第2話 首つり峠 その四



「義姉は会ってくれませんよ。このごろは私の顔を見るのもイヤらしくて、電話をかけても出てくれません」

「鹿原さんをさけているんですね。ますます怪しいなぁ。ちょくせつ会わなくてもいいので、姿を見ることができますか?」

「まあ、それならなんとか。義姉の務め口のスーパーへ行けば」

「なるほど。それなら客のふりして話もできますね」


 というわけで、次はスーパーだ。

 その前に親族の集合写真を見せてもらい、義姉の穂富ほとみの顔を確認しておいた。名字は同じ鹿原だ。


「ねえ、龍郎さん。本人からちょくせつ聞けばいいんじゃない? そこにいるんだから」と青蘭が言うので、念のため、再度、二階に戻り、輝の霊に問いかけてみたものの、うう、ううとうなるばかりで返事は得られなかった。


「やっぱりダメか」

「役立たず! 出るんなら事情くらい自分で話せよ」

「青蘭。霊に怒ってもしょうがないよ。おれたちで調べよう」

「使えないヤツ!」


 美輝には部屋を出てもらっていたから、壁にむかって罵倒する奇矯な所長の姿を見せなくてすんだ。


 鹿原の自宅をあとにして、戻ってきたのは、さっきのファミレスだ。そのすぐななめ前に、穂富の勤務先であるスーパーがあった。


「じゃあ、おれたちだけで観察してきます」


 言い残して、青蘭と二人でスーパーのなかへ入っていく。食材と日用品だけを置いた地域限定のスーパーだ。全国チェーンの大型店ではないので、客も店員も陳列された商品も、ひなびた感じ。近所の主婦が夕食の買い物にだけ使うような店である。


 商品を探すふりをして、それとなく店内を歩いてみた。が、写真で見たアラフィフの女はいない。レジ係らしいが、手のあいているときは裏方や商品出しなどもするのだろう。


「困ったね」

「今日、出勤なのかな?」


 こそこそ話していたときだ。店員の制服らしきロゴ入りエプロン姿の女が、従業員用の出入り口のなかへ入っていった。


 青蘭の目が“行っちゃう?”と言っていた。

 龍郎はためらったが、穂富が遺産を着服しているとしたら、素直に打ちあけてくれるはずもない。探偵業にはこのくらいの違法行為が必要なのかもしれないと考えた。もしも誰かに見とがめられたら、トイレを探していて迷ったことにしようと決意する。どこへ行っても重宝する言いわけだ。


「ちょっと、青蘭はここで待ってて」

「ヤダ。いっしょに行く」

「二人だと目立つよ」

「ヤダ。いっしょに行く」

「…………」


 言い争っていれば、よけいに目立つ。

 しかたないので、青蘭と二人で従業員のバックルームへと侵入した。

 入ってすぐに食材やカートなどがゴチャゴチャと置かれていて、人目をしのぶにはもってこいだ。


 物陰にひそみながら周囲を観察していると、話し声が聞こえる。

 のぞいてみると、ついさっき、この出入り口に入っていった女が別の女と話している。


「鹿原さん。休憩、もう終わりじゃないの?」

「ああ、もうそんな時間か。イヤんなるわぁ。ほんと」

「だから早く新しい人と再婚しちゃえばいいのに。女は旦那に稼がせてなんぼよ」

「まだねぇ。ふんぎりがつかないんだわぁ」

「それもそうかぁ。一周忌だもんね」

「それもあるけど……」


 どうやら話し相手は穂富だ。

 内容から察するに、穂富にはすでに再婚してもいいという相手がいるらしい。


(前の旦那さんが亡くなって一年でか。それも自殺だったのに。旦那さんが悩んでたと知ってて、悔やんだりしなかったのかな? 夫婦の愛情なんて、しょせんはそんなものか……?)


 話し声はそこでやんだ。

 足音が近づいてくる。

 写真で見た穂富が売り場へ出ていった。生で見ると、わりと美人だ。若いころはかなりキレイだったのだろうと思える。


 龍郎は急ぎ、青蘭の手をひいてバックルームをあとにした。どうにか誰にもバレずにすんだ。探偵業というのは、やけにドキドキする職業だ。


 レジのほうへ歩いていく穂富のあとを追い、その背中をながめる。

 見た感じ、霊に取り憑かれている感じはない。悪魔の匂いもしない。

 しかし、少し気になることもあった。

 悪魔化するほどではないのだが、感情に黒い翳りが見える。邪な匂いがした。悪魔になる前の、“悪魔の種”とも言うべき、かすかな邪気だ。


「あの人、ちょっと変だよな。青蘭?」

「うん。あと少しで悪魔になりそう」

「やっぱり」


 夫が急死したのだから、生活の面でも以前と同じようにはいかないだろう。

 でも、困窮しているようすではない。輝さんには借金などはなかったというし、子どももいなかったというから、贅沢さえしなければ、ふつうに暮らせるはずである。経済的なことが原因ではないだろう。


 穂富は要観察だ。

 このまま放置しておくのは危険だと判断した。


 そのあと、車のなかで飲めるよう、ペットボトルのミネラルウォーターやお茶を数本買った。レジで支払いするあいだ、穂富のようすをながめていたが、接客はごくまともだった。胸のあたりに黒い炎がゆらめいているように見えることだけが異常だが。


「お待たせしました。次の場所へ行きましょう」


 スーパーの駐車場に戻り、鹿原と合流した。鹿原は自分の車の窓をさげ、「どこへ行きますか?」とたずねてきた。


「お兄さんの亡くなった場所です。現場に行けば何か手がかりが残っているかもしれない」

「今からですか……」

「遠いんですか?」

「いえ。ここから三十分ほどですね」

「わかりました。案内お願いします」


 龍郎はまた自分の車に乗りこんだ。青蘭は助手席に。後部座席では、マルコシアスがのんびり昼寝中だ。


 自動車が出発すると、しだいに民家や商店のあるあたりを離れていく。田畑が増え、やがて山道にさしかかるところで、前を走る鹿原の車がいったん停車した。

 龍郎も軽自動車を路肩に停めて歩みよる。


「どうかしましたか?」

「このさき道が二又になります。海岸線にいくつか漁港があり、今はみんな、新しくできたトンネルを使うんです。が、兄の遺体が見つかったのは、そのトンネルができる前に使われていた旧道のまんなかあたりです。ここからものすごくまがりくねった山道になりますから運転に気をつけてください。草木なども茂って、かなり危ないですから」

「わかりました」


 ふたたび車に乗りこみ、鹿原についていった。

 旧道の入口は両側からたれさがる枝に覆われ、見るからに暗い。

 なんだか嫌な匂いがしていた。

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