愚鈍と混沌

 さて。どうしたもんかな。この亜人中心の兵士たち、アーエルの衛兵か義勇兵かなんだろうけど。とりあえず敵ではない、とはいえ味方かどうかは微妙なところ。

 アーエルに向かうにしても王国軍の――正確には、宰相派の侯爵領軍の――占領下となれば案内は必要になりそうだ。


「アーエルに向かうけど、乗ってくか?」

「ありがたいが、この乗り物に全員は無理だろう」

「ヘイゼル、サラセンを頼む」

「わかりました」


 目の前に巨大な装輪装甲車が現れると、男たちは困惑した顔のまま固まる。

 驚きとか、興味とかはない。干渉する意思など、とうに失っていたように見える。彼らはランドローバーと重機関銃の威力を見た時点で既に何かを諦めたような顔をしていたのだ。

 例えば、家畜を貪る龍を前にしたような。


「……ああ、あの……ミーチャ、殿。……彼女の、それは……魔法か?」

「似たようなものだけど、原理は知らん。異界の魔導師だとでも思ってくれ」

「はあ」


 俺は後部の扉を開けて、アーエルの男たちをなかに導く。


「こいつの外殻は装甲馬車など比較にならないくらい硬い。弓や槍くらいなら弾く。オーク程度なら楽に殺せる武器もある」

「……」


 “だから安心して乗れ”と伝えたかったのだが。彼らの顔は青褪めて強張り、目は完全に死んでしまった。

 たぶん、だけど。“だから怒らせたら殺す”的な感じで受け取られてしまったように思う。


「アーエルへの道案内を頼む。サマルと合流しなければ、その後の依頼が果たせない」

「……わかった」


 答えが棒読みで返ってきた。あいにく、彼らの心情を気遣っている暇はない。結果が出せればそれで良い。


「ヘイゼルが前部銃座の機関銃ヴィッカース、マチルダは後部銃座の機関銃ブレンガン を頼む」

「了解です」

「任セろ」

「エルミは必要なら側部銃眼ガンポートから援護を」

「はいニャー」


 俺は久しぶりにサラセン装甲車の運転席に着く。足回りの修理を終えて試運転はしたけれども、実際に使うのは久しぶりだ。ドワーフ工房組の修理と整備で磨き上げられ、車内外は見違えるほど綺麗になってる。

 エンジンを始動して、その思いはさらに強くなった。明らかに、回転が軽い。


「すッげえな、ドワーフ組」


 前部銃座でヴィッカース重機関銃に弾帯を装着していたヘイゼルが、俺の言葉に笑みを漏らす。


「みなさん、もう内燃機関の基礎は完全に理解されてますね。潤滑系と吸排気系を分解整備して、いくつか効率化を図ったようです。検証は済んでいるので、使用には何も問題ありませんよ」

「だろうな」


 ハンドルもシフトもペダルも、感触が軽く動きもスムーズになってる。


「ええと……あんた、名前は」

「ルイク」


 アーエル戦闘部隊のリーダー格と思われる男性が答えた。三十歳そこそこの、痩せた人狼だ。サーベイさんの護衛三人も人狼だけど、彼らに比べると筋肉も体格も頼りない。

 手持ちの武器も手槍と短剣程度で、対人戦よりも魔物から身を守るのが主目的のように見える。


「おっけー、ルイク。ここからアーエルに行く道は?」

街道これを南に十二キロ七哩半、そこで右側にしに折れて道なりに六十五キロ四十哩ほどだ」

「了解」


 走り出してすぐ、王国軍兵士の死体が転がっている前で、馬が不安げにこちらを見ていた。

 そんな顔されても知らんがな。好きに生きろ。


「あの馬、もらってもいいかな」


 後部座席で外を見ていた男たちが俺に尋ねてくる。サーベイさんも馬車に使ってたけど、魔物との混血が進んだ王国馬なら自動車の速度くらい楽についてこれる。下手すると追い越す。


「良いぞ。馬の方が良いなら、好きにしてくれ」

「「おお……」」


 七人のうち四人が降りて、馬に声を掛けながら駆け寄る。交渉成立した感じなのか、それぞれ嬉しそうな顔で馬の背にまたがった。


「みんな行き先はアーエルで良いのか?」

「かまわない。サマルと会うんなら、依頼の目的は王女クレイメアだろう」

「……」


 こいつらとサマルとの関係がハッキリしない。アーエル内部での情報統制がどの程度のものなのかもだ。

 どう答えたもんかと考えていると、ルイクは後部座席で小さく息を吐く。


「我々は先走り過ぎた。サマルの制止を振り切り、愚かにも自分たちだけで王女のいる場所を目指そうとした。その結果がこれだ。無為に戦力を失った。もう過ちは犯さない」

「だと良いがな」


 俺は当たり障りのない返答に留めた。街道を南下してルイクが指差す西向きの道で折れる。

 ここからは道なりに六十五キロ。何事もなければ一時間ちょっとで着くだろう。


「残念だが、俺たちにクレイメアを殺す力はない」

「ん? 殺す?」

「無論だ。王女は亜人討伐の急先鋒だぞ。それが王家最後の生き残りとなれば、早急な処断が必要なのは明白だ」


 ん?????

 いまひとつ会話の流れがわからない。ルイクがクレイメアを、殺そうとしていた⁉︎

 もしかして、彼女の正体を知らないのか⁉︎ サマルとかいう男は情報共有してないのかよ⁉︎


「王女は、アーエル領主の孫娘ハイエル様だ」


 ルイクは苦々しい顔で言う。

 ということは、情報共有はしてるのか。だったら、どうして殺すなんて話になった。


「だが本人は知らん。自分が、すり替えられた偽王女だと。自分に獣人の血が流れていることも知らず、王国内をしようとしている愚物だとな」


 西に向かう道は、平坦ではあるが荒れていた。整備された装甲車の足回りはショックを吸収しているものの、速度を上げると揺れは激しい。俺は運転に集中しているので、話はいまひとつ頭に入ってこない。

 わかったのは、こいつの話が意味不明なことだけだ。


「ルイク……お前、何をするつもりだ。いったい何を考えている」


 サラセンを停車させて、俺はルイクを振り返る。

 ヘイゼルも銃座から降りて、装甲車の壁を背にして男たちに向き直った。


「知れたこと。アーエルに侯爵領軍を送り込んできたのは、議会派の首魁である宰相のラングナス公爵だ。あいつらは公爵別邸で、クレイメア王女を籠絡している。……だとしたら結論など決まっているだろう」


 暗い目をしたルイクを見ながら、俺は腹の底がどんよりと重くなるのを感じていた。

 最悪だ。こいつら、“敵の敵”じゃない。


「アーエルを攻め滅ぼしたのは、クレイメアの命令に決まっている」


 敵より厄介で危険な、“愚鈍な味方”だ。

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