バトル・オブ・ブリトゥル
領主館の大会議室には十二名も揃っているにもかかわらず、しんと静まり返って物音ひとつしない。
「では、送り付けられた物資の引き渡し書類に署名を。確認は、そちらの官吏に済ませてもらっています」
「待ってくれ、ヘイゼル殿」
手を上げ発言を求めるタリオを無視して、ヘイゼルは問答無用とばかりに書類を指す。
「ゲミュートリッヒはエルヴァラと、今後一切の接触を断ちます。人的、物的、政治的、経済的に。個人的意思での移動や取引までは禁止しませんが、公金による支援は行いません」
「ヘイゼル殿、それはあまりに一方的ではないか。話し合いの余地があると思うからこそ、我々はここに来たのだが」
「ええ。すべてが手遅れになってから」
タリオは身を強張らせ、ぐっと小さく唸る。衛兵隊長と商業ギルド長は緊張こそしているものの、反論する気はないようだ。それは彼らが、タリオの実態をここにいる誰よりも理解し思い知っているからではないかと感じた。
「これまでに行われた数々の愚行については、語る意味も価値も認めません。終わったことです。しかし、ここから先に、
ヘイゼルの穏やかな笑みに、場の空気が凍った。
「我々から、ささやかな、贈り物があるでしょう」
その意味を知るものは、エルヴァラでも数人だろう。我らが抱っこ輸送機によって事前に領主館へと届けられた
でなければ、農害領主の顔が一瞬で顔が土気色になった説明がつかない。
マカとサーエルバンの
「せめて、こちらの説明を」
「不要です。その段階は過ぎていますし、状況も既に把握しています」
おかしな話だが。ここまでの経緯を知っている俺から見ても、対面したエルヴァラ領主タリオは、実直で誠実そうな農夫にしか見えない。それは事実、彼の一側面ではあるのだろう。あの手のタイプは、誠意が偽装や演技ではないところが面倒なのだ。
「……ゲミュートリッヒにいる、娘については」
「今回の件とは無関係です」
よせばいいのに、タリオは救いを求めてか最悪の選択をしてしまった。冷たく突き放したのはヘイゼルなりの優しさなのだけれども、相手にそれが理解できるとは思えない。そこだけは触れてはいけないと、エルヴァラ側には事前に伝えていたというのに。
発言権のない俺はエインケル翁に仲裁を求める。
「タリオ。その話は済んどるじゃろ。彼女は、とうに成人しとる。自分の生き方は自分で決める。その能力も資格もある」
「それは、我が家族内の問題ではないか。アイルヘルンの政治に絡めるのは筋違いだ」
あーあ。なんでこのバカは、行っちゃダメな方にばかり進むのか。案の定、俺の隣でピキッと怒りの波動が噴き上がった。
コロコロとテーブルを転がっていった魔珠が、タリオの前で止まる。それがレイラの
「彼女を政治に、絡めるなと、どの口が言いますか?」
ヘイゼルを見るタリオの目が、わずかに泳いだ。
「レイラさんは、もう我がゲミュートリッヒの民です。来るも去るも彼女の自由ですが、部外者の干渉は許しません」
「拘禁、されているのではないのか」
「笑わせてくれますね。ずっと縛りつけていたのはあなたでしょう? ありもしない“守るべき地縁”と、ありもしない“領主家の責任”と、ありもしない“家族の情”で」
「わたしの家族を、奪うというのか!」
「虐待する親の常套句ですね。ありもしないものは壊せない。ないものは奪えない。
ヘイゼルは、無表情にタリオを見据える。
「理不尽で一方的な隷属関係を、我々は“家族”と呼ばない」
「違う! わたしは、愛情を……」
「気まぐれで場当たり的な執着を、あなたがどう呼ぼうと勝手ですが。我が領民に手出しするつもりならば、覚悟しておくことです。我々は、あなたの周囲数百哩を、草ひとつ生えない更地にできる」
おかしな話だが。タリオだけではなく、この場にいる全員がヘイゼルの言葉を事実だと認識した。これまでの積み重ねもあるのだろうが、彼女の決然とした態度は反論を許さないものがあった。
◇ ◇
そこから先は、まるで大人と子供のテニスを見るようだった。あの手この手で必死に抗弁し食い下がろうとするタリオではあったが……
「
「
ヘイゼルは、ふたつの返答だけでその全てを打ち返し続けた。まともに話し合ったと言えるような対話は、ひとつだけ。
「なぜ娘さんを手駒にしたのですか」
「領主の娘だからだ」
「それが理由になるとでも」
「逆に、それ以外の何が理由になるというのだ。為政者は、民とは違う」
タリオは真顔で言う。それは選民意識とは真逆の発想だ。
「危険な政治的任務に、民を使うことなどできるわけがない。為政者は民のために尽くすのが役割」
おそらく、こいつは本気で言っている。
「まして、その家族など言うまでもない。領のために己が責務を果たすのは、領主の娘として当然だ」
「
ひと言多い農害タリオは、ヘイゼルから一蹴されてしまった。
小さく溜め息を吐いて、彼女は対話を打ち切った。最後通牒と言わんばかりに、テーブルを指で叩く。
「シンプルな話です。我々に関わるな。そして彼女も、我々ゲミュートリッヒの一員。今後、意に沿わぬ干渉を行うのであれば、我々はエルヴァラを滅ぼす」
「馬鹿な。そんなことが、許されるとでも……」
「
それで会談は終わった。
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