サマル

 汎用ヘリリンクスを領主館前に着陸させたヘイゼルは、すぐに機体を収納して装輪装甲車サラセンと入れ替える。


「ヘイゼル、サマルを連れてこれるか」

「お任せください」

「エルミ、一緒に行ってくれ。負傷者がいたら治癒魔法を頼む!」

「はいニャー!」


 もしキャパ的に許容ならサマル以外も受け入れる。ヘイゼルは納得したらしく、頷いてエルミと領主館に入ってゆく。


「マチルダ、ブレンガンで周囲の警戒に付き合え!」

「わかっタ」


 後部銃座のブレン軽機関銃がマチルダで、前部銃座のヴィッカース重機関銃が俺だ。

 立ち込める煙と灰で視界が悪い。焦げた臭いと火の爆ぜる音で嗅覚も聴覚もおかしい。


「怪しいと思ったら撃って良いぞ!」

「……良イわけ、ナいだろうが⁉︎」


 基本的に、王国に俺たちの味方はいない。非常時なので、万一の誤射は許容だ。わりと生真面目なマチルダには抵抗があるようだが、見知らぬ他人の安全のために自分や仲間を危険に晒す気はない。


「西側かラ、武装集団! 王国軍か、ドうかは……」

「だからマチルダ、仮にアーエルの衛兵や私兵でも、俺たちの味方じゃないぞ⁉︎」


 わずかに煙が流れて、その“武装集団”とやらが見えてくる。幸か不幸か、王国軍じゃない。粗末な衣服に雑多な武器を抱えた、人間か亜人かその混血かの群れだ。

 そして、この際どっちが面倒くさいかと言えば、だ。


「サマルは、渡さん」


 ……こいつらの方だな。


「俺たちの誰も、王国がアイルヘルンの傀儡になることなど望んでない!」

「知るかよ」


 俺はヴィッカースの銃口を向ける。

 銃器がどんなものかを理解しているかは不明だが、武器だということくらいはわかっているはずだ。


「あいにくだけどな。俺は、お前らの事情など知らん。興味もない。依頼された仕事を達成するだけだ。邪魔するものは排除するし、敵対するなら殺す」


 こいつらを積極的に殺したいかと言われれば、そうでもない。でも積極的に助けたいかと言われれば完全にノーだ。

 王国の人間は、人種を問わず、縁もゆかりもない赤の他人。そう割り切る。

 俺は短く数発、男たちの足元に銃弾を撃ち込む。


「そこから先に、近付けば殺す」

「「!」」


 男たちは怯んでいる。それと同時に、一部は決意を固めつつある。

 馬鹿は馬鹿なりに、譲れないものがあるのだろう。その結果まで受け入れるのなら、それは彼らの問題だ。


「ミーチャさん!」


 領主館から、ヘイゼルが出てくる。傍らには包帯を巻いた中年男。たぶんサマルなんだろう。見た目は人間のようだが、素性は知らん。彼らの背後から、エルミと数人の子供たち。そして中年女性が続く。


「マチルダ、後ろを開いてくれ」

「わかっタ」


 後部のドアを開いて乗り込もうとしたところで、男たちが動き出した。


「サマルを止めろ!」

「売国奴を殺せぇッ!」

「「おおおおおおぉ……ッ!」」


 一斉に声を上げ、武器を構えながら突進してくる。


「くそッ!」


 警告はした。威嚇も済ませた。もう出来ることはないし、するつもりもない。

 モールス信号の電鍵みたいな、ヴィッカースのトリガーレバーを親指で押す。弾き出された.303ブリティッシュ小銃弾に射抜かれた男たちは、血飛沫を上げてバタバタと倒れる。

 魔導防壁を展開した王国軍の魔導師でも殲滅されたのだ。剥き身の雑兵に耐えられる要素はない。逃げられる距離でもない。獣人の血が混じっていたとしても、銃弾を避ける運動能力など望むべくもない。


 ほんの数秒で、十数人の男たちは血塗れの死体に変わった。


「乗ったか!」

「全員、回収しました。銃座を代わります」


 ヘイゼルの声を聞いた俺は、前部銃座から降りて運転席に向かう。


「サマル、道案内をしろ」

「はい」


 さっきの中年男が、俺を見る。表情は冷静だが、目は暗い色をしていた。


「東側に向かってください。前の通りを真っ直ぐ、突き当たりを右に」


 エンジンを始動し、装輪装甲車サラセンを動かす。巨体を領主館の門扉から外に出すには、死んだ男たちの死体を轢かなくてはいけない。除けている時間はないし、まだ数百の王国軍がいるなかで無駄な危険を冒す気もない。


「つかまってろ!」

「「ひゃ……ッ」」


 通りに出て加速する。通りのあちこちに死傷者が転がり、王国軍の集団が陣形を立て直そうとしていた。

 攻撃を命じる怒声が上がり、こちらに矢が放たれる。ほとんどは大きく逸れて飛び去り、かろうじて届いた鏃も車体に呆気なく弾かれる。


「そこを右です。すぐに東門が見えてきます」


 地上から見るアーエルの街は、既に壊滅状態だった。兵士と民間人の死体、崩れて煙を上げる建物。動く者はほとんどいない。

 崩れた開口部から城壁の外に出る。東門と言われたが、門と思えるディテールなど、なにひとつ残っていない。


「出たら真っ直ぐ。このまま東に向かいます」


 俺たちが来た道を戻るのかと思ったが、別のルートらしい。大きく重い装甲車で山道を上がって行かなくて良いなら、それに越したことはないが。そんな気遣いで選んだわけではなさそうだ。


「王都方向に向かうんだよな?」

「はい。ですが南北を結ぶ街道は、おそらく塞がれています」

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