天を仰ぐ

 丘の上で引き出されたリンクス汎用ヘリを見て、新入り獣人の子たちはアングリと口を開いたまま固まった。


「……なに、これ」

「乗り物です。空飛ぶ」

「「そ?」」


 耳を疑った顔で固まったままの四人を、ティカ隊長とナルエルが手分けして機内に運び入れる。状況を考えると時間がないのだ。そのまま落下防止用のハーネスで固定する。左右に銃架があるのでドアは開けたままだ。もし落ちても拾えない。


「追加燃料とミサイルの補強に、いちど帰還します」

「了解、彼らもそこで降ろそう」


 すぐに離陸してゲミュートリッヒを目指すが、少し西寄りに飛んでもらう。王国からアイルヘルンに入るルートに侵攻勢力が移動していないか探るためだ。

 案の定、副操縦席のナルエルが輜重部隊と思われる荷馬車と歩兵の隊列を発見する。


「ティカ隊長、あれ王国軍?」

「ああ。後方支援部隊だな。弓兵がこちらを狙っているが……ヘイゼル、大丈夫か?」

「この距離なら問題ありません」


 王国軍部隊は北東方向に縦隊で移動していた。二頭立て馬車が六台に騎兵が十二、歩兵が百二十ほどか。

 長弓の射程ギリギリでヘリを旋回させながら、ヘイゼルがこちらに声を掛けてくる。


「すみません、光学追尾有線誘導T O Wミサイルを降ろしてきたのは失敗でした」

「コストを考えれば、後方部隊を相手に使うこともないだろ。後席外部銃座ドアガンで対応する。ティカ隊長、右側を頼む」

「わかった」


 俺たちは、左右の扉近くに設置されたMAGL7汎用機関銃に着く。


「隊列中央、上空を通過します。殺さなくても結構ですので、広範囲に攻撃を」

「了解」


 リンクスが巻き上げる風で視界が塞がれ、弓は狙いが定まらないようだ。弓で射るには、速度も高度もありすぎる。おまけに、巨大な機影と轟音に怯えた馬が暴れて隊列が乱れている。


 ドガガガッ!


「ぎゃああぁ!」


 機内に鳴り響いた汎用機関銃の発射音に、獣人の少年少女が小さく悲鳴を上げる。声を掛けるべきだったんだろうけど、忘れてた。


「すぐ済む、ちょっと我慢してろ!」

「「ひゃいッ!」」


 隊長は長く伸びた隊列の前方、俺は後方に小銃弾をバラ撒いて数十名の死傷者を発生させる。混乱で渋滞が発生し、なかには装備を放り出して逃げ出す者も出ていた。


「ヘイゼル! 上空通過、もう一回だ!」

「了解です」


 二度の上空通過で機銃掃射を行い、隊列は完全に崩れた。路上に転がった死傷者は五十人ほどか。総数の三割近くが行動不能になったので、王国軍部隊は今後の選択を迫られることになる。

 ここからゲミュートリッヒまでは、まだ百キロ前後、王国に戻るとしても同じくらいある。マカに方向転換しても四、五十キロはあるし、そちらは道が険しい。

 アイルヘルンの西側は、大小の魔物が棲息する未開地だ。そこで血の匂いを振り撒いてしまった以上、彼らが生き延びられる可能性は、ほとんどない。


「おっけー、ヘイゼルもう良いぞ。後は真っ直ぐ帰還しよう」

「わかりました」


 北に進路を取り、リンクス 汎用ヘリは速度と高度を上げる。


「隊長、おつかれ」

「いや、大して出来ることはなかったな。“えるなな”は良い武器だが、あまり狙えん」

「そうね。俺も思った」


 この機体、どう考えても無理がある。

 もともと機外の左右、後席から見ると足元近くに光学追尾有線誘導T O W”ミサイルの発射装置が八発分ぶら下がっているのだ。銃架から狙えるのは斜め前方のみ。後下方には向けられない。

 イレギュラーな要求を受けて改修したような急拵え感がある……だけなら、良いんだけどさ。


「なあヘイゼル、この機体……どうやって喪失したか知ってるか」

「聞かない方がいいと思います」

「おい」


 やっぱ、この無理やり改修のせいで何かあったんちゃうんか⁉︎

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