第26話 グリグリ攻撃

 芝生でひとしきりゴロゴロした後も、スモモちゃんに手を引っ張られながら横浜のいろんな場所を散策した。赤レンガ倉庫跡(遺跡扱い!)を見物したり、中華街に建ち並ぶ全自動の中華料理屋さん(全部無料!)を外から眺めたり。


 そして、数時間後——


「これで、サクさんに見せようと思った場所は一通り案内したのです!」

 スモモちゃんガイドの横浜ツアーが無事に幕を閉じたのだった。


「ありがとー! 楽しかった!」

「ならよかったのです!」

 正直、昔と変わりすぎていて日本って感じはあんまりしなかったけど、映画の世界に入り込んだみたいで結構楽しめた。この時代の日本人にとってはこれが日常なんだろうけどね。


「まだ二時間ほど時間があるのですが、どうしますか? どこか他の街にも行ってみますか?」

「んー、いや、いいや! もう夕方だし、足疲れちゃったし!」

「うにゅ。では、どこかこの辺りで休憩するのです!」


 あたしたちは、ちょうど近くにあった公園で休むことにした。さっきみたいなバカでかい公園ではなく、昔からどこにでもあるような普通サイズの公園だ。赤い夕焼けとの組み合わせがノスタルジックな雰囲気を醸し出している。


 人影がまばらな園内に入って、木陰に置かれた低反発ベンチに二人並んで腰を下ろした。ふぅ、疲れた! この重力でこんなに歩いたの久しぶりだもんなー。


 そんなことを考えていると、スモモちゃんがいつになく真剣な表情で話しかけてきた。


「サクさん、お話があるのです! 本当はさっき芝生の上で話すつもりだったのですが、話しそびれてしまったのです!」

「う、うん? どうしたの?」

 あれ? スモモちゃん、なんか怒ってる?


「先週の鴨葱さんとの面談以来、サクさんは私との行為を避けているのです!」

「えぇ!? そんなことないよ!?」

 げげ、マジかよ、もうバレてたんだ……。っていうか、なんでいきなりその話?


「バレないとでも思ったのですか? 薄々気づいていましたが、サクさんは私のことをバカだと思っているのです!」

「えぇ!? そんなことないよ!?」

「どっちも嘘なのです! せめて、どっちか片方だけでも認めるのです!」

「……うん、ごめん。正直、ちょっとバカだと思ってた……」

「そっちが先ですかー!? 失礼しちゃうのです! えい!」

 かわいい掛け声とともに、強烈なデコピンが飛んできた。ちょっとぉー、痛いよー!


 と思ってたら、隙を突かれてベンチに押し倒されてしまった。そのまま、服越しに両手で乳首グリグリ攻撃をかましてくる。


「ひいぃー! スモモちゃん! 無理無理! ギブギブ!」

「何か思っていることがあるのなら、ちゃんとお話しするのです! 今日だって、手を繋いでいても全然握り返してこないし、さっき芝生でお誘いしたときも明らかにムラムラしていたのに断ったのです!」

「わかったわかった! ちゃんと話すから! 手を離してー!」


 ようやくスモモちゃんの魔の手から解放されたあたしは、痛くすぐったさでヘロヘロな状態のままベンチに座り直す。ふえぇ、まさかスモモちゃんがこんな攻撃技を持ってたとは思わなかったよ……。


 っていうかスモモちゃん、最初に会った頃と変わったよね。いい意味で他人に遠慮しなくなった感じ? やっぱり親の呪縛から解放されたのが大きいのかな?


「それにしても、手を握り返してないとか、実はムラムラしてたとか、よく気づいたね」

「やっぱりバカにしているのです! 二カ月も一緒にいたら、サクさんの反応の違いなんてミリ単位で分かるのです!」

「マジか」

「そんなことより、ゆっくりでいいので早くお話しするのです!」

「難しいこと言うねぇ……」

 あたしは一呼吸置いてから、いつかは話そうと思っていたことを話し始める。


「最初はね、刑務所なんて一刻も早く出たいって思ってたのね」

「うにゅ」

「でも、この時代で外に出ても、結局することもないし、行く所もないし、会う人もいないなって気づいちゃったのね。今日実際に街を見ても、正直、自分の居場所があるとは思えなかったし。旅行先としては楽しめたんだけどね」

「うにゅ」

「だからもう、自分の居場所はムーン・ヘルにしかないのかなって最近思い始めてたのね。退屈だけど、なんだかんだで衣食住そろってるし、話し相手もいるし。だから、すぐには出所できないって先週の面談で分かったとき、なんかちょっと安心しちゃったんだ」

「うにゅ、なるほど。なのであの時、あまりショックを受けていなかったのですね」

「うん」

 って、そんなことまで気づいてたんだ……。


「でもでも、ムーン・ヘルに居場所を求めるべきではないのです! あそこは人間が好んで留まるべき場所ではないのです!」

「そうかもしれないけどさ……」

「今はまだ短期間だから感じていないと思いますが、老化抑制の精神的副作用は結構きついのです!」

「うん……」

 そっか、そういえばスモモちゃんは現在進行形で副作用を経験してるんだったね……。


「それに、ムーン・ヘルの囚人がみんながみんな、私やミラさんやクレアさんみたいに穏やかなわけではないのです! 鴨葱さんみたいなゴリゴリの犯罪者も大勢いるのです!」

「鴨葱は見た目が犯罪者っぽいだけで犯罪者じゃないけどね」

 あと、クレアちゃんは必ずしも穏やかとは言えないよね。今は猫属性だけど、初日のあれがあるわけだし。


「まあ、囚人同士の相性も考慮して看守さんが部屋割りを決めてくれているので、極端にやばい人と同室になる可能性は低いのですけどね」

「へぇー、そうだったんだ!」

 そんな細やかな配慮がされてたなんて知らなかった。やっぱ、あの看守が弁護士やるべきなんじゃない?


「でもだからといって、ムーン・ヘルに留まりたいと思うべきではないのです!」

「そうは言ってもねぇ。ほら、公的記録が見つかって、冤罪じゃないことが確定しちゃったわけだしさ。どのみち、あと三十年は出られないよ」

「それなのですが……あ、その前に続きを聞くのです!」

「続き?」

 今スモモちゃんが何を言いかけたのかも気になるけど……。


「どうして私との行為を避けているのか、まだ最後まで聞いていないのです!」

「ああ……それに関してはあたしのわがままなんだけどね。スモモちゃんが来年出所したら、少なくとも二十九年は会えないわけじゃん? もう二度と会えない可能性もあるわけじゃん? これ以上、スモモちゃんとの行為の気持ちよさに溺れちゃったら、別れた後、一人でやるのが辛くなっちゃいそうなんだよね……」

 っていうか、今の時点で既にかなり溺れちゃってるんだけどね……。


「おかしいよね、刑務所なんだから人の入れ替わりなんて当たり前なのにね」

「なるほど、それで今のうちに私と距離を置こうとしていたのですね! 理解できたのです!」

「うん、ごめんね……」

 やっぱ、完全にわがままだよねぇ……。でも、理解してもらえたみたいでよかった!


 ——と思ってたら、スモモちゃんが唐突にとんでもないことを言い出した。


「サクさん、私はサクさんのことが好きなのです! もちろん、恋愛対象としてなのです!」

「えぇ!? ちょ!? 待って待って!!」

「今日だって、密かにデートのつもりだったのです!」

「マジでか」

「サクさんはどうなのですか? 私のことをどう思っているのですか?」

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