第7話 潜入 その三



 防犯カメラの映像を見せてもらえるよう頼んだり、警備員につきそわれて社内のあらゆる場所を見てまわったり、考えられるすべての手段で探したが、青蘭は見つからなかった。

 今ごろはとっくに別の場所に移されているのだろう。


 だが、おかげで社内の間取りはだいたいわかった。大きなオフィスだが、その広さにくらべて異常なほど社員の数が少ない。ハリボテの城を連想した。


「ほら、どこにもおられませんでしょ? ご満足いただけましたか?」と、茅野が勝ち誇ったように宣言する。


 龍郎は反論のしようがなかった。

 これ以上ねばることはできない。

 あとは神父に任せ、不承不承、光矢製薬をあとにした。


 外へ出て、佐竹法律事務所へ帰るべきか迷う。青蘭がさきに帰っているかもしれない。あるいは、あとから帰ってくるかも……。

 そんなこと起こるはずがないと頭ではわかっているのに期待してしまう。


 だが、ほかにも気になることがある。

 あの天使の香りの少女だ。

 龍郎を青蘭から引き離すように現れた少女。決して、ぐうぜんではない。青蘭をさらったのが誰なのか黒幕はわからないが、少女も共犯であることは、タイミングから言っても間違いない。


 そして、少女は昨夜も龍郎たちのすぐそばに現れた。

 あのときは光矢製薬と関連性があるとは思っていなかったから疑わなかったが、おそらく、あれも偶発的なものではないだろう。

 誰かに命令されたのではないだろうか。

 いなくなる前、口笛が聞こえた。

 あれは撤収の合図だ。


 あのカプセルホテルをもう一度、調べてみよう。何か少女の痕跡が残っているかもしれない。


 龍郎はタクシーでカプセルホテルへ向かった。ちょうど、黒川が例の大きなキャリーケースをひきずってチェックアウトするところだった。受付の前にいる黒川と彼のカバンを見たとき、龍郎は思いだした。


(そうだ。あのケース——)


 白い髪のようなものがはみだしていた。天使の香りのする少女と同じ色の……。


 急にドキドキしてきた。

 そう言えば、あのトランクなら充分、人間も入っていられる。

 そんなバカなとは思うが、黒川もまさか、製薬会社と結託しているのでは?


「やあ、おかえり。いなくなったから、おれのこと置き去りにして帰ってしまったのかと思ったよ。どうした? 血相変えて?」


 向こうから声をかけてくる。

 龍郎は黒川の前につめよった。


「黒川さん」

「なんだ? 怖い顔して。青蘭ちゃんはどこよ?」

「そのキャリーケースのなかに何が入ってるんですか?」

「は? おれの大事なものだよ」

「あけてみてください」

「なんでだよ?」

「いいから」

「ヤダね。あんたのために、そこまでしてやる義務はない」


 黒川が渋るので、ますます龍郎は怪しんだ。ここは強引に奪いとってでも開けさせようと思う。が、よく考えたら、キャリーケースには鍵がついている。


「青蘭がさらわれたんです。まさかと思うけど、そのなかに隠してませんよね? その大きさなら充分、大人一人、入れておける」

「えっ? 青蘭ちゃんがさらわれた?」

「そうです。だから、なかを見せてください」


 それでもしばらく、黒川は龍郎を見つめていた。しかし、はあッとため息をついて、しかたなさそうに床の上にケースをひろげる。


 龍郎はギョッとした。一瞬、ほんとに人間が——あの少女が隠れていたのかと思った。

 長いプラチナブロンドの美しい少女が、胎児のようなかっこうで、そこによこたわっている。まわりをやわらかい布で覆われていた。


「黒川さん! これは——」


 だが、問いつめようとする龍郎を、黒川は片手で制する。


「よく見てみなよ。それは人形だ。よくできてるだろ?」

「人形?」

「そう。人形。平面だけでなく立体芸術も試してみたかったんだ」

「あなたが造ったんですか?」

「ああ」


 龍郎はしゃがみこんで、まじまじとを凝視する。

 まるで生きた人間のようだ。が、頰にふれると固かった。ろうのような感触だ。ヒヤリと冷たい。


(それにしても、あの女の子によく似てるな)


 とは言え、人でないことはわかった。

 もしかしたら、黒川はあの少女を見たことがあるのではないだろうか。少女をモデルにして、この人形を造ったのだ。それなら黒川も共謀を疑えるのだが。


「これ、モデルはいるんですか?」

「いや。おれの理想像だよ。これでも芸術家だからね」


 黒川は龍郎を手でどかせ、ケースを閉めた。もう少し観察したかったが、勘違いだとわかったので、無理強いすることは諦めた。


「それより、青蘭ちゃんが誘拐されたって、警察には通報したのか?」

「いえ、まだ。佐竹法律事務所に行ってみます。もしかしたら、青蘭が帰ってるかもしれない。可能性は低いけど」

「おれも行くよ」


 というわけで、今度は二人で移動する。

 佐竹法律事務所に到着したときには夕刻になっていた。

 青蘭はそこにいなかった。

 やはり、製薬会社で拉致されたのだ。


 途方に暮れていたとき、龍郎のスマホに電話がかかってきた。


「青蘭? 青蘭か?」


 あわててたずねたものの、青蘭ではなかった。フレデリック神父だ。


「怪しい場所がある。ただ、妙な気配を感じるんだ。私一人では太刀打ちできないかもしれない。君にも来てほしい」

「わかりました。行きます」

「光矢製薬のむかいのテナントにコンビニが入ってる。そこで落ちあおう」

「すぐ行きます」


 電話を切ると、図々しくソファーを占領した黒川が声をかけてきた。


「行くのかい?」

「黒川さんはここで待っていてください」

「ああ。行ってらっしゃい。おれは寝てるよ。昨日はせまくて安眠できなかった」


 黒川を事務所に残し、龍郎はふたたび、光矢製薬へと急ぐ。

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