ハイ・フライ・フロー

 汎用ヘリリンクスはヘイゼルがDSDの一時保管区画ストレージに入れてあった。ただマカから帰ったときのままで整備どころか給油もしていないため、俺たちは丘の上で急ぎ最低限の燃料補給を行う。

 俺がポンプを動かしている間、ヘイゼルが後席の外部銃座ドアガンMAGL7汎用機関銃に百連の金属弾帯ベルトリンクを繋げ、予備の弾薬箱を座席近くに固定する。


「“TOW”は、まだ六発あります」

「そうだな。硬い敵でも出てきたら使ってくれ」


 “光学追尾有線誘導T O W”ミサイルは調達価格も威力も、さすがに剣と甲冑の敵には過剰だ。

 敵が籠城する建物とか装甲馬車とか、必要となれば使うのは構わないけどな。


「ただ、撃つときは言ってな」

「もちろんです」


 ドアガンを使っているときにドア脇のミサイルを発射されたら、俺の身も危ない。

 このワケありリンクス、妙に安かっただけあって武装の配置がどうにも危なっかしいのだ。機体側面にミサイルの発射管があるので、汎用機関銃も左右斜め前方向にしか撃てないし。


「ウチとマチルダちゃんは、別行動でもいいニャ?」

「おう。いいけど、気を付けてな」


 見ると彼女らの武器は、エルミの抱えるステンガンが一挺だけ。ポーチに予備弾倉は持っているだろうが、いくら撃っても拳銃弾だ。汎用機関銃の小銃弾と比べれば、二割以下の威力しかない。

 最低二千は待ち受けている侯爵領軍を相手に、火力も射程も足りないのではないか。そう尋ねた俺に、彼らはふたり揃って満面の笑みで応える。


「大丈夫ニャ」

「問題なイ。何もナ」


 相変わらずの、絶大な信頼感。ふたりは黒い魔力の翼を広げて、ふわりと空に舞い上がった。


「ミーチャさん、行きましょう」


 操縦席にヘイゼルで左銃座に俺。彼女はアーエルの街に向けて、機体を半時計周りで近付けてゆく。機銃の射角が限定される訳ありリンクスでは、攻撃地点への侵入角も限られるのだ。

 機内通話用のヘッドセットから、ヘイゼルが小さく鼻を鳴らすのが聞こえた。


「この煙、建築資材と農作物、それに家畜ですね」

犠牲者ひとはいない?」

「いても、わずかです。領主や衛兵の対処が的確だったか、事前に避難が進められていたか」


 わずかに入ってくる煙を嗅いで、そこまでわかるもんか。俺への気休めもあるのかもしれんが、何にせよ朗報ではある。


「左前方、大きな家屋に青い幟旗。侯爵領軍の幕営ですね」


 城壁内の平地で、並んでいた兵士がこちらを見て騒いでいる……ようだ。距離は二百メートルほど。まだ少し遠いが、敵が密集している内に汎用機関銃を発射する。機体の飛行に合わせて大きく振り撒くように小銃弾を送り込むと、倒れたり逃げたりで布陣はすぐにバラバラになる。無理に殺さなくてもいい。死ねばそれでもいい。敵への恐怖と負担を強いられれば十分だ。

 俺たちが攻撃した後から、黒い翼の小さな影が飛来するのが見えた。リンクスを超える速度と機動のエルミたち抱っこ攻撃機は、弓兵や魔導師たちに攻撃の隙を与えない。

 小刻みにステンガンで残敵を削りながら、逃げ散る兵士を一箇所に集めている。まるで牧羊犬だ。

 もういいぞと言わんばかりにエルミが手を振って上昇すると、地上には動揺し疲弊した兵士の群れが残る。俺が汎用機関銃で小銃弾を叩き込むと、逃げる間もなく崩れ落ちた。


「いいですね。エルミちゃんとマチルダちゃん、素晴らしいです」

「そうな」


 なんだろう……この、気持ちが通じてる感じ。

 彼女たちふたりの間では前からだけど、いまは周囲に対しても心を読み取って動いてくれるようになった。

 たぶんあれは女子力的な気遣いとかではなく、ベテラン猟師的な先読みの力という気がする。

 すごく助かるんだけど、ああいうタイプが敵にいたら本気で怖ろしいんだろうな、とも思う。


「本当に、猛虎フィアスタイガーに育ってしまいましたね」

「ああ、“小さな猛虎”か」


 初めて訪れたサーエルバンで、王国の最強剣士“剣王メフェル”を射殺したエルミは敵対勢力から過剰と思われる二つ名を付けられたのだ。

 それも、いまでは過剰でもなんでもない。いまや“空飛ぶ猛虎”となった彼女たちを止められる者なんて、ドラゴンくらいしかいない。

 百連のベルトリンク二本を使い切った頃、ヘッドセットにヘイゼルの声が響いた。


「ミーチャさん、右側の扉から離れてください」

「問題ない、いいぞ」


 俺が返答してすぐ、機体側面からTOWミサイルが発射される。


「領主館から通信で、敵の突入があると」


 ヘイゼルが操縦席で前方を指した。城壁内の北側、目立つ位置にある大きめの建物の前で煙が上がっていた。突入のため門前に集まっていた侯爵領軍の中心で爆発したらしく、バラバラの資材と肉体が四方八方に飛び散っている。

 突入は阻止できたが、分厚い門扉もんぴも吹き飛んでしまっている。


「つかまってください!」

「おッ」


 リンクスの機体が傾いて速度を上げ、傍らを炎弾が次々に掠めてゆく。魔導師が攻撃魔法でも放ったか。反撃に汎用機関銃で門前を掃射するが、俺の目には魔導師の位置がわからない。そもそも狭い射角に入っていなければ、見えたところで射撃ができない。

 空中で軌道を変えて、ヘイゼルはリンクスの鼻面を門の方に向ける。


「着陸します」

「え、ちょ待てヘイゼル、敵は⁉︎」


 門前には、こちらに向かって立ちはだかる五、六人の男たち。杖をかざした彼らの前方で、魔導防壁と思われる青白い光の壁が展開された。直撃ではなかったとしてもミサイルの攻撃を耐え抜いたのだとしたら、その防御能力は凄まじいものがある。

 勝ち誇ったような罵り声の断片が、ローターの回転音のなかでも切れ切れに聞こえてきた。


「領主館前には、生き残りが七、死にかけが十二。そしてアンド……」


 ヘッドセットにクスリと、ヘイゼルが笑みを漏らす声。新たなTOWミサイルが発射され、男たちは爆煙の中に消えた。


すべてエヴリシング消滅しましたディサピアード

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