漏れて溢れて

「会頭。マハラが、面会を求めています」


 家令メナフさんがサーベイ氏に告げる。声のトーンからして、俺たちにも伝えるべきだと判断してくれたのだろう。その気遣いはありがたいものの、リアクションには困る。少なくとも、予想的中を喜ぶところではない。


「カーサエルデの長は、思った以上にバカだったようだネ?」

「わかりやす過ぎて、マハラでなければ罠を疑うところじゃ」


 サーエルバン領主代行とマカ領主が苦笑するなか、ヘイゼルは考え込んでいる。気にしているのは情報漏洩の――さらにいえばするべき――規模と範囲か。


「サーベイさん、“クレイメア王女”がサーエルバンに入ったことを把握している者は把握されてますか」

「それなんですが、ヘイゼル殿」

「待てサーベイ、それはわしから言おう」


 ヘイゼルが怪訝そうな顔で俺を見る。いや、俺はなんも知らんぞ。


「アーエルが攻め滅ぼされてから、逃げ落ちてきた獣人をかくまい助けてきたのがマハラとカーサエルデの連中じゃ」


 なるほど。ああ見えて良いこともやってたわけだ。と納得しかけた俺はそこで気付いた。


「あ……ちょっと待って、もしかしてあいつマハル、それでクレイメア王女ソファルに反感を持ったとか?」

「反感どころではないのう。あれは明白な敵意と憎しみじゃ」


 彼女はお飾り王女の立場で、可能な限りの亜人保護を行った。

 亜人の多い地域を王女個人の領有地として確保し、彼らを奴隷化する政策を強いた。亜人を彼女の資産として認めさせることで無益な殺傷を禁止させたのだ。目的は果たされ、獣人を含む亜人たちへの迫害は止まった。政治家としては最善の道だったと思うが、低能のマハラにはそれが理解できない。

 ソファルの意思を言葉通りに受け取り、“王女は亜人討伐の急先鋒”とかいう誤解デマを鵜呑みにしたのだろう。アーエルでも馬鹿な若造どもが誤解していたのと同じだ。


「アーエルに攻め込む計画まであったらしいヨ? 幸か不幸か途中で王国軍とカチ合って、双方に被害を出しただけだったようだけどネ」


 “敵の敵”同士が勝手に潰し合ったなんて、まるで出来の悪い喜劇だ。

 アーエルの領政を担ってきた生存者たちは、密偵と魔導通信器マギコミュニカを通じてマカに救援要請を行なってきた。王国政府に抵抗するため力を貸してほしいと。それで俺たちが動いたわけだが。

 救援要請の相手が獣人自治領カーサエルデに対してではなかった辺りに温度差がある。要するに、マハラ率いる獣人たちはアーエルでも純血の獣人以外に手を貸す気はなかった、少なくとも相手からはそう思われたわけだ。


「まあ、いいや。ソファルの情報は身内や漏れてたんじゃなく、最初から漏れまくってたんだ」

「そういうことじゃな。そして最も派手に無思慮に漏らし撒き散らしておった馬鹿の親玉が、ここに出張ってきたわけじゃ」


 俺の吐いた溜め息が、ヘイゼルのそれと重なった。


「社会を害する野良犬は、処理するべきです」

「……なあ、ヘイゼル。なんでそんな、やる気出してるの?」

「権勢行動の発端となったのがマカでの“賢人会議”なのであれば、その責任はわたしたちにあります。より正確には、わたしに」


 俺もサーベイさんもエインケル翁も。彼女ひとりの責任とは微塵も思っていないが、発端があれなのは理解している。力の差を理解して無条件降伏したんだろうに、喉元過ぎれば熱さを忘れたか。鼻っ柱をへし折られた報復を狙ったか。いずれにせよ自殺行為だ。

 俺はともかく、英国製天使ヘイゼルは犬の躾に厳しいようだ。チラリと向けた視線だけで、ツインテメイドは俺の意思を理解した。


「イギリスって、犬に関しては日本ほど厳しくないと聞いたけどな」

「イエスでありノーですね。寛容なのは、最低限の躾がされているという前提あってこそ。管理も教育もされず他人に被害を与えるようなケダモノは、処分されるだけです」


 なるほどイギリス社会のイメージって、そんな感じだな。自由には責任が、権利には義務が伴う。どちらも良し悪しはあるのだろうが、日本はそこの線引きが緩く、甘い。


「マハラは商館に来ているのかナ?」


 サーベイ氏の問いに、家令メナフさんが答える。返答を受ければすぐに動く姿勢でいるところから、事態は進行中なのが窺えた。


「いいえ。いまはサーエルバンの正門です。衛兵が止めていますが、いきり立っているようですから長くは持たないでしょう」


 他領の衛兵に楯突くとか、無礼以前に投獄されても文句が言えない越権行為だろうに。

 あのアホ犬、どうせ聞きゃしねえんだろうけど。


サーエルバンこちらに“王女殿下”が居られることも、エインケル様が同席されていることも把握しております。さっさと三人を出せと、正門前で吠えているようです」

「ほう? まさか先約もなしに、領主と領主代行を訪ねるとはネ。さすが無法地区カーサエルデの長だヨ」

「会われるのですか?」


 サーベイさんは頷く。


「案内するのは、領主館の会議室にネ」


 マハラは自分の客ではない。歓待する気もないし懐に入れる気もないということだ。俺だって、どんな事情があろうとあんなヤツを自分の店には入れない。

 家令メナフさんは引き締めた顔で頷き、出て行った。入れ替わりに入ってきたのはサーベイ氏の護衛を務める人狼女性のマイファさん。


「旦那、街のあちこちで余所者の獣人たちが騒ぎ出してる。ありゃカーサエルデの陽動だね」


素晴らしいですブリリアント♪」


 ヘイゼルが弾む声で笑うと、部屋の温度が急激に冷えた。同じように感じたのか、マイファさんとサーベイ氏の視線が泳いでこちらに向かう。ツインテメイドは笑顔のまま、不可思議な鼻歌と冷気を漏れ漂わせていた。

 知らんがなとも言えずに、俺は笑う。


「労せず敵を見分けられるのは何よりですね。ホラ、俺たちの能力は雑で不器用ですから」


 みなさん怪訝そうな顔をするけれども、それは明白な事実だ。いつだって選択はふたつにひとつなのだ。敵か味方か。生かすか殺すか。撃ったら終わりだ。進むと決めたら後戻りはできない。


まとがわかれば、戦いは済んだようなものです」

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