第4話 化粧 その二
「行方不明になった可能性がある人たちは、いなくなる前に何か言っていませんでしたか?」
龍郎の問いに、やよいは真剣な顔をして首をふった。
「それが……おかしいんです。みんな、いなくなる前に急激に老けこむんです。どっか病気なんじゃないかと思ってると辞職したって言われて、姿が見えなくなって。それに、マーケティング部だから、いろんなお客さまに電話をかけるんですが、その人たちの反応も異常な感じがします。何かあるんじゃないでしょうか」
「急に老けこむって、どんなふうにですか? 悩みごとがありそうとか?」
「そう言うんじゃないんです。態度は変わりません。でも外見が……わたしと同年齢とは思えないくらいに、急激に年をとって見えるんです。同級生の綾子はいなくなる前、わたしと二人で遊びに行くと、よく母親に間違えられました」
やよいは二十代なかばだろう。
その同級生が母親と間違えられるとなれば、五十前後に見られると言うことだ。
「うーん。それは変ですね。でも、あなたからは霊的な障りがあるように見えないんです。おれたちの得意な仕事ではないかもしれません。そのときには、あらためて一般の探偵社に頼んだほうがいいでしょう」
「わかりました」
青蘭がせっかちに口をはさむ。
「とにかく、現場を見ないことには断言できないよ。そのオフィスを見に行こう」
「でも、おれたちがなんて言って製薬会社を訪問するんだ?」
「薬を買いに来たって?」
「それ変だよ」
ごちゃごちゃ言いあっていると、依頼人の顔に少し笑みが戻る。
「八重咲さんが化粧品を買いに来たって言えばいいんじゃないですか? 定期購買がしたいけど、自分にあった化粧品を調べてもらいたいって」
龍郎は青蘭と顔を見あわせる。
「……天野さん。うちの所長は男だけど、それでもいいのかな?」
「えっ?」
『マジですか?』——と、やよいの目がたずねてくるので、龍郎は『マジですよ』と目で答えた。
「そうなんですね。失礼しました」
あわてて、やよいが謝罪する。が、青蘭は言った。
「いいよ。僕が女装していけば問題ない」
「女装……青蘭、本気?」
「本気です。やると言ったらやります」
「じゃあ、服の支度しないと」
「こんなこともあろうかと持ってきてます」
「ええッ?」
「変装は探偵の常套手段じゃありませんか」
それはそうだが、なんだか青蘭の変なスイッチが入ってしまったようで怖い。
龍郎はちょっと落ちつく時間を与えるために、こう切りだした。
「さきに天野さんのお友達の……綾子さんでしたか? その人に会ってみるっていうのはどうかな? 自宅を訪ねてみよう。詳しい話が聞けたらいいし、聞けなければ、あらためて会社訪問する。ね? 青蘭」
「……わかりました。そうします」
「天野さん。それでかまいませんか?」
やよいはうなずいた。
「綾子の自宅は世田谷区のタワーマンションです」
「世田谷……タワーマンション……二十代のOLがそんなに稼げるものですか?」
東京の土地事情にはうといが、一般市民が簡単に住めるものじゃないことは想像できた。たぶん、分譲マンションだろうし、そうなると価格は億単位のはずだ。
思わず問いただすと、やよいはこう説明した。
「社の所有物件を社員寮として無償で貸しだしているんです。わたしはまだ入社してまもないので、そこには住んでいませんが、今月中には引っ越しすることになっています。そういえば……いつのまにか辞職した人たちは、みんなあの寮暮らしの人たちのような?」
やよいは頭のなかで辞職者と寮の関連性を考えているらしく、指折り数えながらそう言った。
「なるほど。そこを訪ねたいな。もしかしたらマンションのなかで急病にふせってるのかもしれないですしね」
やよいは決意したような顔になる。
「わたし、午後休とります。どうせ、このあとも電話でアンケートとるだけですし、半日くらいいなくても平気です」と言ったあと、やよいはメガネの下の瞳をくもらせた。
「……ほんと言うと、あの仕事になんで会社があそこまで高額をくれるのか謎なんです。防犯カメラのようなものもないし、仕事をサボっていても社の上司は気づかないんじゃないでしょうか。それも不審なことの一つで」
「失礼ですが、さしつかえなければ教えてください。月給でいくら貰えるんですか?」
「わたしは新入社員だから百万です。先輩は三倍以上じゃないかと思います」
一流の大手企業だとしても、新卒で月に百万はかなり割りがいいだろう。それも仕事の内容は電話アンケートで、とくに国家資格や経験が必要なわけではない。
「ちょっと腑に落ちませんね。その上に都内一等地の高級社員寮なわけですよね? 待遇がよすぎる」
「……ですよね」
霊的な現象ではなさそうだが、裏で犯罪が行われているのではないかと思えた。龍郎の性分ではほっとけない。
「じゃあ、今からそのタワーマンションに行きましょう」
やよいが社に早退を申しでたのち、三人で喫茶店をあとにした。
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