孤独なアダム

晴れ時々雨

第1話

背を向けて眠る妻に靖は手を伸ばした。布団と体の隙間に腕を差し入れもう片方の腕と両方で彼女の体を自分の方へ引き寄せる。腕の中で寝息を立てる妻の項に鼻先を当て息を吸い込みながら首筋にキスをする。寝ぼけたような声を漏らす妻の体に覆いかぶさり顎を持ち上げ、今度は閉じた唇にキスする。何度か舐めると妻は軽く口を開いて靖の舌を受け入れ、しばらく好きなようにさせた後、ゆっくりと応えはじめる。

唇を合わせたまま靖の手は雪崩た妻の乳房を這い揉みしだく。乳首を意識して強く揉んだあと手を下にのばし下着の中へ滑らせ陰部の襞に割り込ませ襞の中心を指が往復するとぬるりとしてくる。どんどん滑りが良くなり、妻の息が弾んでくる。靖は自分の穿いている寝巻きと下着を慌てて脱ぎ去ると妻を仰向けに転がし、いっぺんに妻の衣類を取り払うと、太腿を割って亀頭の先端を膣口にあてがいゆっくりと挿入する。じっくりとしかし深く女の細い道を突き進む。突き当りで腰を反らし捩じ込む。彼女が詰まったような声をあげる。その声の余韻で反った喉が鳴り、わなないた唇を貪りながら、出発する機関車のように腰の抽送を始める。重ねた唇の間から途切れ途切れの激しい喘ぎ声が漏れる。上半身を離し妻の体を揺さぶりながら更に彼女を突き上げる。すぐそこにある果てを探し何度も同じ動きを繰り返す。妻の腹が揺れて白くうねる。再び妻に覆いかぶさり、深い行き止まりで昂りは爆発した。

荒い呼吸が徐々に収まる。

「ごめん」

「…いいよ、」

お互いに体を拭き寝床で横になる。

「おやすみ、ありがとう」

靖は半分睡魔に食われながら囁く。

妻の返事がない。瞑ろうとした目をなんとか開けて隣を見ると、妻はベッドの上に起き上がったままじっとしている。

「どうしたの、具合悪い?」

それでもまだ黙ったまま、妻は寝ようとしない。

「どうしたんだ」

靖はやっと異常に気づき自分も起き上がった。

「あのさ、今度するとき、誰か連れて来てよ」

「えっ?」

妻は素早く横になり布団をかぶる。

「嘘、冗談。おやすみなさい」

寝入り際にタチの悪い冗談を口にする妻に憤然としながらも睡魔に負けた靖は、それから空が白むまで彼女が眠れずにいたことを知る由もなかった。



酒の追加が足りなくなり、靖はコンビニまで出た。今夜は後輩である武田と居酒屋で飲んで、気分よく出来上がった靖は自宅に彼を連れて帰り飲み直そうということになった。武田は靖の大学のときの三年後輩にあたるのだが、サークルの付き合いなどで当時からどことなく気が合い、社会に出てからもたまに外で会うことがあった。結婚式にも参列しており、妻の亜紗美とも面識はあった。自宅に招いたことはないが、外で会ったことは何度かある。武田は気さくな性質だし、亜紗美も武田にはそれほど気を使わなくていいといっていたこともあり、連絡なしで彼を連れ帰った手前、遣いを頼むのも申し訳なく思った靖は自分で買い出しに出たのである。

男と女を二人きりにするということに一瞬下劣なイメージを浮かべたことを苦笑して会計を済ませる。バカバカしい。安い官能小説じゃあるまいし。でもトイレに落ちてたら読んでやってもいいかな。

仄かな酔いが手伝う軽い足取りで帰宅すると、リビングのソファの上で武田と亜紗美がキスをしていた。

靖が帰宅したことに気づきながら二人は離れるどころか音を立てながら舌を弄んでいる。

「何やってんだよ」

その後の静寂に響く水っぽい粘着音。亜紗美の顎にはどちらとも不明な粘液がぶら下がっている。

おい、とがなりながら踵で床を踏み鳴らして近づくとようやく二人は離れた。

武田は手で靖の体を制する。

「まぁまぁ、先輩」

「何言ってんだよ、なにが…」

「先輩、ダメじゃないですか。亜紗美さんのこともっと考えてあげなくちゃ」

武田は長い舌で口の周りを舐めとり、薄く笑った。

「はぁ?何がだよなんの関係があるってんだよ」

「ホラ」

武田が顎をしゃくると亜紗美はどこかぼうっとしたまま手で顎を拭い、それを舐めた。

「こないだのアレ、冗談なんかじゃないから」

「は…?」

「連れて来てくれたんでしょう?私の相手。あなた一人じゃ、とてもじゃないけど満足出来ない」

靖は反論しようとしたが声にならない。

「あなたのこと、好きよ。愛してると思う、たぶん。でもそうじゃないの、これは」

「言いたいことはわかりますがね、先輩はこれについちゃ、我々に従っていた方が得策なんじゃないかな。僕らは別に不倫だ浮気だって訳じゃない。要するに利害の一致ですよ。亜紗美さんは先輩を愛していて、けれどあっちの方はまるきし合わない。彼女まだ若いし、それなりの欲望というものに気づいてしまった。僕の経験上から言わせてもらいますとね、これを無視した関係は容易に破綻します。離縁した夫婦の90%がそうだと言ってもいい」

武田の仕事の延長線上に、世の中の夫婦に纏わる業務がある。

靖の頭は崩壊を起こす寸前だった。

愚かな想像が現実となって今までの自分を嗤っている。二人の顔が歪み、不気味な渦になっていく。鏡の国か。裏面かよ。サイドBなのか。なんで。

パン、と武田は靖の目の前で拍手を打った。はっとして額を押え、危うく卒倒しそうだったことに気づく。

亜紗美はスカートから捲れ上がった太腿を武田のスラックスに絡ませている。白くふくよかな生足は、硬い布の上でじりじりと芋虫のように蠕動している。

「理解してもらえましたか。別に先輩の奥様を横取りしようってんじゃない。ただお二人には僕が必要だってだけです。この先も一緒に過ごすとお考えなら」

この先も一緒に。その言葉が、曲がりくねって先の見通しのきかないトンネルでこだましているように聞こえた。俺は亜紗美に何かを思い続けることが出来るのだろうか。よその男に身を任せることを選んだ女に、気持ちを残すことが。

「さぁ。僕たちを見て。奥さんを。亜紗美さんを。目の前にいる、この女を」

亜紗美は武田の耳をしゃぶっている。盛りのついた猫のように。

靖は自分の心を確かめるために、武田を見た。

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