龍郎はあらためて思う。
「いらっしゃいませ。ドールの館へ。三名さまですね? こちらへどうぞ」
ホール係らしい男にテーブルへ案内されると同時に、二人の怪我ドールがやってくる。龍郎と神父のそれぞれにとびついてこようとするので、青蘭が牽制した。熱で紅潮した頰とうるんだ瞳のなまめかしい青蘭が、龍郎のひざにのっかってきたのだ。怪我ドールはすぐさまターゲットを神父にしぼる。
それにしても店内は歓待法のオリジナリティ以外に異常はない。どこにも宗教がかったふんいきは感じられなかった。
「ねえねえ、何か飲む? いっぱい頼んでくれたら、デイジーの傷、見せてあげるよ」
「デイジーのより、ローズマリーのアザのほうがスゴイよ。見たい?」
なぜか女の子たちは包帯の下を見せたがる。メイクで作っているのだろうが、派手に青アザができていた。
これのどこが楽しいのだろうか。
理解不能だ。
「あの、フレデリックさん……」
早く教会に行きたいのに、のんびり怪我ドールと飲んでいる場合じゃない。
水割りを二、三杯あけたあと、神父が切りだした。
「水割りもいいが、“楽園に通じる恩恵”を注文したいな」
痛いアンティークドールになりすました女の子が急に黙りこんだ。
さっきのホール係の男に目くばせしている。男がよってきて、こう言った。
「恩恵には特別料金がかかりますが、よろしいですか?」
「もちろん」
「三人ぶんで百五十万になりますが」
「かまわない」
神父がブラックカードをちらつかせる。
すると、ホール係が奥からさらに別の女を呼んだ。女はさきに立ち、奥の廊下へと歩いていく。カーテンや仕切りで作られたせまい空間を通り、やがて床を切りとったような穴のなかに、地下への階段が現れる。人間一人通るのがやっとの幅だ。
女はそこで止まった。
黙って階段のさきを指さす。
ここからは自分たちだけで行けという意味らしい。
(匂い……)
悪魔の匂いだ。
このさきに悪魔がいる。
教祖だろうか?
階段には照明がなく真っ暗だった。
一歩ずつ慎重におりていく。
「青蘭。大丈夫?」
「うん」
階段はほんの十数段。
地下一階ぶんだ。
「行きどまりだ」
先頭の神父がつぶやいた。
そのとき、上部でとつぜん、カミナリのような音が響く。
見あげると、階段の入口が四角く見えていた。一階からの光に照らされ、そこに立つ女の影が黒く浮かびあがって見える。
だが、その四角は刻一刻と小さくなっていた。出入口の穴を上からふさいでいるのだ。
「何するんだ!」
かけあがろうとしたが、うしろの青蘭とすれ違うためにモタモタしているうちに、穴は完全に閉ざされた。
「だまされた。こっちの正体が知られてたんだ」
「そうかもしれないな」
「くそッ。どうしたらいいんだ」
あまりにもせまい。換気の悪い閉所。近いうちに呼吸も困難になるだろう。
龍郎はあせった。が、神父はやけに落ちついている。
「龍郎。ここに環がある」
「環?」
「鉄の輪だ」
せまくるしいが、神父の背中ごしに龍郎も壁をさぐってみた。
すると、たしかに手を入れてにぎるのにちょうどいいサイズの輪がついていた。いかにも何かの仕掛けだ。
「ひいてみるか?」
問われて、龍郎はうなずいた。
「もちろん」
ギギギ……と、きしむような音が暗闇に響く。壁がクルリと反転した。
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